IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

プログラム著作物の創作性の主張・立証責任 大阪地判令元.5.21(平28ワ11067)

プログラムの著作物性について,何を主張・立証すべきかが問題となった事例。

事案の概要

Yが販売する飲食店向けの注文管理・商品管理ソフトウェアのプログラム(Yプログラム)は,Xが開発したものを複製又は翻案したものであるとして,XがYに対し,本件プログラムの複製,販売,頒布の差止め及び廃棄を求めた。

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Xは,起業準備としてレジアプリケーションを開発し,おおむね完成したところで平成23年4月頃に,前職の会社を退職していた。同年5月にYが設立されたが,そのころは,Xは特にYから給与を受け取ったりせず,主に自宅で開発作業を行っていた。本件訴訟では,Xが開発していた同年5月22日時点のプログラムをXプログラムと特定している。


その後,Xは,平成24年12月から,Yから毎月約24万円の給与を受け取ってYの事務所に出勤するようになった。XはYの代表者と揉めて平成27年7月に退職した。


Yプログラムは,Xプログラムに変更を加えたものであることには争いがない。

ここで取り上げる争点

Xプログラムの著作物性

裁判所の判断

Xプログラムは,Xが作成していたレジアプリケーションソフトを基に,XとYが協議しつつ,Xがソースコードを書くことにより完成したものであって,顧客の携帯電話端末を注文端末として使用することができる点や,店舗において入力した情報を店舗(クライアント)側ではなくサーバー側プログラムを介してデータベースに保持し,主要な演算処理を行う点等について,従来の飲食店において使用されていた注文システムとは異なる新規なものであったと一応推測することができる。また,Xの書いたXプログラムのソースコードは,印刷すると1万頁を超える分量であって,相応に複雑なものであると推測できる

と,分量的に見ても複雑だとして著作物性を認める方向に寄せたが,創作性の立証については,

プログラムの著作物性が認められるためには,プログラムにより特定の機能を実現するための指令の表現,表現の組合せ,表現順序等に選択の幅があり,ありふれた表現ではないことを主張立証することが必要であって,これらの主張立証がなされなければ,プログラムにより実現される機能自体は新規なものであったり,複雑なものであったとしても,直ちに,当該プログラムをもって作成者の個性の発現と認めることはできないといわざるを得ない。

コンピュータに対する指令(命令文)の記述の仕方の中には,コンピュータに特定の単純な処理をさせるための定型の指令,その定型の指令の組合せ及びその中での細かい変形,コンピュータに複雑な処理をさせるための上記定型の指令の比較的複雑な組合せ等があるところ,単純な定型の指令や,特定の処理をさせるために定型の指令を組合せた記述方法等は,一般書籍やインターネット上の記載に見出すことができ,また,ある程度のプログラミングの知識と経験を有する者であれば,特定の処理をさせるための表現形式として相当程度似通った記述をすることが多くなるものと考えられる。

そうすると,ソースコードに創作性が認められるというためには,上記のような,定型の指令やありふれた指令の組合せを超えた,独創性のあるプログラム全体の構造や処理手順,構成を備える部分があることが必要であり,Xは,Xプログラムの具体的記述の中のどの部分に,これが認められるかを主張立証する必要がある。

と,長ければいいものじゃなく,具体的な創作性あるといえる記述を示して主張立証しなければならないとした。


Xの具体的な主張立証経過としては,

Xは,(中略)する機能が一体となる点に創作性が認められる旨主張するが,これは,プログラムにより実現される機能が新規なもの,複雑なものであることをいうにとどまり,それだけでプログラムに創作性が認められることにはならないことは前述のとおりであるところ,Xは,具体的にどの指令の組合せに選択の幅があり,いかなる記述がプログラム制作者であるXの個性の発現であるのかを,具体的に主張立証しない。

として,

仮にXプログラムの一部に,Xの個性の発現としての創作性が認められる部分が存したとしても,その部分と同一又は類似の内容がYプログラムに存すると認めるに足りる証拠はなく,結局のところ,平成24年5月22日時点のXプログラムの著作権に基づいて,現在頒布されているYプログラムに対し,権利を行使し得る理由はないといわざるを得ない。

と,Xの請求を退けた。

若干のコメント

宣伝になってしまいますが,プログラムの著作物の著作物性については,拙稿・著作権判例百選[第6版]の増田足事件の解説において,行数が多いとあっさりと創作性を認める事例がある一方で,具体的な表現の創作性に着目して判断する事例もあることを紹介していました。


本件では,前者(分量から判断)も考慮しつつも,やはり具体的な表現を評価しなければならないというスタンスから判断を行っています。というのも,本件はデッドコピー事案ではなく,被疑侵害プログラムは,原告の開発したプログラムから相当程度の修正が加えられていることから,創作的部分が共通しているといえない限り,結局は著作権侵害が認められません。したがって,どこが創作的なのか,さらにいえば,その創作的な部分が,被疑侵害プログラムにおいても維持されているかということの判断が必要であり,そこを立証しない限りはやはり請求が認められる余地がなかったといえます。


なお,私の経験上,プログラムの著作権侵害が問題になる事案では,本件のように,オリジナルの開発者が機能の優位性,特殊性や開発の難度,投下コストなどを熱心に主張・立証しながらも,コードの中の具体的部分についてどこが創作性あるのか,ということをしない事例が少なくありません。


どうせ弁護士や裁判官にはわからないだろうから,という諦めなのかはわかりませんが,これをしない限りは請求が認められることはほぼないということに留意すべきだと思います。

多段階契約と履行不能(野村vs日本IBM) 東京地判平31.3.20平25ワ31378

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