IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

ユーザ都合による解約の場合の報酬・損害賠償請求の範囲 東京高判令元.12.19(平30ネ1254)

ユーザの都合によりプロジェクトを中止したというケースにおいて,ベンダが行った報酬・損害賠償の範囲が問題となった事例。特に,中途解約時における損害賠償請求について定めた条項と,民法641条の関係が問題となった。

事案の概要

紛争に至る経緯

平成23年1月25日,YがXに対し,システム開発を委託する旨の本件基本契約を締結した。
同年8月31日,システム要件定義及びプロジェクト計画策定の業務委託に関する個別契約(報酬額2000万円。本件個別契約1。請負契約。)を締結した。
平成24年2月10日,UI工程,SS工程,PG工程等の工程を含む個別契約(報酬額約1.9億円。本件個別契約2。請負契約。)を締結した。

同年3月30日に,XはYに対し,UI工程完了報告書を提出したが,UI工程の積み残し課題があることが認識されていた。

本件個別契約1に基づく報酬は支払済みで,本件個別契約2に基づく報酬は,UI計画書,SS設計書について5000万円相当分が支払われていた。

その後,さまざまな課題が解決せず,スケジュールの調整等が行われていたが,YはXに対し,同年6月11日,本件個別契約2に基づくSS工程の作業を中止するよう要請したが,Xは,本件プロジェクトを中止することを提案した。中止,解約にかかわる協議が続けられていたが,平成24年8月14日,YからXに対し,メールにて本件個別契約2を解約する旨を通知した。

請求の原因等

XのYに対する請求は,以下の訴訟物から構成される。ア,イ,ウは選択的併合で,エは,イとウの予備的併合,オは,イの予備的併合にあたる(請求額はいずれも約9400万円)。

  • (ア)Yの自己都合によりXの債務が履行不能となったとして,民法536条2項に基づく未払報酬の一部請求。
  • (イ)本件基本契約28条1項に基づく実施分の委託料及び同条2項に基づく解約によって生じた損害の賠償請求。
  • (ウ)Yによる解約は民法641条に基づく解除であるとして,同条に基づく損害賠償請求。
  • (エ)イまたはウが認められないとしても,XY間にはXに生じた損害を支払うことを含む解約合意が成立したとして,当該合意に基づく請求。
  • (オ)商法512条に基づく報酬請求。

本件でしばしば登場して解釈が争われることになる本件基本契約28条の一部を下記に抜粋する。

1項 本件基本契約27条2項による協議の結果,変更の内容が委託料,納期およびその他の契約条件に影響を及ぼすものである等の理由により,Yが本件基本契約または個別契約の続行を中止しようとするときは,Yは,Xに対し,本業務の終了部分についての委託料の支払をした上,本業務の未了部分について解約を申し出ることができる。
2項 Yは,前項により本業務の未了部分について解約する場合,解約によりXに発生する損害(人的資源,物的資源確保に要した費用を含む。)を未了部分に係る委託料相当額を限度として賠償しなければならない。

Yは,民法536条2項に基づく利益償還請求権あるいは損害賠償請求権を自働債権とする相殺の主張をしていた。

原審の判断

原審(東京地判平30.2.9(平25ワ26187号))は,上記アについて,履行不能となったのではないとして退け,イについては,検査に合格した部分はないが,損害賠償として,SS工程の委託料相当額約2000万円(工程別の見積工数の比率から算定)と,得べかりし利益約1300万円の合計額について請求を認容した(ウについても同様の結論。)。また,エとオの請求も退け,Yによる相殺の主張は,民法536条2項を前提とするものであるからこれも退けた。

ここで取り上げる争点

争点(1):請求アに関し,履行不能の成否
争点(2):請求イに関し,報酬請求可能な「終了部分」の範囲及び「委託料相当額」の損害の範囲
争点(3):請求ウに関し,約定に基づく請求を超える(641条に基づく)損害賠償請求の可否

裁判所の判断

請求ア(民法536条2項に基づく請求)について

裁判所は,8月14日付けでYからXに送られた本件プロジェクト中止にかかるメールが,Xの帰責事由について記載されたものではなく,民法543条(履行不能)に基づく解除の意思表示ではなく,本件基本契約28条1項に基づく「本業務の未了部分」についての解約申入れであると解釈し,Yの自己都合による解約であって,Xの債務が履行不能になったものではなく,536条2項の問題にならないとした。

Xは,Yが計画したM&Aの見通しが立たなくなったから断念したものであって,履行不能にあたると主張していたが,そのような説明があったとしても,それは「良好な関係を続けるため,方便としてM&Aの話を述べたものと解する」とした。

請求イ(本件基本契約28条に基づく解約にかかる請求)について

Yは,パッケージソフトのカスタマイズ量が増大し,数千万単位の追加予算が必要になるということが判明した結果,プロジェクトを続行すべきかを再検討するに至り,熟慮した結果,解約したものであるから,Xの債務不履行の有無については判断の必要はないとされた。

そのうえで,裁判所は,本件基本契約28条1項に基づく「終了部分についての委託料」の「終了部分」については,単に作業を途中まで実施していたということでは足りず,本件基本契約に従って検査に合格した部分を指すとした上で,完了確認を受けていないものについては「終了部分」には当たらないから,(すでに支払いを受けているUI工程分を除くと)存在しないとした。完了確認を得ていない作業まで「終了部分」に含めるとすれば,本件基本契約の検査・検収に関する規定は意味のないものになってしまう,とした。

その結果,28条1項に基づく「終了部分についての委託料」の請求を認めなかった。

他方,同条2項に基づく「解約によりXに発生する損害」については,「未了部分に係る委託料相当額を限度」とすることから,原審と同様に,委託料全体を,SS工程が占める見積工数の比で按分した額(全体の約7分の1)の約2000万円にとどまるとした。

また,控訴審になってから主張されたYの過失相殺の主張は,時機に後れた攻撃防御方法として却下されるものではないが,解約に至る経緯がYの自己都合によるものであり,Xの過失を斟酌するするのは相当ではないとした。

請求ウ(民法641条に基づく損害賠償請求)について

原審では,641条に基づく損害賠償として,Yの自己都合による解約がなければ得られたはずの逸失利益が観念できるとし,委託料総額に対する残工程(PG工程等)の割合に利益率10%を乗じた約1300万円が請求できると認定していた。

これに対し,控訴審では,次のように述べて逸失利益の請求を否定した。

しかし,民法641条は,注文者が請負人に対して損害を賠償することを要件として任意に請負契約の解除をすることができると定めた規定であり,Yの自己都合による解約を定めた本件基本契約28条1項及び解約によって発生するXの損害についての賠償を定めた同条2項とその趣旨を同じくするものであるから,本件基本契約28条は民法641条のいわば特則として定められたものと解するのが相当である。

また,Xにとって,本件基本契約28条1項に基づく解約により本件個別契約2の続行が中止のやむなきに至った場合と,民法641条に基づく解約により本件個別契約2の続行が中止のやむなきに至った場合とで,生じる損害に有意な差があるとは認められない以上,本件基本契約28条2項に基づく損害賠償請求に加えて,民法641条に基づく損害賠償請求を認めることは,本件基本契約28条2項により損害額の上限を定めた当事者の合理的意思に反し,不合理な結果をもたらすものといわざるを得ない。

そして,(略)Yが,本件基本契約28条1項に基づき,本件個別契約2について解約の意思表示をしていることから,解約により生じた1審原告の損害について民法641条の適用の余地はなく,その余の点について判断するまでもなく,Xによる民法641条に基づく損害賠償請求については,これを認めることはできない。

なお,その余の請求(請求エ(解約合意に基づく損害賠償請求),請求オ(商法512条に基づく報酬請求))はいずれも原審,控訴審ともに退けられている。

その結果,裁判所は,原審の認容額を一部減額し,SS工程実施相当の損害額約2000万円のみを認めた。

若干のコメント

本件は,開発作業の途中で終了したという事案において,どこまでベンダからの請求が認められるかが争点となった事案でした。約1.9億円の契約のうち,5000万円が支払済みで,ベンダは残額の大部分を報酬ないしは損害賠償として請求しましたが,裁判所は,実施した工程相当分(約2000万円)のみを認容しました。


実際にベンダが負担した労力,コストは,これをはるかに超えるものだったため,ベンダからみれば,この結果は不十分だと思われますが,ユーザは,そもそも中途終了した原因はベンダの作業が不十分であったためなどと主張していたことから,下手をすれば既払いの報酬の返還さえも求められかねない状況だったことからすると(なお,ユーザは相殺の主張はしているが,反訴は提起していない。),ユーザの都合による解約であって,契約金額中の進捗割合に応じた額が確保できただけでも好結果だったのではないかと想像しています。


ベンダ・ユーザ間の基本契約で,ユーザ都合により中途終了した場合に,終了部分までの報酬と,「未了部分に係る委託料相当額を限度として賠償」することが約定されており,この解釈が問題となりました。裁判所は,「終了部分」とは,単に工程を実施しただけでなく,検査合格までを必要とし,「未了部分」というのを残る工程すべてではなく,実施したけど終了していない部分の工程だと捉えるなど,ユーザに好意的に解釈しているという印象を受けました。


原審では,本件基本契約28条2項に基づいて損害の賠償請求はできないが,民法641条による損害賠償請求ができるとしましたが,控訴審では,この契約条項は民法641条の特則を定めたものであるとして,別途の損害賠償請求を否定しました。契約の解釈としてはこちらの方が自然であるように思います。


いずれにせよ,本件では,中途終了した場合におけるベンダからの金銭請求に関し,5つの訴訟物を立てており,同種の事案において参考になるものと思われます。

基本設計途中で頓挫した事案におけるベンダ・ユーザの責任 東京高判令2.1.16(令元ネ2157)

基本設計が遅延したまま頓挫した事案において,頓挫した原因がいずれにあるのかが争われた事例。

事案の概要

本件は,ユーザXがベンダYに対して,新基幹システム(本件システム)の開発を委託したところ,納期を経過しても完成する見込みがなかったため,Xが履行遅滞を理由に請負契約を解除し,既払い金約7000万円の返還とともに,期限までに完成しなかったために生じた損害約21.5億円の損害賠償を求めた(本訴)に対し,Yが,期限までにシステムを完成させられなかったのは,Xが大量の契約範囲外の作業を行わせたり,不合理な方針変更をしたりするなどの協力義務を果たさなかったためであるとして,Xに対し,Xによる契約解除は民法641条に基づく解除であるとして,民法641条に基づく損害賠償又は民法536条2項に基づく報酬残代金請求として,約7億円を,契約範囲外の作業として商法512条に基づく報酬請求権等として,約5.2億円を請求した(反訴)という事案である。

f:id:redips:20200714175642p:plain


大まかな経過としては,

  • 平成20年9月1日 XY間で本件システムの開発に関する業務請負基本契約(本件基本契約)の締結
  • 平成21年2月27日 XY間で要件定義書,基本設計書作成業務を委託する個別契約の締結
  • 同年3月31日 要件定義書及び基本設計書の納品,その後,約7000万円の支払い
  • 同年6月30日から平成22年3月27日 4つの個別契約(本件システムの詳細設計・開発,機器一式の売買,追加開発x2)の締結(合計約6.8億円)
  • 同年2月22日 Yから詳細設計につき納期遅延のお詫び文書差し入れ
  • 同年3月23日 詳細設計納期を1年延期して平成23年3月とすること等の覚書(本件変更覚書)締結
  • 平成23年1月ころ Yから(やり直し後の)基本設計の長期化により再度の延長が避けられない旨の申入れ(その後,契約変更,作業続行について紛糾)
  • 同年7月 XからYに対し,本件システム開発に係る契約の解除通知


原審(東京地判平31.3.26(平26ワ19891))は,本件システムの開発が遅延した理由について,①Xが大量に契約範囲外の作業を実施させたこと,②Xが開発方針を不合理に変更したこと,③Xがシステムの開発に必要な協力を果たさなかったこと,のいずれについても否定し,Xの協力義務違反を否定したうえで,本件システムの開発が頓挫したことについては,Yの債務不履行責任は否定できないが,引渡しを受けた要件定義書・基本設計書の出来高(7割)部分にまでは解除の効力が及ばないが,①既払い金の3分の1に当たる約2100万円の返還について認め,さらに,Yの債務不履行による損害として,②現行システムの維持関連費用の一部(約3000万円)と,③現行システムの追加工数費用の一部(約1.5億円)の合計額からXの過失割合4割を減じた約1.1億円と,弁護士費用相当額1000万円*1について認容した。

f:id:redips:20200714175744p:plain

これに対して,X,Yの双方が控訴した。

ここで取り上げる争点

争点(1)開発が遅延した原因
争点(1-1)Yが開発すべき範囲
争点(1-2)Yの帰責事由

争点(2)Xの損害賠償・報酬支払義務
争点(2-1)契約範囲内作業相当の損害賠償
争点(2-2)契約範囲外作業相当の報酬請求

裁判所の判断

争点(1-1)Yが開発すべき範囲

裁判所は,開発のスコープは,本件変更覚書に添付されたプロジェクト計画書に沿って作成された平成22年6月付けで提示された「新要件定義書1.0」に対応する基本設計,詳細設計,開発までであり,その後の要件追加・変更を加味して同年12月付けで改訂された「新要件定義書1.1」ではないとした。

争点(1-2)Yの帰責事由

少々長いが,適宜省略・改行等の編集をしながら引用する。

現行システムは,AとBという2つのシステムからなり,1つの企業グループに属する企業のものとはいえ,別々に形成,運用されてきたものであって,両者は,取り扱うサービスに差異があり,顧客管理,請求・入金管理,決済管理,店舗管理等の面で異なる処理方法が採られており,その画面数,バッチ数等も大きく異なっていたこと,
本件システム開発は,度重なる改修がされたことに伴う現行システムの複雑化等による弊害や,システムの分散による弊害が生じていたことを踏まえ,新たなシステムを導入することにより保守運用コストの低減等を図ることにあったこと,そのためには,AとBの両システムについて可能な限り共通化,集約化を図り,A又はBを用いて行うISPの業務そのものも変更・見直しを行う必要があったこと,
本件RFPにおいては,想定画面数,バッチ及びテーブル数を完全に同一にするとされており,AとBについて共通化したシステム開発をする方針であったこと,
しかし,そのことについてXのシステム情報部門とカスタマ部門とで合意形成をすることができず,Xは,共通化仕様について見直しを提案し,AとBとの間で,一部画面の個別化は必須であることが確認され,本件変更覚書において要件定義の再整理をすることとし,これに従って作成された新要件定義書1.0においては,コアシステムを構築し,AとBの双方について部分的に個別化して対応をすることとされたこと,
Yが新要件定義書1.0に基づいて進めた開発の成果物については,Xのカスタマ部門からは種々の修正の要望が出され,受け入れられず,平成22年10月19日の時点においても,AとBとの間でコアシステムをどのようなものとし,AとBのうちどの部分をどのように個別化し,どのような画面構成とするかについて合意ができておらず,Yとしては,この点について,Xから更に具体的な仕様が示されなければ,基本設計工程を進めることができない状態にあったと認められる。

(略)Yが新要件定義書1.0に基づいて進めた開発の成果物について,Xのカスタマ部門から種々の指摘がされたのに対して,Xの情報システム部門はこれらの要求を特に整理することはなく,そのため,YはA及びBの現行システムをそのまま維持する形で基本設計を進めるほかなく,Xからは,コアシステムをどのようなものとし,AとBのうちどの部分をどのように個別化し,どのような画面構成とするかについて,具体的な仕様は示されなかったことが認められる。さらに,これ以外の点についても,新要件定義書1.0においては,Xの要求により新たにB債権管理機能が要件として記載されたこと,新要件定義書1.0の完成後,Xは統計・カスタマツールの機能を汎用管理台帳の形でシステムに組み込むよう要求し,そのため,Yは新要件定義書1.0で整理した業務フローを見直す作業をせざるを得なくなり,その結果,作成済みの基本設計書の全ての項目の見直しを行い,基本設計工程が大きく停滞したこと,
また,Xが示した上記業務フローについては内容が確定していないものがあったため,これを整理して取り込む新要件定義書1.1の作成作業を行ったこと,
さらに,Xは,コアシステムを第3のシステムとして構築することを求めたため,Yは一定の協力をせざるを得ず,作業が混乱したこと,
平成22年11月・12月の段階でキャリア提供ADSLサービスの精査作業を行ったところ,それまで提出を受けていた資料が古いものであったことが判明し,Yは作成済みの基本設計書についても項目面の見直しをせざるを得なくなったこと,
Yは,Xから,サービス項目精査の作業をすることを求められ,これに対応するため,画面設計が一旦中断したこと,
以上の事実が認められる。

以上の事情によれば,前記(ウ)において説示したXの要求ないし対応のため,Yは,本来行うべき作業が遅滞し,また,基本設計の作業を進めることができず,その結果として,本件システムに係る基本設計の作業を定められた納期に合わせて進めることができなかったというべきであり,本件Y業務の履行遅滞について,Yの責めに帰すべき事由によるものではなかったと認められる。

と,原審とはまったく逆の判断となった。この点に関するXからの反論についても,裁判所は,次のように退けた。

しかし,基本設計において,Yが提示した画面設計のドキュメントが,新要件定義書1.0に従っていないものであったことを裏付ける具体的な事情はうかがわれないし,
Xのカスタマ部門からの指摘や要請がそのまま反映されていないとしても,本件システム開発は,前示のとおり,2つの異なるシステムについて共通化したシステム開発をする作業であり,そのことをもって,直ちにYの作業のクオリティが低かったことを裏付けるとはいえない。
また,Yは,RFPを作成する業務をXから請け負い,実際に本件RFPを作成したこと,旧要件定義書等について,一定の留保はされたものの,Xの検収を経て納品がされていること,本件変更覚書の作成後も,新要件定義書1.0を作成して納品していることは,前記認定事実のとおりである。
さらに,YによるXの現行業務の理解が不十分であったとしても,前記認定事実によれば,それは,カスタマ部門内の業務ないし現行システムについて,XからYに正確な情報が提供されていなかったことによると認められ,専らYに責任があることとはいえない。
また,Yのプロジェクト管理体制等が不十分であることを認める趣旨の前記書面についても,これらの書面は,請負契約の注文者と受注者という関係の下で作成,提出されたものであって,前記認定事実に係る経緯の下では,そのような記載があることをもって,直ちにYのプロジェクト管理体制の不備があり,それが基本設計工程の遅延の原因であったことを裏付けるものとはいえない。

その結果,裁判所は一審の判断を覆し,納期までにYの業務が履行できなかったことは,Yの責に帰すべき事由によるものではないから,債務不履行により解除したとの主張に基づくXの一切の本訴請求を退けた。

争点(2-1)契約範囲内作業相当の損害賠償

本件基本契約には,民法641条の特則として,

Xは,Yと別途協議の上,書面による通知をもって,本件基本契約又は個別契約を任意に解除できるものとする。この場合,Xは,Yに対し,Xの責めに帰すべき事由があるとき,通常かつ直接の損害に限り,解除に伴うYの損害を賠償するものとする。

という規定があった(32条)。また,損害賠償の制限規定として,

X又はYは,相手方に損害を与えた場合,当該損害の直接の原因となった個別契約に定める契約金額の倍額を上限として通常の損害を賠償するものとする。
前項の損害には,X又はYが相手方に対し履行を求める一切の費用,訴訟等裁判手続に関する弁護士費用の相当額が含まれるものとする。

という規定があった(30条)。

これらを踏まえて,裁判所は,Yには,もともとの個別契約の範囲内の作業をしたことにより,約7億円の費用が発生したこと(各個別契約の代金相当額の合計),代理人の訴訟追行費用として約10%の6900万円の損害が認められ,この額は,個別契約の倍額の範囲内に含まれるとした。

争点(2-2)契約範囲外作業相当の報酬請求等

他方,Yが実施したと主張する契約範囲外の作業に関する商法512条に基づく報酬請求,目次の追加契約に基づく報酬請求権又は損害賠償請求に関しては,次のように述べた。

  • 新要件定義書1.0は,本件変更覚書に基づいて作成されたものであって,作成された要件定義書に各個別契約には含まれていない要件が記載されているとしても「他人のために行為をしたとき」に当たらない
  • 新要件定義書1.1についても,Xが要求したツール等の内容を具体化したもので,開発につながる部分については別途契約を締結することが想定されており,本来業務を円滑に遂行するための行為又は別途の契約締結のための準備行為としてされたとみるべきであるから「他人のために行為をしたとき」に当たらない
  • 基本設計における作業についても,範囲外の作業は別途の契約が必要であると申し入れていたにもかかわらず,契約を締結することなく行った作業については,それ自体が本来業務に含まれていないとしても,本来業務を円滑に遂行するための行為又は別途の契約締結のための準備行為としてされたとみるべきであるから「他人のために行為をしたとき」に当たらない
  • その他,Xにおいて追加的な契約締結に応じることを示す行動があったとも認められないから,黙示的な追加契約が成立したとは認められない

と述べて,契約範囲外の作業相当額についての反訴請求は棄却した。


その結果,一審判決とは逆に,Xの本訴請求はすべて退け,Yの反訴請求は一部(約7.7億円)を認容した。

f:id:redips:20200714175801p:plain

若干のコメント

本件は,仕様の確定がもつれて延期が繰り返された挙句にとん挫したという事案において,ユーザの協力義務違反が問題となった事案ですが,一審と控訴審とで判断がまったく逆になりました。判決文だけからでは,その判断のポイントというものが読み取りにくいのですが,結局のところ,ユーザが実現してほしいと思っていたスコープが,どこまで合意の範囲内であったのかというところが鍵となっているように思います。


ユーザは,契約締結前のやりとりであるRFPや提案書等を根拠に契約範囲内であると主張したのに対し,裁判所は,もともとの要件定義が不十分であったことを相互に認識してやり直してプロジェクトのスコープを再定義し,その結果が新要件定義書1.0に反映されたものであるといった経過に基づいて範囲を確定しました。


最終的に基本設計を終えることができないまま頓挫した原因についても,Xの2つの現行システムの統合の方針については,Xがやるべきことを適時に実施していなかったということなどが認定されました。


このように,要件・仕様が固まらなかったことがユーザの責任であるとした事例は過去にもありますが,本件の場合,繰り返しベンダから「納期遅延のお詫びと今後の取り組みについて(お願い)」のようにお詫びの文書が出され,その内容も,ベンダにおいて「プロジェクト管理体制が不十分であった」「基本設計書が未完のまま詳細設計を行ったため,品質,効率の低下を招いた」などとなっていたことが注目されます。最初の「詫び状」は,その後の仕切り直し(覚書の締結)によってリセットされたともいえるのですが,その後も,「お詫び」を表題に含む文書を提出しており,これを見ると,ベンダが自ら非を認めたのであるから,責任あり,という認定に繋がってもおかしくありません。


しかし,控訴審判決では,この詫び状等について,

これらの書面は,請負契約の注文者と受注者という関係の下で作成,提出されたものであって,前記認定事実に係る経緯の下では,そのような記載があることをもって,直ちにYのプロジェクト管理体制の不備があり,それが基本設計工程の遅延の原因であったことを裏付けるものとはいえない。

として,他の証拠による認定を優先させました。一般にこうした「詫び状」はベンダにとって致命傷になることが多いのですが,「詫び状」があってもなおベンダの責任を否定した事例もあるので(東京高判平30.3.28(当ブログ未搭載)),詫び状一本で勝てるというものではありません。


他に実務的に興味深い点としては,原審で,要件定義書等の成果物の再利用価値が一部認められた点や,控訴審で,弁護士費用を損害賠償の範囲に含めるとした契約条項がありつつも,現実に発生した弁護士費用ではなく,損害額の1割とした部分などが挙げられます。


完全に余談ですが,本件にて,ベンダ選定の過程の認定事実で,

本件RFPを提示して,本件システム開発の業者選定の入札を実施した結果,各ベンダーが提示した額は,Nが4億0800万円,Yが4億7000万円,Hが7億1100万円,Fが16億0200万円,Cが17億4900万円であった

という記載がありました。まったく本件の争点とは関係ありませんが,同じRFPを提示していても,いずれも名だたるベンダが見積をしていても,4倍以上も見積金額に開きが生じてしまうというのは,まったく珍しいことでもありません。この事実は,システム開発の見積時点におけるベンダの手探り状態がよくわかることを端的に示しており,結果的に,見積もり誤りによって計画どおりに進捗せず,トラブルに陥りやすいということがよくわかります。

*1:本件基本契約において,裁判手続における弁護士費用相当額が損害賠償請求できると定められていた。

サイト開発の遅延の責任の所在 東京地判平29.3.21(平26ワ16813)

短期突貫工事によるウェブサイト開発案件での遅延の責任が開発ベンダではなく発注者のディレクターにあるとされた事例。

事案の概要

Yは,ファーストフードチェーンのKからキャンペーンの企画運営の委託を受け,YはXに対し,キャンペーンサイトの開発を委託した(本件委託契約。納入日:平成25年11月18日,報酬額231万円,2.4人/月)。


本件キャンペーンサイトは,平成25年11月18日午前7時に公開する予定であったが,おおむね,次のような状況であった。

  • 9月中旬ごろ,YはXらに本件キャンペーンサイトの開発を打診した。
  • 10月2日時点では,「どのようなことがやりたいかを記載された資料のみが存在している状況」で,何も確定していなかった。
  • 10月4日の打ち合わせでは,21日までに仕様が確定し,28日までに8割がた確定したHTMLがXに提供されることが想定されていた。
  • 10月16日,当初は予定されていなかった公開前の事前登録機能が実装されることとなったほか,ティザーサイトも別途用意されることとなった。
  • 10月26日,Xは,ティザーサイト用のHTMLを受領した。
  • 11月1日,ティザーサイトがオープンした。
  • 11月7日時点になっても8割がた確定したHTMLはXのもとに届いておらず,Xは当初リリース日の公開は延期しなければならないと伝えた。
  • 11月12日,Xは8割がた確定したHTMLを受領し,24時間体制で本件キャンペーンサイトの開発に取り掛かった。
  • 11月17日,リリース日の前日になって,クーポン情報の形式が確定した。
  • 11月18日,リリースの1時間前でもXは開発サーバで,本件キャンペーンサイトの開発を続けていた。
  • 同日,本件キャンペーンサイトを公開しようとしたところ,開発サーバと本番サーバとで環境が異なり,文字化けが発生するなどの障害が発生した。
  • 11月22日,本件キャンペーンサイトが再リリースされた。
  • その後も,レアクーポンの出現確率が誤っていたり,レポート出力機能が不十分であるといった問題が残っていた。


Xは,途中で,報酬額を493万5000円とする見積を提出し,これを支払うよう請求し(本訴),Yは,Xの債務は不完全履行だったとして,約2500万円の損害賠償を請求した(反訴)。

ここで取り上げる争点

(1)本件委託契約に係る仕事の完成の有無
(2)本件委託契約の報酬額変更合意の成否
(3)Xの債務不履行責任(不完全履行)の有無
(4)Xの債務不履行責任(履行遅滞)の有無

裁判所の判断

争点(1)(仕事の完成)

本件委託契約は請負契約の性質を有すると解されるところ,Yは,再リリース日においても本件キャンペーンサイトには不備があり,Xの仕事は完成していない旨主張する。
しかしながら,再リリース日において本件キャンペーンサイトは公開されている。Yの主張によっても,本件キャンペーンサイトに多少のバグがあることは想定されていたというのであり,本件リリース日の午前6時頃までには,多少のバグがあってもとりあえずガチャアプリを機能させてガチャを回せる限度で公開し,バグはその後修正していくことになったのであるから(認定事実(13)),本件キャンペーンサイトは再リリース日には一応完成したものと認められる

争点(2)(報酬変更合意の成否)

Yは,Xの上記増額の申出に対して拒否する旨の回答をしていないが,これをもって上記申出を承諾したということもできない。そして,Xは本件報酬額を人工を基準に見積もっているが,XとYとの間に,人工が増えればこれに合わせて報酬額を増額する旨の合意があったと認めることはできない
よって,Xの主張に係る報酬増額の合意が成立したと認めることができず,Xの本訴請求は,本件委託契約に係る当初の合意金額である231万円及びこれに対する遅延損害金の限度で認められるにとどまる。

争点(3)(Xの債務不履行

文字化けが発生したことについては,その実について認めたうえで裁判所は次のように述べた。

Xが開発したシステムのデータを変換しなかったのは,単純に当初リリース日に公開を間に合わせるため作業が多く,徹夜で作業をすることとなり,データの変換を失念したにすぎない。
そうすると,本件プロジェクトは元々日程が過密であり,さらにその後当初予定されていなかった事前登録機能が追加され,ティザーサイトが公開されることになり,Xが当初リリース日の午前7時まで徹夜で作業を続けたなど,Xがシステムデータの変換を失念したことについて同情に値する事情があることを考慮しても,データの変換を失念したことについては少し注意を払えば容易に防ぐことができたものといわざるを得ない。よって,Xは,当初リリース日に文字化けを生じさせたことについて債務不履行責任を負うものといわざるを得ない。
しかしながら,Xは,当初リリース日である平成25年11月18日の午後3時頃までには文字化けの不具合を修補し,遅くとも再リリース日である同月22日には本件キャンペーンサイトを公開している。そうすると,Xが文字化けについて債務不履行責任を負うか否かは,結局,後記5の履行遅滞責任の有無に帰着することになる。

そのほかに,レアクーポンの出現確率の設定を誤ったこと,レポートに不備があったことについて,Xに債務不履行責任があることを認めた。

争点(4)(Xの履行遅滞責任の有無)

本件キャンペーンサイトが当初リリース日に公開することができず,それが再リリース日にずれ込んだことについては,①元々日程が過密であったこと,②それにもかかわらず,当初予定されていなかった事前登録機能の追加及びティザーサイトの公開が追加されたこと(ディレクターであるYは,G又はKなどに対し,このような機能を追加すれば当初リリース日に公開が間に合わなくなるおそれがることを忠告することも可能であった。),③Zがデザインの入ったHTMLファイルをXに対して交付するのが遅れたこと,④ディレクターであるYが本件プロジェクトの進行管理を十分に行わなかったこと,⑤XとZとの間,XとDとの間など,本件プロジェクトについて役割分担をした者同士の間で十分な意思の疎通が図れておらず,このような意思の統一をすることはディレクターであるYの役割であったこと,⑥過密な日程がさらに押したものとなり,Xは当初リリース日の公開予定時刻の1時間前にもなお修正作業を続け,公開前のテストを行う時間もなかったこと,⑦Xはこのように時間に追われ,平成25年11月13日以降,24時間体制で開発作業を続けた結果,文字化けのような凡ミスが出ることとなった。

このように考えると,文字化け,レアクーポンの出現割合の設定ミス及びレポート出力の不備など個別の不具合についてはXが債務不履行責任を負うということができるとしても,本件キャンペーンサイトを当初リリース日に公開することができず再リリース日になってようやく公開にこぎ着けたという本件委託契約に係る履行遅滞について,Xの責めに帰することができない。

そして,上記の設定ミス,不具合による債務不履行と相当因果関係ある損害は認められないとした。


以上より,Xの請求は当初の契約記載の限度で認め,Yの反訴請求はすべて棄却された。

若干のコメント

冒頭の事案の概要で書いたとおり,2カ月後のキャンペーンに向けてサイトの開発を依頼されたにもかかわらず,仕様も固まらない上に,追加の要件が膨らむといった厳しい状況下で,無理やりスケジュールどおりリリースしたら不具合が出てしまったことについて開発ベンダの責任が問われたという事案でした。


裁判所は,ベンダXの遅延による損害賠償責任は認めなかったものの,突貫工事によって膨らんだ工数相当分の増額請求については認めませんでした。


Xは,仕様が決まっていなかった段階で231万円という契約金額を提示していましたが,この状況で請負型の契約を締結してしまったことが悔やまれます。


また,裁判所は,発注者であるYはディレクターとして,Xのほか,デザイン会社その他関係者間の調整をすべきであるのにこれを怠ったために遅延したのであって,Xは遅延の責を負わないとしました。規模は小さいながらもマルチベンダ型開発における発注者に責任に言及したものとして参考になります

契約の成否・契約締結上の過失 東京地判平26.10.31(平25ワ21216)

NDA・基本契約までは締結されたが,具体的な契約が締結されないまま半年近く作業が行われれて終了したという事例。

事案の概要

Yは,富裕層向けサービス(本件サービス)を企画し,Xに対し,予算の上限1000万円と伝え,ウェブサイト開発の提案を依頼した。Xは,平成24年10月5日に本件サービスの企画,設計,開発に関するプレゼンテーションを行った。YのB社長は,「ほぼこれで決まりだ」という趣旨の発言をした。


そのプレゼンテーションの後,XとYの担当者間でメールのやりとりが行われ,システムの仕様,運用方法に関する打ち合わせも何度か行われた。同月18日には,XY間で秘密保持契約が締結された。


同年12月上旬ころまでに,Xは,コンセプトマップ,ユーザージャーニーマップ,ページ遷移図のほか,ページレイアウト図,デザインの一部,機能リスト等を作成した。


YはXに対し,平成25年1月15日,基本契約書の稟議が承認されたことを通知し,同日ころ,それぞれ押印した。


XはYに対し,同年2月8日に,メールにて企画・設計500万円,デザイン・開発・テスト500万円とすること等を含む発注書の文案及び発注仕様書の案をメールで送付した。


XはYに対し,同年2月8日ころまでに業務委託報酬を全額前払いしてもらえない限りチームを解散しなければならない旨を告げ,Yも構わないと回答した。


Xは,その後も再度プレゼンテーションを行ったが,Yは同年4月23日に,Xに対し,本件サービスにかかるプロジェクトについて業務委託の意思がないことを告げた。


Xは,Yに対し,主位的にはシステム企画開発に係る業務委託契約が成立し,履行をしたとして,525万円の報酬請求をし,予備的にはYに契約締結上の過失があったとして,Xが被った損害の約470万円の賠償を求めた。

ここで取り上げる争点

(1)契約の成否
(2)契約締結上の過失の存否

裁判所の判断

争点(1)について,裁判所は契約の成立を否定した。

XとYとの間では,本件サービスに係るシステム開発の業務委託について,委託報酬の支払条件や本件サービスの仕様に関し最終的に確定するまでには至っておらず,具体的な発注もなされていないのであるから,同委託契約についての合意が成立したとは認められない。(略)
たしかに,(略)XY間では,秘密保持契約を締結するとともに,本件基本契約書が作成されている。しかしながら,(略)平成24年10月5日時点で,最終的に本件サービスのシステム開発をXに委託することまでは確定しておらず,今後,契約交渉及び仕様の確認作業を行っていく段階であることがうかがわれる。そして,Yが,本件基本契約書に基づき,業務内容,委託代金,納期等を定めた注文書を発行した事実は認められず,(略)Xが提示した支払条件についてYが了承した形跡もないまま,YからXに対して本件サービスのシステム開発を委託する意思がないことを伝えるに至っていることに照らすと,Xの上記主張は採用できない。


Xが,本件サービスのシステム開発に係る業務の一部を履行していたことについては認めつつも,裁判所は争点(2)についても否定した。

たしかに,(略)本件サービスのシステム開発については,当初,平成24年11月中の運用開始を予定していたことから,契約交渉と開発作業が並行して行われ,(略)Xは,その一部の業務を遂行していた。しかしながら,(略)XとYとの契約交渉は,同年10月下旬には,報酬の支払条件及びYの財務諸表の開示を巡って進展がみられなくなり,Yからは,契約交渉と開発作業を同時並行で進めるのではなく,契約の締結を先行させることが提案されるに至っている。さらに,YからXに対し,同年11月上旬には,本件サービスの納品期限について,平成25年3月でもかまわない旨が伝えられたことなどを考慮すると,Xにおいて,本件サービスのシステム開発に係る委託契約が締結に至らない可能性のあることはある程度認識し得た上,納品期限との関係で,システム開発を先行させる必要性も乏しくなっていたというべきであり,これらの経緯等に鑑みれば,Yが,Xに対し,同委託契約が締結されることについて過大な期待を抱かせ,本件サービスのシステム開発作業を行わせたとまではいえない。したがって,Yについて,契約締結段階における信義則違反は認められず,Xの前記主張は採用できない。

若干のコメント

本件のような契約の成否をめぐる争いは,よくある紛争類型の一つですが,裁判所は契約の成立も,契約締結上の(発注者の)過失も認めませんでした。


しかし,システムの規模が1000万円程度で,ベンダXが契約の成立まで約半年くらいプレゼンや作業に関わり,一部の作業が実施されていたことが認められながらも,ユーザYの責任が一切認められていないのはXにとってはやや酷な気がします。


システム開発の上流工程の場合,無償の提案活動の一環なのか,有償の業務なのかの区別がつきにくいだけでなく,ベンダも厳しい納期に間に合わせたり,声をかけた協力会社の稼働を維持するために,リスクを承知で先に作業を進めてしまうということがよくあります。


本件におけるXも,やや前のめりになって進めてきた面は否定できないものの,手順前後ながらも基本契約と秘密保持契約の締結に向けて働きかけ,締結に至るように進めるなど,契約を意識していたことは事実のようです。しかし,裁判所には「委託契約が締結に至らない可能性のあることはある程度認識し得た上,納品期限との関係で,システム開発を先行させる必要性も乏しくなっていた」と認定されてしまいました。


この種の事案のたびに繰り返し書いていることですが,契約不成立の可能性がある中で作業に入らざるを得ない場合には,せめて担当者ベースでも内示書等をもらうなどして,契約締結の意思を確認することはしておきたいものです。

追加代金支払請求の可否 東京地判平23.3.30(平21ワ15799)

書面による合意を超える部分の代金を,事後的に調整することが予定されていたかどうかが争われた事例。

事案の概要

Aから本件システムの開発を委託されたYは,Xとの間で,平成19年1月26日に業務委託基本契約を締結した。本件基本契約には,個別契約は,注文書・請書の手交によって成立すること(2条1項)などが定められていた。


本件基本契約に基づいて,第1から第9までの個別契約が順次締結され,平成20年3月にXからYに成果物を引渡し,個別契約の代金合計約5800万円が支払われた。


Xは,Yに対し,平成20年3月の納品直前に,開発作業を通じて少なくとも2700万円の持ち出しが生じて厳しい状況にあることを伝えたが,Yの担当者は,今後の改修案件での工数の上積みによって埋め合わせをすることができるよう努力するなどと述べたメールを送信した。


Xは,Yに対し,①主位的に,事後的に金額を調整するとの合意があったとして業務委託代金として,予備的に,②不法行為に基づく損害賠償金,不当利得金又は商法512条に基づく報酬として,前記の約2700万円を請求した。

ここで取り上げる争点

(1)金額を調整するとの合意の有無
(2)不法行為の成否

裁判所の判断

争点(1)について。

Xは,見積書はYの指示のまま作成したものであり,後に調整することが条件であったと主張していたが,裁判所は以下のように,個別契約所定の金額を請負代金とした請負契約が締結されたと認定し,Xの主張を否定した。

本件個別契約の契約額については,Xによる見積書の作成に先立って,Yから工数等を記載した見積書サンプルが送付されたにしても,(略)その内容は,平成19年5月30日のXの概算見積内容を前提とし,当初予定されていなかった要件定義作業も終了した後である平成19年8月下旬に,これらの分を含めた工数の変更調整がなされたものであり,しかも,Xは,基本設計も終了した後である同年12月13日,Yの求めに応じて上記調整内容に沿う内容の見積書を作成日を遡及させて提出するなどし,その後も,(略)計5人月分の追加発注を受けたとの経緯も認められるところである。

争点(2)について

Xは,Xが受託した業務は下請法適用取引にあたり,Yが下請代金を一方的に定めて調整を許さなかったのは,「通常払われる対価に比し著しく低い下請代金を不当に定めた」(下請法4条1項5号)ものであって,不法行為に該当すると主張していたが,裁判所はこの主張も退けた。

代金合意及びその経緯については,(略)Xは,空港系支援業務との作業名による計5人月分の追加発注を受け,また,実体のない契約の締結や当該代金名下での支払をも受けるなどしていたとの事実も認められるところであり,これらの経緯に照らした場合,Yが,Xに一定の行為を強いうる地位にあったものとは認められない。そして,甲31及び甲40にある押し付けや無理矢理といった表現部分等にしても,その内容は曖昧であり,本件全証拠によっても,Yが代金を不当に定めたとの事実は,これを認めるに足りないことから,不法行為の主張はその余の点について検討するまでもなく理由がない。

若干のコメント

注文書・請書が取り交わされたものの,スコープが広がった,想定以上の工数がかかったことなどに起因して,それを超える追加代金を請求するケースは少なくありません。そういった場合の追加請求の根拠としては,①追加支払いの合意の存在,②商法512条に基づく請求,③不法行為・契約締結上の過失等が挙がってきますが,本件も同様でした。


しかし,本件の場合,合計で9つの個別契約が締結されており,その契約の数も当初から決まっていたものではなく,追加の要請があったときに逐次的に締結されていました。さらには,そのうちの一部は実体のないものもあったとされ,追加代金についてはすでに当事者間で調整済みであると判断されています。