IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

システム開発契約の成立要件 名古屋地判平16.1.28判タ1194-198

システム開発プロジェクトが,契約書を取り交わさないまま途中で頓挫した場合において,契約の成立が争点の一つとなった事件。

事案の概要

地方自治体Xは,ベンダYに対し,財務会計システム等の導入を委託し,Yはパッケージソフトを利用して順次導入していった。その後,Xの税務課との間でパッケージを利用した税務システムの導入について検討されたが,Yは膨大なカスタマイズが必要だと主張したのに対し,Xは費用面からこれを認めず,仕様が確定しないままXは,税務システムの導入を断念した。Xは,税務システムを含めた全体の請負契約が,Yの原因により履行不能になったとし,Xが被った損害について賠償を求めた(Yからの反訴などもあるが,ここでは割愛する)。

ここで取り上げる争点

財務会計システムだけでなく,税務システムの領域まで含めた全体の請負契約が成立していたといえるかが問題となった。

裁判所の判断

契約の成否に関する一般論として,次のように判断した。

業務用コンピューターソフトの作成やカスタマイズを目的とする請負契約は,業者とユーザ間の仕様確認等の交渉を経て,業者から仕様書及び見積書などが提示され,これをユーザが承認して発注することにより相互の債権債務の内容が確定したところで成立するに至るのが通常であると考えられる。

そして,本件では,

  • Yの提出した提案書は,必ずしもXの業務内容を十分検討したものとはいえず,具体的でないから,提案書の提出をもって申込の意思表示にあたらない。
  • XがYに採用通知を出しているとしても,交渉の相手方をYに絞り込んだという意味を有するにとどまるから,承諾の意思表示があったともいえない。
  • 本件では,カスタマイズの有無など,仕様確認を経てからカスタマイズの範囲や費用の合意が取れた段階で契約が成立することが予定されていた。

などと判断して,税務システムまで含めた全体の基本契約が成立していたとはいえないとした。したがって,契約の成立を前提とするXの請求も認められなかった。

(その他の争点については割愛)

若干のコメント

実務的な背景としては,ユーザ側において,パッケージを導入すると決めておきながら,現場はカスタマイズを求めたり,予算の関係で抑えようとして足並みをそろえられないという問題がある。また,それをうまくベンダがコントロールできないというのも問題である。


そもそも,具体的な委託業務の範囲が書かれた契約書が存在しなかったことが大きな問題だった。開発の現場では,契約書を取り交わす前に作業に着手することは,ままよくありるが,その場合,どのような契約が成立していたのかということを後から立証するのは非常に困難である。


裁判所の示した一般論の部分を厳格に適用すると,仕様が確定しない限り契約が成立しないことになる。そうなると,仕様を確定するための作業はいったいどうなるのか?という疑問が生じる。ケースバイケースだが,理想的には要件定義,設計,開発・・などとフェーズ単位で契約を分けていくことでこの問題は回避できそうだ。


いずれにせよ,システム開発において,契約スキームをどのように構成するかというのは,システムの規模,相手方とのこれまでの関係,開発の内容等に応じて,適切なものを選択しなければならない。本事例からは「納期優先」で作業に着手することは非常に大きなリスクとなることがわかる。