IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

いわゆる経由プロバイダの発信者開示情報議義務 最判平22.4.8

ネット接続業者であるNTTドコモに対して発信者情報開示請求を行った事案において,ドコモが「特定電気通信役務事業者」に該当するかどうかが問題となった事例。

事案の概要と争点

ネット掲示板に匿名の書き込みによって権利が侵害されたとする者が,いわゆるプロバイダ責任制限法に基づいて,ネット接続業者であるNTTドコモに対して,発信者情報(氏名・住所等)の開示を求めた。

同法4条1項は,権利侵害されたとする者は,「開示関係役務提供者」に対して,発信者情報の開示を求めることができることを定めている。この開示関係役務提供者には,例えば「2ちゃんねる」のようなネット掲示板の運営者のみしか含まれないのか,ネットへの接続業者であるプロバイダ(これを「経由プロバイダ」と呼ばれることが多い。)も含まれるのか,というのが争われた。

裁判所の判断

これまでの下級審の判断では,経由プロバイダも含まれるというものが多く,ほぼ通説化していたといってもよいが,最高裁は通説と同じ立場であることを明確にした。


形式的な文言解釈だけでなく,実質論からも,

法4条の趣旨は,特定電気通信(法2条1号)による情報の流通には,これにより他人の権利の侵害が容易に行われ,その高度の伝ぱ性ゆえに被害が際限なく拡大し,匿名で情報の発信がされた場合には加害者の特定すらできず被害回復も困難になるという,他の情報流通手段とは異なる特徴があることを踏まえ,特定電気通信による情報の流通によって権利の侵害を受けた者が,情報の発信者のプライバシー,表現の自由,通信の秘密に配慮した厳格な要件の下で,当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者に対して発信者情報の開示を請求することができるものとすることにより,加害者の特定を可能にして被害者の権利の救済を図ることにある

と,趣旨を述べた後,(1)経由プロバイダは,課金の都合などから,発信者情報を把握している一方,(2)その他の者はむしろ把握していないこと,から,

経由プロバイダが法2条3号にいう「特定電気通信役務提供者」に該当せず,したがって法4条1項にいう「開示関係役務提供者」に該当しないとすると,法4条の趣旨が没却されることになるというべき

とした。

若干のコメント

この問題は,結論からすると当然であるように思えるが,権利侵害されたとする者の権利保護と,発信者のプライバシーは表現の自由をどのようにバランスをとるかという問題が根底にある。


法律が施行されたころの初期の下級審(平成15年ころ)には,判断が分かれるケースも多く,立法担当者の意思としては,経由プロバイダは含まれない,という解釈もあったという。


とはいえ,実務的には,もうこの判決で決まってしまったとしてよいだろう。