IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

発注者としての協力義務 東京地判平19.12.4

システムが完成しなかった場合においてユーザが発注者としての責任を果たしていたかどうかが問題となった事例

事案の概要

コンサルティング会社Xは,ソフトウェア開発会社Yに自社システムの開発を委託した。XY間の契約に基づいて,開発代金2000万円のうち,1800万円(税抜き)が支払われたが,結局,システムは完成しなかったことから,Xは,Yに対して,契約を解除した上,損害賠償として既払いの代金の返還を求めた。なお,開発の過程で,Yの開発リーダーが病気で離脱し,ほとんど引き継ぎがなされなかったという事情があった。

ここで取り上げる争点

本件では,一応の納品が行われていたが,Yも未完成であることを自認していたため,仕事の完成自体はほとんど争点となっていない。システムが完成しなかったことの責任は,協力義務を果たさなかったXにあるのかどうかが争点となった。

裁判所の判断


従来の裁判例でも指摘されていたとおり,裁判所は,

具体的な仕様の確定は,発注者の要望をまとめた要求仕様と受注者の提案の基本設計をもとに双方が協議して確定されるものであり,その意味で発注者側の協力は欠かせないものである


として,一般論として,発注者の協力義務を認めている。


結局,Yは,協力義務を果たしていないことの理由として,(1)要求が肥大化したこと,(2)調査・分析資料を提供していないこと,(3)要求の変更を繰り返したこと,(4)Xの代表者が威圧的態度であったため,Yの開発リーダーが離脱せざるを得なかったことなどの主張をしたが,裁判所は,

  • (1)については,事前に仕様の合意もなかったまま作業を進めたのであるから,当初の契約と違うといった疑問は呈されていなかった,
  • (2)については,Yが資料に関する作業量を見積もるべきであったし,作業を見積もっていないのであれば資料がそろわないことの負担は,ベンダが負うべきであった,
  • (3)については,ブロックごとにデザイン案を検討するという流れにおいては,すでに確定したデザインの変更を行うことも尋常ではないとはいえない,
  • (4)については,ストレスが原因で離脱したとしても,ベンダにおける労務管理上の問題で,ユーザに帰責することはできない


などとして,解除は有効,既払い金の全額についての返還請求を認めた。おまけに,YがXの承諾なく再委託を行ったことが,XY間の契約違反であることも認めている。


さらに,システム開発が失敗したことが,Xの信用低下をもたらしたことを認め,「信用低下による損害を金銭的に評価することは極めて困難」としながらも,「諸般の事情を考慮すると信用棄損による損害は100万円をもって相当」とした(ただし,Xの過失を5割認め,この部分については50万円の請求を認めるにとどめている)。

若干のコメント

本件では,裁判所から開発のずさんな実態について指摘されている。例えば,

そもそも,本件請負契約においては,要件定義書も作成されないまま契約が締結されており,ベンダがどのようにして請負金額を算出したのかは不明というほかなく,これは一般的なシステム開発の請負契約の締結の流れとは異なるものである。


など。また,契約締結前の事情として,Yの代表者が提案時のプレゼンテーションにて,

本件システム(注:現行システム)について,今のままであれば自分は使おうと思わないなどの辛辣の批評をし,


さらには,Xの代表者の反応として,

このようなベンダの提案は,ユーザ代表者が抱いていた前記の本件システムの問題点を解消するものであり,ユーザ代表者らは,ベンダの提案に感銘を受けた。


とある。いつの開発においても,開発前はユーザとベンダはバラ色の成果を夢見ている。


本件のベンダYの対応を見ていると,相当ひどいな,と感じるが,現に,このような紛争を取り扱う立場からすると,数千万円規模の開発案件で,契約締結前には実質的に何も決まっていないまま動き出すことはそれほど珍しくない。その結果生じる代償はあまりにも大きい場合があることをユーザ,ベンダとも留意しておきたい。