IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

ネット上の表現行為に対する名誉棄損罪 最決平22.3.15

インターネット上の表現行為に対する名誉棄損罪の成否について

事案の概要

被告人Xは,ラーメン店Aを経営する会社Bの名誉を毀損しようと企て,ホームページに「インチキFC A粉砕」「貴方がAで食事をすると,飲食代の4〜5%がカルト集団の収入になります。」などの文章を記載したとして,名誉棄損罪で起訴された。


第一審(東京地判平20.2.29)では,

インターネット上での表現行為の被害者は,名誉毀損的表現行為を知り得る状況にあれば,インターネットを利用できる環境と能力がある限り,容易に加害者に対して反論することができる。

などと,いわゆる対抗言論の法理に言及し,

インターネットを利用する個人利用者に対し,これまでのマスコミなどに対するような高い取材能力や綿密な情報収集,分析活動が期待できないことは,インターネットの利用者一般が知悉しているところであって(略)個人利用者がインターネット上で発信した情報の信頼性は一般に低いものと受け止められている

と述べた。要約すれば,インターネット上の情報は,一般に信用力が低いことから,名誉毀損罪の成立のハードルを高くしたといえる(独自の基準を定立している)。


これに対し,控訴審(東京高判平21.1.30)では,インターネット上での表現行為について,別の判断基準を適用することは妥当ではないとして,第一審を破棄し,被告人Xに有罪判決を言い渡した。


インターネット上の表現行為に対する名誉毀損罪の成否について判断が分かれたことから注目された。

ここで取り上げる争点

刑法230条の2第1項の要件に関し,被告人Xにおいて「摘示した事実を真実と信じたことについて相当の理由」があったといえるか。

裁判所の判断

個人利用者がインターネット上に掲載したものであるからといって,おしなべて,閲覧者において信頼性の低い情報として受け取るとは限らないのであって,相当の理由の存否を判断するに際し,これを一律に,個人が他の表現手段を利用した場合と区別して考えるべき根拠はない。
そして,インターネット上に載せた情報は,不特定多数のインターネット利用者が瞬時に閲覧可能であり,これによる名誉毀損の被害は時として深刻なものとなり得ること,一度損なわれた名誉の回復は容易ではなく,インターネット上での反論によって十分にその回復が図られる保証があるわけでもないことなどを考慮するとインターネットの個人利用者による表現行為の場合においても,他の場合と同様に,行為者が摘示した事実を真実であると誤信したことについて,確実な資料,根拠に照らして相当の理由があると認められるときに限り,名誉毀損罪は成立しないものと解するのが相当であって,より緩やかな要件で同罪の成立を否定すべきものとは解されない

として,インターネットの個人利用者による表現行為についても,通常の名誉毀損罪の成否判断と同様の基準で行うべきとした。


また,原審で認定した事実関係のもとにおいては,Xが摘示した事実を真実であると誤信したことについて,相当の理由があるとはいえない,として,名誉毀損罪の成立を認めた原審の判断を維持した。

若干のコメント

名誉毀損罪は,表現の自由に基づく正当な言論の保障との緊張関係が生ずることがある。そのため,名誉毀損した場合であっても,(1)事実の公共性,(2)目的の公益性,(3)真実性の証明があれば,名誉毀損罪は成立しないとされている(刑法230条の2第1項)。


さらに,本判決で引用する最大判平44.6.25によれば,真実性の証明に失敗しても,真実であると誤信したことについて,相当の理由があるときには,名誉毀損罪は成立しないとされている。そこで,名誉毀損罪の成否が争われる場合においては,真実性の立証だけでなく,「真実だと誤信したことに相当の理由があるか」といったことがしばしば争点となる。


従来型のマスコミと異なり,一般市民は,情報収集能力も劣るから,「真実だと誤信したことに相当の理由がある」ということのハードルを下げてもよいのではないか,という議論があり,本件被告人もその点を主張したが,裁判所は,インターネットだからといって特別扱いするものではないということを明らかにした。