IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

コンサルティング契約と開発契約の不履行 東京地判平22.9.21判タ1349-136

コンサルティング契約及び開発契約の債務不履行が争われた事案。

事案の概要

ユーザ(学習塾)Yは,もともと大塚商会に基幹業務システムの発注をしていたが,問題があったことから解除し,基幹業務システムの開発をベンダXに委託することとし,3領域(勘定系,教室管理,成績管理)を開発するためのコンサルティング契約と,成績管理については開発契約とを締結した(教室管理については別のベンダZに発注した。)。


ここでいうコンサルティング契約とは,業務分析,要件定義,開発管理の各業務を含む内容となっており,合計が5250万円とされた。Yはコンサルティング契約の代金として2625万円を支払った。


成績管理の開発契約における報酬は,8450万円とされていたが,合計で約4700万円が支払われた。しかし,YはXが納入した納入物の検収を拒絶し,コンサルティング契約,開発契約を解除した。


Xは,システムは完成しているなどとして,残代金など合計約1億1000万円の支払を求めたところ,Yは,反訴として,既払金の返還その他の損害を合わせて約1億2000万円の支払を求めた。

ここで取り上げる争点

(1)Xにおいてコンサルティング契約及び開発契約の債務不履行はあるか

Yは,Xが開発した成績管理システムだけでなく,別のベンダZが開発した教室管理システムについても,問題があるとしていた。そこで,Zが開発したシステムが完成しなかったことについて,コンサルティング契約に基づいて要件定義,開発管理を担当していたXの債務不履行となるかどうかという点が争点となっている。


(2)債務不履行が認められる場合のYの損害はいくらか

裁判所の判断

争点(1)について

裁判所は,コンサルティング契約におけるXの債務の内容として,旧システムからの置き換えの経緯などを認定した上で,

本件新システムの構築に当たっては,本件旧システムの機能を基本的に踏襲することが,業務分析,要件定義及び開発管理の3フェーズから成る本件コンサルティング契約を通してのXの債務の内容となり,Xは,本件旧システムの機能の変更又は削除をする場合にはYの同意を得る必要があった

とした。


そして,実際にZによって開発された教室管理システムにおいて,必要な機能が開発されていなかったことなどを認定し,

本件教室管理システムは,Yの業務フローそのものに関わる重要な事項について本件旧システムの機能を踏襲しておらず,Xが,そのことについてYの同意又は承認を得ていたものと認めることはできないから,Xが本件コンサルティング契約における債務の本旨に従った履行をしたものと認めることは困難である。

とされた。つまり,現行システムの機能を移行するという合意があったのだから,ユーザの同意なくしてダウングレードした場合には,ベンダの債務不履行となる,という判断をしている。そこで,Yによる解除は有効とした上で,既払いの報酬返還を認めた。


また,Xが開発した成績管理システムにおいても,ダウングレードが発生していることから,システムの完成を否定し,同じく既払い報酬の返還を認めた。



争点(2)について

Yは,既払い金の返還だけでなく,納入されたシステムの問題点を改修する費用も損害に含まれると主張したが,裁判所は次のように述べて,損害を否定した。

本件コンサルティング契約の解除により,Xは,仕事の完成義務を免れ,YはXのした仕事でYの所有又は占有するものがあれば,これを返還しなければならないのであるから,仕事の完成義務を前提とする改修費用は,Xが賠償する責任を負うべき損害に当たらないことは明らかである(Xがその賠償責任を負うとなると,Yは,何らの対価を支払うことなく,専らXの負担により本件コンサルティング契約の目的を達することとなり,これが相当でないことは明らかである。)。

若干のコメント

コンサルティング契約」という名称の契約の場合,通常は準委任契約であると考えられ,一応の履行があれば,既払い金の全額を返還するような事態は発生しない,と考えられがちです。


しかし,本件においては,裁判所は,コンサルティング契約の法的性質について,

本件コンサルティング契約の法的性質については,その契約書上も,請負契約に当たると解されるシステム構築及び準委任契約に当たると解されるコンサルテーションの両方の業務が含まれていることが認められることから,準委任契約であるとしても,業務分析や要件定義は一般的にシステム構築に係る請負契約の一部分であるとされる場合が多いと解され,開発管理についても管理の対象はYとZの間の請負契約であることからすると,請負契約の要素を含むものというべきである。

と,意外とも思える判断をしています。通常は,要件定義作業は,準委任契約として行われると考えられますし,請負契約の管理(どちらかというと「監理」に近いか)であっても,管理業務自体は準委任契約だと考えられるからです(仕事の完成が観念しにくい。)。ただ,一般論として,管理なり,コンサルティング業務が請負契約と判断されるかというとそうでもなく,おそらく,本件個別の事情があったものと思われます。


「要件定義は準委任だから」「コンサルティングは準委任だから」ということで,時期さえ経過してしまえば,必ず報酬がもらえ,しかも,返還する義務は生じない,という考え方もあるようですが,本件事案に照らすと,そうしたドグマ的な考え方は少々危険です。逆にユーザ側も,委託した業務の内容に照らし,契約の性質を意識し,それを書面に反映させるよう,留意したいものです。