IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

見積提示額と請求額の関係 東京地判平15.3.6平13ワ26648

本件は建築工事に関する事件で,ITとは関係ないが見積書のみで,注文書がなかった場合の取扱いについて参考になると思われる事案。

事案の概要

配管業Xは,工事業者Yから,継続的に設備工事を受注しており,工事完了後15日締めで翌月20日払いという運用が続いていた。


Xは,ある工事について,Yに対し,約8000万円の請求をしたが,Yはそのうち,約7200万円のみ支払った。そこで,XはYに対し,請負代金約800万円の支払を求めた。

ここで取り上げる争点

XYの約定金額はいくらか。

裁判所の判断

まず,代金額について次のように述べた。

本件工事について約定代金額を示す契約書や発注書は一切作成されておらず,工事の発注前に原則として原告から被告に対して見積額が提示されている点については争いがないところ,このような状況下で工事が発注された場合には特段の事情がない限り見積額をもって代金額とする旨の合意が成立したと解する

Yは,見積はあくまで概算であり,工事後にYが査定した金額が約定金額になると主張したが,(a)見積時点と工事内容があまり変更されていないこと,(b)Xの業務は一括下請けだったこと,(c)Yによる査定に統一的な基準がないことなどから,

事前に見積額が提示されている場合にはその金額をもって代金額とする旨の合意があったと認められ,緊急の案件について事前の提示がされなかった場合には原告の見積に基づく請求額をもって代金額とするのが相当である

とされた。

若干のコメント

当ブログでは,何度か,契約の成否が争点になった事案を取り上げたが,本件も,請負代金という契約の要素の合意が問題になったという意味では類似する。システム開発の事案においても,ベンダが見積書や金額入りの提案書のみを提出して,その後,注文書,契約書が作成されないまま,納品,請求段階になってもめるということがたまに見られる。そのような場合,ベンダは,見積書や提案書の金額を請求できるかが問題となる。


本件は,注文書がなくとも,見積書の金額が常に請求できると判断したわけではない。法的には,見積書の提示は,「契約の申込」または「契約の申込の誘引」に過ぎないのであるから,これに対応する「承諾」がなければ金額の合意があったとはいえない。本件の場合,上記の(a)-(c)のような事情があって,見積提示額を代金とする合意があったと判断された。逆にいえば,そのような事情がなければ,見積提示額がそのまま請求できるとは限らないだろう。


むしろ,システム開発の場合,非定型的な業務が多く,見積当時の請負範囲と,完成した範囲とが異なることが多いため,見積額がそのまま請求額と判断される可能性は高くないのではないか。