IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

営業秘密の不正使用等 知財高判平23.9.27(平22ネ10039号)

ITの事例ではないのだが,営業秘密に関し,原審と控訴審とで結論が大きく変わった興味深い判例

事案の概要

原告である出光興産Xの有するポリカーボネート(PC)製造プラントに関する設計情報が流出し,転々流通した結果,最終的には中国企業の藍星に渡った。このPC製造プラント技術は,世界でもダウケミカルなど,8グループしか保有していない技術だった。


Xは,流出経路の間にあった,Y1社,Y2社と,その代表者らを被告として,技術図面等の使用差止と,廃棄及び損害賠償(約3億円)の支払を求めた。

一審の判断

一審(東京地判平22.3.30(平19ワ4916号))では,

  • 争点1:原告の技術図面等は,不正競争防止法の営業秘密に該当するか
  • 争点2:Y1,Y2らは,不正競争行為(同法2条1項8号)―不正に入手された行為を知りながら(または重大な過失により知らずに)営業秘密を使用開示する行為―を行ったか
  • 争点3:Xに生じた損害はいくらか

といったことが争点となった。


その結果,争点1については特に問題なく認めた。争点2については,Xから元従業員を介して情報を受け取ったY1については,不正競争行為を認めたものの,そこからさらに流通して受領したY2については,「不正開示行為の介在を知っていたものとは認められず、また、重過失によりこれを知らなかったものと認めることもできない」として,認めなかった。また,不正開示行為があったとされる営業秘密の範囲についても,現実にXが入手できたY側の設計図面から特定される7枚の設計図に限定された。


さらに,争点3については,同法9条(損害の立証が極めて困難であるときにおいて,裁判所が相当な損害を認定することができるという規定。民訴法248条と同じ。)を適用して,1100万円を限度に認めた。


以上のとおり,不正競争行為の存在は認められたが,その人的,客観的範囲は限定され,損害賠償の額も少なかった。

控訴審の判断

争点は,原審と同じで,争点1(営業秘密該当性)については,控訴審でも同様に,認められた。


争点2(不正競争行為の存否・範囲)については,あらたに認定された事実などを踏まえて,思い切った判断がなされている。


まず,Y1らが不正開示させた情報の範囲については,証拠上明らかなのは7枚の設計図だったところ,

これらの図面の1枚ずつは、各工程の一部分であり、これと密接に関連する他の部分も入手されたと考えるのが自然であること、PC製造技術は、限定された企業グループしか保有しておらず、しかも、各社が独自に開発したものであって、特殊な技術であるから、(認定された7枚の図面)のみを入手して、他社の技術や被告らの有している一般的な知識と組み合わせて図面等を完成させることは考えられないこと、元従業員Dが少なくとも機器図4枚についてコピーをとり、Y1に交付していることなどからすると、Y1が、Dあるいはその他のXの従業員から、本件情報の全体を入手し、これをSに提供したと推認するのが相当である。

として,他の設計図面等との一体性を考慮し,Xが指定した図面すべてについて,不正開示があったことを認めた。


さらに,原審では,不正競争行為が認められなかったY2らについても,藍星に情報が渡るまでのチーム事情などを考慮し,不正競争行為を認めた。


最後に損害の額については,

本件において営業秘密を不正に開示させられたことによってXが被った損害額は、その反面において、本件情報が営業秘密から外れて第三者の自由に行使し得る状況に置かれたことを踏まえて算出されるべきであり、本件においては、技術提供の際に固定の金額として定められるライセンス料を基準に認めるのが相当である。

とした(原審では,この推論を認めていない。)。つまり,技術ライセンス料相当額に基づいて損害額を認定するとした(特に同法5条3項3号の推定規定は適用されていない。)。


その結果,原告の請求額を超える損害の発生を認定し,請求額の満額について支払を命じた。

若干のコメント

昨年,原審を題材として研修を行い,「営業秘密の漏洩があると,裁判を行うのは大変。立証の問題があり,なかなか損害賠償も認められにくい。」という趣旨の話をしたことがある。確かに,出光にとってみれば,プラント設計情報は中国企業に流れ,請求の一部は認められたものの,1000万円の損害賠償では,損失の補填には極めて不十分だっただろう。


ところが,知財高裁の判断は,営業秘密の保有者に対して有利なものだった。確かに,設計図面が全体として意味があるものであれば,一部についてしか相手方から入手できず,立証できなかったとしても,全体について流出があったとみるのが自然で,知財高裁の判断のほうが妥当だと考えられる。


最近,営業秘密該当性についても,争点となりやすかった「秘密管理性」が認められる事例も増えており,営業秘密の保護に力が入っている印象を受ける。


また,損害額の認定についても,過去のライセンス実績がありながら,「極めて困難」であるとして,エイヤで1000万円とした原審の認定は疑問であったことを考えると,やはり知財高裁の判断のほうが妥当だっただろう。


結果として,知財高裁の判断は,出光の全面勝訴ということになったが,やはり廃棄請求が認められたものの,現実に,廃棄を求められるのは中間者のYらのみであり,中国企業に対しては強制できないことからすれば,実効性は不十分と言わざるを得ない。月並みな言い方だけど,事前の防衛がもっとも重要になる。