IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

システム開発契約の合意解除と清算金 東京地判平21.11.24(平20ワ27690号)

システム開発業務を行わないことを理由に開発契約を解除したユーザが,請負代金の返還を求め,解除に至った経緯に照らして請求の一部を認めた事例。

事案の概要

テナント賃貸業Xは,ベンダYに対し,技術顧問基本契約(本件契約)を締結し,ホテル用売り上げ管理システムの開発を委託した。対価の支払いは,技術顧問という形態で行われ,毎月60万円とされていた。これに基づき,Xは,3か月分合計180万円を支払った。


本件契約の抜粋は以下のとおりである。

第1条(業務内容)
 Yは,専任担当者を選任し,技術顧問として,Xのプロジェクトに関し,情報技術(戦略情報システム関連技術(略)等)に関する支援を行う。
第2条(開発業務の委託)
 Xは,本件ホテル用インターネット対応売上管理システムの開発業務をYに委託することができ,Yはこれを引き受けるものとする。
 Yは,Xの作成した要求仕様書に基づき,その開発計画を検討・立案し,XY協議の上,方針を決定し,両者合意の上で,開発業務を実施するものとする。
 ただし,開発業務の実施は契約期間内を限度とし,実施にかかる費用は,技術顧問の対価に含まれるものとする。
第3条(技術顧問の対価)
 Xは,Yに対し,本件契約における技術顧問の対価として,契約締結時の月末に契約金として60万円,契約締結月の翌月より,契約終了まで,月額顧問料として60万円を毎月月末に支払うものとする。


ところが,Yが開発をしなかったことから,Xは,本件契約を解除ないしは合意解除したとして,既払い金180万円の返還を求めた。

ここで取り上げる争点

(1) 本件契約はソフトウェア開発請負契約か

(2) 約定解除ないし合意解除の成否

裁判所の判断

まず,解除に至る経緯として次のような事実を認定している。

  1. Xは,客の入退室をコンピュータがカウントして自動精算するシステム(アルメックスシステム)を希望し,他社に見積を依頼したところ1000万円から1500万円かかるとして断念した。
  2. Yは,Xの要望を聞き,高額なものを使わずともできると伝えた。
  3. そこで,XYは,本件契約を締結した。
  4. Yは,Xの希望するシステムを開発するには,少なくとも750万円はかかると伝えた。
  5. Xは,本件契約のもとでは希望するシステムは開発できないと判断し,契約を解除し,既払い金の返還を求めた。


そのうえで,争点(1)については,本件契約第2条の文言などを根拠に,

本件契約には,Yらが開発したナレッジノートを応用することにより,インターネット対応売上管理システムを構築することが1つの目的となっており,したがって,本件契約には,インターネット対応売上管理システムのソフト開発の請負契約が含まれていたというべきである。

とし,単なる技術顧問契約にすぎないとするYの主張を退けた。


続いて,争点(2)に関し,Yがアルメックスシステム類似のシステムを構築することが契約の内容となっていたかということについて,

  • Xがアルメックスシステムのようなものを作ってほしいと伝えたこと
  • Yは,別の方法を提案し,これなら安く作れるかもしれないと伝え,Xは明確にこれを否定していないこと
  • Xもアルメックスシステムと類似のシステムでなければならないと明確に指示したこともないこと

から,アルメックスシステム類似のシステムを構築することはYの債務の内容になっていないとした。


したがって,Yが,アルメックスシステム類似のシステムの開発に着手しなかったことが債務不履行にはあたらず,約定解除は認められないとした。


しかし,合意解除の成否として,

本件契約では,Xの目的は達成できないことは明らかであり,そのような契約を存続させることに意味はなく,また,他方,Yとしても本件契約によりXが求めているシステムを構築することができない以上,その報酬(顧問料)を受け取る実質的根拠を失っているのであるから,このような本件契約は,合意により解除するというのが合理的な当事者の意思に合致するというべきである。

と,合意解除は認めた。続いて,精算金の計算については,

  • 実質的な作業期間は2カ月半であり,その間のYの作業内容は聞き取り程度調査にすぎないこと
  • Xも本件契約締結の際に,どのようなシステムにするのか明確にしなかったなど解除に至った責任の一端があること
  • YもXの要望を容易に認識しえたのに,この意向を軽視して十分な説明をしなかったこと


を考慮し,Yが取得すべき報酬相当額は100万円であるとして,差額の80万円の返還を命じた。

若干のコメント

システム開発契約が,途中で合意解約された場合における清算金の算定を判断した事例は少ないと思われます。


請負契約の要素は,目的物(開発対象のシステム)と報酬の額ですが(民法632条),本件では,契約締結後に開発対象のシステムの費用積算をしていたり,報酬は,1か月あたり60万円で,総額が明らかではなく*1,目的物も報酬も確定していないところからすると,これをシステム開発の請負契約であるとした前提に疑問が残ります。

*1:いちおう,当初期間は5か月とされていたが,自動延長条項あり。