IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

要件定義の責任所在が元請と下請で争われた事例 東京地判平17.7.27(平16ワ9142号)

生産管理システム開発における元請け業者Xと,パッケージベンダYとの紛争事例。

事案の概要

ITコンサル業Xは,鉄工業Aから,生産管理システムの構築業務を請け負った。その前提として,Xは,Yの有するパッケージソフトをベースにカスタマイズすることを提案し,了解を得た。AからXに対しては2度の発注(合計4620万円)がなされた。


XはYに対し,コンサルティング業務(報酬1700万円)と,詳細設計以下の業務(報酬300万円)を委託した。


結局,要件定義すら終了しないままシステム開発は完了せず,AはXに対して契約を解除したことから,Xは,Yに対して,Yの債務不履行があるとして,損害賠償約7000万円を請求した。

争点

Yの債務不履行の有無

裁判所の判断

まず,要件定義を誰が行うべきであったか,という役割分担が争点となった。


Xは,Yが提出した文書に「パッケージコア部分の設計開発は弊社側で担当させていただきます」と書いてあったこと,及び要件定義と設計開発は一体的に行われるべきで,分けて行われることはない,ということを根拠として,Yが要件定義を行うべきであったと主張した。しかし,裁判所は,

(証拠)によれば、「設計開発」の担当が当然に「要件定義」からの一切の行程(ママ)を行うことにはならないことが認められる上、上記(証拠)は、そもそもYの提案に過ぎず、X主張のような合意があった場合、本件コンサル契約に明記されるのが通常であるが、そのような記載は存在せず、かえって、本件コンサル契約書によれば、Yのおこなうべき債務として、「要件定義コンサルテーション」とか、「要件定義支援」と明示されていることとも相容れないというべきである。


とした。つまり,契約書にYの役割として「要件定義支援」と書いてあることからも,要件定義を主体的に行うのはXであったと認定した。そして,Yがカスタマイズ仕様書を納入できなかったのは,Xが行うべき要件定義をしなかったからであるとして,この点についてのYの債務不履行は認められなかった。


結局,詳細設計以降の納品が実現されなかったことについても,

  • XからYに対して交付されるべき基本設計書が交付されなかった
  • XがAから追加のカスタマイズを受注した後も,すぐにYには依頼せず,3カ月経ってから追加分もYに依頼したいと申し出た

という点に加え,XYの作業分担について,

追加カスタマイズの一部についてYが行う業務の内容を定めるため、XとYとの間で、平成14年12月1日付で本件業務委託契約を締結した。そこでのYの業務範囲は、(略)「詳細設計からシステムテストまで」であり、(略)要件定義−基本設計−詳細設計−プログラミング−単体テストシステムテストというシステム開発の流れの中で、Yが本件業務委託契約の中で委託された対象機能項目は、詳細設計以後のフェーズの業務であった。追加カスタマイズ部分も含め、Aの新システムの要件定義、基本設計は、元請であるXが完成すべきものであったため、Yは、本件業務委託契約において、詳細設計以後のフェーズのみをその内容として明記した。

と,証拠上も明らかだとされた。


さらに追い打ちをかけるように,次のような事実も認定されている。

Xが追加カスタマイズを受注してから既に3か月程の期間が経ていたにもかかわらず、XとAの間では、新システム下における業務のフローさえはっきりさせられていなかった。業務フローは、ユーザーであるAが新システムの環境下で行う業務の実際の流れであり、それを新システムの要件として抽出整理することが「要件定義」になるものであって、その意味では、新システムが対応すべき、実務における新しい業務フローを決めることは、要件定義の前提となるものであった。

結局,このような状況を見て,危機感を感じたYは,新業務ルール案を提示するなどして,要件定義を側面から支援したが,カットオーバー予定の前月までシステム要件以前の処理ルールが決められなかったということが認定された。


当然,Yの債務不履行は認められることはなく,Xの請求はすべて棄却された。

若干のコメント

途中でどのような主張が繰り広げられたのか明らかではありませんが,結論だけ見ると,Yの圧勝でした。Yとしては,下請事業者として,提案書,契約書に,自社が負うべき責任範囲を明確にしていたことが,ポイントだったといえるでしょう*1


ユーザとベンダとの間でも,役割分担を契約上明示することは重要ですが,元請ベンダと下請ベンダの間でも,明示しておくことは重要だということを改めて感じさせた事件です。

*1:事実認定中,Yの創業者で本件プロジェクトのマネジャーだった者は,PWC出身であったことが記されている。