IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

ソフトウェアライセンス契約の解釈 東京地判平16.9.29(平14ワ23838号)

ソフトウェアAを組み込んで応用ソフトウェアBを開発するというソフトウェアAのライセンス契約の解釈が問題となった事例。

事案の概要

データベース検索処理のGUIソフトウェア(本件ソフトウェア)を開発したXは,Yとの間で,当該ソフトウェアライセンス契約を締結した。Yは,本件ソフトウェアを用いて応用ソフトウェアであるTimeCubeを開発し,販売することを予定していた。


XY間のライセンス契約には,ロイヤルティに関する条項として,次のような条項があった。

6条1項 「応用ソフトウェア製品」の使用権ロイヤルティをTimeCube使用権の対価の10%とする。

XはYに対し,上記ライセンス契約に基づく未払いのロイヤルティ支払いと,著作権侵害を理由とする損害賠償の合計約2億円の支払いを求めた。

ここで取り上げる争点

(1)前記6条1項にいう「TimeCube使用権の対価」とは,TimeCubeの定価を指すのか,実売価格を指すのか。

Xは,YがTimeCubeを割引して販売していたことから,定価に基づくロイヤルティの支払いを求めたが,Yは実売価格の10%であると主張していた。


(2)Yによる本件ソフトウェアの著作権侵害の有無。

Xは,TimeCubeのほかにも2種類のソフトウェアを販売し,それらに本件ソフトウェアが組み込まれていたから,別個のライセンス契約が必要であり,その契約無くして販売した行為が著作権侵害だと主張していた。

これは,ライセンス契約における「応用ソフトウェア製品」の解釈が問題となった。

裁判所の判断

争点(1)について。


裁判所は,次のように述べて,Xの主張のとおり,「TimeCube使用権の対価」とは,TimeCubeの定価を指す,とした。

  • 旧ライセンス契約では,販売した製品数に定額を乗じてロイヤルティを計算していたが,新契約の締結にあたり,製品価格に一定の料率を乗じてロイヤルティを算定することになったこと
  • 協議の過程で,YからXに対し,TimeCubeの定価表を交付していたこと
  • XからYにかつて請求する際,XはYによる実販売価格を知らなかったが,定価表に基づいて算出したロイヤルティを請求し,Yがこれを支払っていたこと
  • Yが割引販売をしたのちに,実売価格でのロイヤルティ算定を要請したが,Xはこれを拒絶し,結果としてYが定価表どおりに支払ったことがあること

Yは,Xが作成した議事録中に,「TimeCube販売契約金額の10%」との記載があったことを以て,Xの主張に反論したが,この点については,

上記協議においては、被告が示したTimeCube定価表を前提にロイヤルティの算定方法に関する協議が進められ、また、その過程でTimeCubeが上記定価表と異なる金額で販売されることを想定した協議が行われた形跡はないこと等の事実に照らすならば、当事者はTimeCubeが上記定価表に従って販売されることを前提にロイヤルティの算定方法に関する協議を進めたものと推認できる。そうすると、前記議事録に記載された「TimeCube販売契約金額」との文言は、上記定価表記載の価格を意味するものとして表記されたことも十分考えられる。

として,あくまでXは,定価という意味で「販売契約金額」と書いたのだ,と認定した。


さらに,後にYが報告した販売価格ベースでロイヤルティが算定された事実があったという点についても,

TimeCube定価表の価格によるロイヤルティの支払が期待できない状況の下において、原告が鐘淵化学及び清水建設について、被告の報告に係る金額に基づいてロイヤルティを算定し、これを請求したとしても、この事実が「TimeCube使用権の対価」についての前記認定判断を左右するとはいえない。

として,XY間の合意としては,定価だと認定した。


ただし,未払いロイヤルティとして認められたのは,105万円+税だった。


争点(2)について。

裁判所は,Xによる著作権侵害の主張をいずれも退けた。その理由は次のようなものによる(一部引用箇所仮名に変更)。

「ソフトP」及び「ソフトQ」は、いずれもTimeCubeとWaha!Transformerとをセットにして販売する製品であるが、原告著作物が組み込まれているTimeCubeについては、本件ライセンス契約の「応用ソフトウェア製品」として原告が販売の許諾を与えているのであるから、被告が「ソフトP」及び「ソフトQ」を販売する行為は、本件著作権の侵害とはならない。

この点について、原告は、ソフトP,QはTimeCubeと価格体系が異なるから、使用権ライセンスの観点からはTimeCubeと別個の独立した製品といえ、したがって、ソフトP,Qの販売にはTimeCubeとは別に本件ソフトウェアの使用許諾を要すると主張する。
しかし、ソフトP,Qに含まれるTimeCubeと単体で販売されるTimeCubeとは同一のプログラムであり、TimeCubeについて販売の許諾を得ている以上、販売する価格が異なるとしても許諾の効力がなくなる理由はないから、ソフトP,Qの販売について別途本件ソフトウェアの使用許諾を要するものとはいえない。
このように解しても、前示のとおり、原告は、ソフトP,Qに含まれるTimeCubeついて、TimeCube定価表の価格によりロイヤルティを請求できるのであるから、価格体系が異なることによる不利益はなく、不合理とはいえない。

若干のコメント

ソフトウェアライセンスに限らず,ロイヤルティを算定する基礎となる数値(多くは販売価格)に何がどこまで含まれるのかというのは後に問題にならないよう,契約上で明確に決めておく必要があります。


英文のライセンス契約などでは,Net Sales Priceの何%をロイヤルティとする,ということが定められ,そのNet Sales Priceの定義に,何の価格から何が控除されるのかということが,事細かに記載されていることがあります。


もっとも,Xが本訴で主張していたように,Yがいくらで販売しようがXの関知するところではないし,Yとしても,どの顧客にいくらで販売したかということをXに報告しなければならないということを考えると,実販売価格の何%,とする場合でも本件のように定価ベースとするか,そもそも固定金額とするほうがよいように思います。


さらには,「レベニューシェアしましょう」という交渉の言葉をそのとおりに契約に落とそうとして,「利益額の何%」という内容の契約書作成を依頼されることがありますが,あまりお勧めしていません。何を費用として組み込むのかがわかりにくく,さらに受領する側(ライセンサ)に対して,コスト情報を報告しなければならないからです。


さらに,ライセンサにしても,報告の正確性を確認するために監査等を行う必要が出てきます。もちろん,完全な固定金額(1カ月○万円など)の場合は別として,ライセンス契約では,監査条項などを設けることが必要になりますが,現実に第三者に監査を委託すると費用も発生しますし*1,販売個数であれば外部から情報が得られることもあるので,できるだけシンプルにしておくに越したことはないでしょう。

*1:一般には不正が見つかった場合を除いて,監査費用はライセンサ負担となる