商法512条に基づいて,当初の開発対象が拡大したことによる追加開発費用請求を認めた事例。
事案の概要
ベンダXは,通信販売業のYから販売管理システム等の開発を一括請負 6500万円(税別)で受託し,開発が開始した。しかし,開発当初から,開発範囲に相違があることが判明した。順次,開発導入されたシステムに対し,YからXに対し,多項目にわたる修正・改善要求が出された。Xは,これらの修正・改善要求に対応し,追加費用として3150万円(税込)を請求する旨の見積書を提出したが,Yは,これを支払わなかったため,訴訟を提起した。
ここで取り上げる争点
Yに追加費用の支払い義務があるか
裁判所の判断
やや大胆な一般論を展開している。
本件のようなシステム開発作業においては、作業を進める中で当初想定していない問題が明らかになったり、より良いシステムを求めて仕様が変更されたりするのが普通であり、これらに対応するために追加の費用が発生することはいわば常識であって、追加費用が発生しないソフトウェア開発など希有であるといって過言ではないところ、本件開発契約がそのような希有なものであったことを推認させるような事情は全くない。
つまり,追加費用が発生するのは常識だということを言いきっている。
ただし,見積書を提示したというだけは,3150万円の追加支払の合意が成立していないとしつつ,
しかしながら、追加費用額について確定的な合意がないからとって、追加費用の支払義務がないとはいえない。
前記のとおり、本件のようなソフトウェア開発作業においては、当初の契約の際に想定されていない追加作業が発生するのがむしろ通常であるから、追加作業の発生が明らかになった時点で、注文者が請負人に対して、当該追加作業の費用を負担する意思がないこと又は一定の限度額を明示してそれ以上の費用を負担する意思がないことを明らかにしないまま、当該追加作業を行うことに承諾を与えた場合には、当事者間に追加費用の額についての明確な合意が成立していない場合であっても、注文者は当該追加作業についての相当の報酬を支払う義務を負うと解するのが相当である(【商法512条】。)。
商法512条により,明確な合意が成立していなくとも「相当報酬支払義務」が生ずるとしたうえで,
本件では、前記のとおり、平成11年12月3日の段階で、少なくとも、本件開発契約におけるY側の現場担当者であるBやDは、このままXないしAとの間で本件システムの開発作業を進めれば、当初の見積書(甲4)に記載された以上の費用を要することを認識していたことが明らかであるにもかかわらず、BもDも、本件開発契約の続行自体については一切疑問や懸念を述べることなく作業を継続している。
などの事情から支払義務があるとした。
Yは,Xの調査・検討が不十分で,開発範囲を誤認したに過ぎない,と主張したが,
しかしながら、本件のようなソフトウェアの開発は、注文者側の技術担当者と請負人側の技術担当者の極めて密接な相互作業によって初めて成り立つものであるところ、その出発点として、どのような内容のソフトウェアの開発を望むかという問題はひとえに注文者側の意向により決せられる問題であって、これを請負人側の技術担当者に提示し、説明する責任は、もっぱら注文者側の技術担当者にあるし、これに対応して請負人側が提出してきた提案(仕様)内容が自己の要求を充足しているか否かを検討し、確認する責任も、そもそも注文者側にはそのような能力がないことが前提となっているというような特殊な事情がない限りは、もっぱら注文者側の担当技術者にあるというべきである。
と,他の判例でも示されているように,要件の説明と確認の責任はユーザ側にあるとして,Yの主張を切り捨てた。
そして,「相当」な額としては,Xが提出した工数・単価について「この金額をもって相当の報酬額と認めることには一応の合理性があり」として,Xの請求満額を認めた。
若干のコメント
一般的には,ベンダが,追加要望,仕様変更があったとして,明確な合意なくして追加報酬の請求が認められることは少なく,商法512条を持ち出したり,契約締結上の過失などを介する必要がある上,「相当額」の立証も困難であることから,ハードルは高いです。
参考:(東京地判平7.6.12*1,東京地判平21.11.24*2ほか)
本件では,
追加の費用が発生することはいわば常識であって、追加費用が発生しないソフトウェア開発など希有である
と言い切っており,追加報酬を請求するベンダからみれば心強い判断だといえます。もっとも,「当初の範囲」と「追加された範囲」の区別をする責任はベンダにあると考えられるため,単に「大変だった」「工数オーバーした」というだけでは追加請求ができるわけではないでしょう。
当エントリのメイン部分では取り上げませんでしたが,Yは反訴請求として,契約未履行ないしは,契約の目的を達成できない瑕疵の主張がなされました。この点につき,裁判所は,
Yは、稼働確認書を差し入れた以後も不具合が発生していること(略)を理由に検収は終了していないと主張するが、コンピューターソフトウェアの開発作業の性質を理解しない主張といわざるを得ない。
コンピューターソフトウェアは、その性質上、一定期間の安定稼働後に初めて遭遇する一定の条件下において、突然に不具合が発生したり潜在的な不具合が明らかになることが一定の割合で発生するのであって、そのこと自体は避けられない。一般に、そのような問題が発生した場合には、開発した請負人が調査し、過大な費用を要しない限りは無償で改修する場合もあるが、これらはいわゆるアフターサービスであって、開発請負契約基づく債務そのものは、開発作業の商取引上の終了を確認する「検収」によって履行完了となる。
この2つを混同してしまうと、コンピューターソフトウェア開発における請負人の責任は無限に広がり、商行為として成り立たなくなる。
と,確かに本番稼働させておきながら検収は終わっていない,といったYの主張にも無茶があるものの,かなりX側に配慮した判示を行っています。
当判決は10年近く前のものではあるが,現在でも,システム開発のユーザからの主張には,バグがあるから完成していない,引渡しは完了していない,などのものが多いです。