IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

インターネットサービスにおけるシステムの不備により顧客の損害を拡大させたことの責任 東京地判平20.7.16(平19ワ22625号)

FX取引業者の提供するシステムに不備があったことにより顧客の損害が拡大したとして,責任が認められた事例。

事案の概要

主婦であるXが,FX事業者Yとの間で取引をしていたところ,Xに生じた評価損益が一定額に達すると,反対売買を執行して決済する(ロスカット手続と呼ばれる)ことが求められていたにもかかわらず,これをYが行わなかったために損害が生じたとして約1000万円の損害賠償を求めた。


Yは手続をとろうとしていたものの,本来取るべきであったタイミングから47分間,Yのコンピュータシステムがトラブルにより起動しないという障害が生じていた。なお,取引約款には,コンピュータシステム、ソフトウェア等の故障、誤作動等により生じた損害については、免責される旨の規定があった。

ここで取り上げる争点

争点は多岐にわたるが,ここでは,上記ロスカット手続が行われなかった原因のシステムの不備部分について限定する。

裁判所の判断

まず,説明書や取引要綱の文言等から,Yがロスカット手続に着手する義務があると認めた。


また,その手続にあたってシステムの障害により遅延したことを認めたうえで,次のように述べている。

上記のコンピュータシステムの不具合は、同システムの通信回線の使用量がその容量を上回ったこと、そのためサーバーに負担がかかったことを原因とするものであり、前記(1)で説示した同システムの内容、顧客の注文に必要とされる通信量、被告との間で外国為替証拠金取引を行っていた顧客及び取引口座の数、被告は、本件ロスカット時の前後の時期に複数回にわたり、同システムの能力不足に起因して、顧客との取引に障害を起こしていたこと、被告が、本件ロスカット時の後、上記障害への対策として、通信回線及びデータベースサーバーについて大規模な増強をしたことにかんがみれば、被告が本件ロスカット時において用意していたコンピュータシステムは、その取引環境に照らして、不十分なものであったといわざるを得ない。

すなわち、被告は、本件ロスカット時において、不十分なコンピュータシステムしか用意しておらず、そのシステムの不具合により、平成19年7月27日午前2時28分から午前3時15分までの間、原告のロスカット手続についてカバー取引の注文を出せなかったのであるから、この点について本件取引における義務に違反したものであって、これにより原告が受けた損害について、不法行為又は債務不履行の責任を負うというべきである。


なお,Yは,未曽有の取引量に達したのが原因であってシステムが不十分であったことが原因ではないと反論したが,ロスカット手続について,

顧客の損失の拡大を防止し顧客を保護するいわば安全弁としての機能を有するものであることからすれば、外国為替証拠金取引業者である被告は、真に予測不可能なものを除いて、同取引において起こり得る様々な事態に十分対応できるよう、ロスカット手続のためのシステムを用意しておかければならない

として,取引量の増加がYにとって「真に予測不可能な事態であったとまで認めることはできない」として退けた。


そして,免責規定の適用に関しては,消費者契約法8条1項1号,3号を引用し,免責規定について,

(免責条項は)コンピュータシステム、通信機器等の障害により顧客に生じた損害のうち、真に予測不可能な障害や被告の影響力の及ぶ範囲の外で発生した障害といった被告に帰責性の認められない事態によって顧客に生じた損害について、被告が損害賠償の責任を負わない旨を規定したものと解するほかはなく、本件約款4条(5)は、被告とヘッジ先とのカバー取引が被告の責に帰すべき事由により成立しない場合にまで、原告と被告との売買が成立しないことについて被告を免責する規定であるとは解し得ない。

とし,本件においての適用は認めなかった。

若干のコメント

インターネットを介してBtoCサービスを提供する事業者について参考になる事例です。多くのサービスにおいて,コンピュータネットワーク,システム等の不具合によって生じる損害からは免責される旨の規定が置かれていると思いますが,これは例えば取引集中による障害においても,あくまで適切なサイジングがなされていることが前提で,適切な構成がなされていない状態で不具合が生じた場合においては,免責条項の解釈上,免責対象には含まれないといえるでしょう。


なお,これは消費者契約法8条を適用して免責条項を完全に無効としたというものではなく,その趣旨に照らして限定解釈したものだと考えられます。したがって,想定外の障害(いわゆる不可抗力に相当するもの)については免責されるものとしてはなお有効であると考えられます。


問題はどこまで不可抗力といえるかですが,たとえば,A事業者が,自社のサービス提供のためにホスティング事業者であるB社を使っていたところ,平成24年6月に生じたファーストサーバ事故のようにB社の問題でサービスが止まってしまった場合などは,ホスティング事業者であるB社を履行補助者としてとらえれば,その責任を負担しなければならないようにも思われます(履行補助者が有責であることが前提)。他方,ホスティング事業者が,電力会社などのようにひとつの社会的インフラであるとすれば,その業者選定が合理的な選択であれば,やはり不可抗力のようにも思えます。