久しぶりの労働関係判例ということで,年俸制において合意のないまま年俸を減額したことの可否について(労働法百選【第8版】36事件)。
事案の概要
官公庁向けのシステム開発を業とするYは,40歳以上の社員を対象に,年俸制を導入していた。平成14年以降は,給与額が凍結されており,平成17年には経営悪化のため,年俸の減額をすることを従業員に通知した。
合意しなかった一部の従業員について,新年度からの給与を,Yが提示した年俸を基準にして減額して支払った(例えば,原告X1については,1200万円から752万円に減額されている。)。
X1らは,前年度の年俸との差額の支払いを求めて提訴した。一審(東京地判平18.10.6)では,Xらの訴えを認容したため,Yが控訴した。
争点
年俸制における賃金減額の有効性
裁判所の判断
年俸制における年俸額が合意しなかった場合について,次のように述べた。
Yにおける年俸制のように,期間の定めのない雇用契約における年俸制において,使用者と労働者との間で,新年度の賃金額についての合意が成立しない場合は,年俸額決定のための成果・業績評価基準,年俸額決定手続,減額の限界の有無,不服申立手続等が制度化されて就業規則等に明示され,かつ,その内容が公正な場合に限り,使用者に評価決定権があるというべきである。上記要件が満たされていない場合は,労働基準法15条,89条の趣旨に照らし,特別の事情が認められない限り,使用者に一方的な評価決定権はないと解するのが相当である。
そして,Yにおいては,
Yの就業規則及び給与規則には,年俸制に関する規定は全くない上,Yは,原審においては,「年俸交渉において合意未了の場合に,未妥結の労働者に対して年俸を支給する場合の支給時期,支給方法,支給金額の算定基準等について,第1審被告には明確に定めた規則が存在しない。」と主張し(略),第1審被告において,年俸額の算定基準を定めた規定が存在しないことを認めていた
として,「使用者の評価決定権」がある場合には当たらないとした。
年俸額についての合意が成立しない場合に,Yが年俸額の決定権を有するということはできない。そうすると,本件においては,年俸について,使用者と労働者との間で合意が成立しなかった場合,使用者に一方的な年俸額決定権はなく,前年度の年俸額をもって,次年度の年俸額とせざるを得ない
として,原審と同じく,不足額の支給を認めた。
若干のコメント
プロ野球選手のように,毎年契約更改されて年俸が決定するものと異なり,通常の企業における年俸制は,期限の定めのない労働契約において,給与の額を1年単位で決めるというものであるにすぎません。
年俸制を導入する企業の多くは,年単位で,人事評価を行い,その結果と社内ルールに基づいて次年度の年俸の額を決定するという手続が行われています。面談なども行われますが,最終的には企業が年俸決定権を(事実上)有することになっていることが多いですが,仮にそこで合意ができなかった場合の取扱いが問題となりました。
本件では,年俸制は,事実上導入されていただけで,就業規則(給与規程)において,具体的な定めがあったわけではありません。そのような状況の下では,企業側が一方的に決定できるものではないということが示されました。
本件高裁判決が述べているように,常に,労働者が「No」といえば,前年の年俸が維持されるというわけではなく,きちんと制度,手続を定めておけば企業が決定権を有するということになるため,年俸制を導入する企業としては,「成果・評価基準の整備」「年俸決定手続」「減額の有無・範囲」等を決めておく必要があるでしょう。