IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

システムの完成 東京地判平23.8.26(平20ワ35765)

人材紹介業向けのシステムに関し,システムの「完成」が争われた事例。

事案の概要

職業紹介,労働者派遣等を行うYと,システム開発業者Xとの間で,平成18年3月1日,人材紹介事業システムの構築に関する基本契約を締結し,導入業務を約3800万円でXに委託した(そのうちハードウェア部分は1550万円)。


平成18年7月10日にカットオーバーしようとしたところ,さまざまな不具合が生じ,Yは,部分的には旧システムを使用することとなった。Yはハードウェア代金を支払ったが,ソフトウェア部分については支払わなかったため,XからYに対し,約2700万円の支払いを請求し,Yからは履行不能を理由とする損害賠償約2200万円の支払いを求めた。

ここで取り上げる争点

(1)システム開発業務は履行不能となったか(システムは完成しているか)
(2)Xの債務不履行の有無

裁判所の判断

(1)について

本件システムの開発工程は,スケジュール表に基づいて「要件定義」,「基本設計」,「製造・結合テスト」,「総合テスト」,「データ移行」から成るとし,カットオーバー直前にはXYで協力して「データ移行」を行っており,通常業務として本件システムを稼働させようとしていたことから,「データ移行」の工程も終了していたことが認められた。


もっとも,カットオーバー当日には,

数時間の間にエラーが発生し,夕方にシステムダウンに至り,その後,少なくとも同年8月14日時点においても,障害が発生し得る状況にあったもので,同年7月10日ころにおいて,安定的に稼働していたとはいうことはできない。

としつつも,

システムの安定性は,機能の有無とは異なる要件(非機能要件)であるとともに相対的な概念であるから,Xに対して本件システムの安定性の確保を法的に義務付けるためには,本件システムの稼働率(障害発生の頻度,発生時間の上限等)等について具体的な数値をもってXY間で合意することを要するのが本来というべきである。
そして,本件基本契約においても,Xは,本件システムが被告において一定の目的を達成することを保証するものではないとされるとともに,システム開発に関しては仕様書との不適合以外の事柄に対しては責任を負担しないことが示されている(22条2項,23条,38条)。
ところがXY間に,本件システムの安定性についての特段の合意があった様子はなく,これらからすると,本件システムの不安定性を理由として,Xにおいて,債務の本旨にかなった履行をしていないと主張し得る余地は,仮にあるとしても小さいものといわざるを得ない。

と述べて,仕様書に適合していれば,Xには「安定稼働」させるまでの義務は負っていないとした。そして,データ移行まで終えていたこと等から,本件システムが平成18年7月10日時点で完成していると認定した。


また,Yから書面による異議を申し出た事実もないことから,検収が完了したことも認められている(検収自動合格条項の援用)。


(2)について

Yは,Xが本件システムを継続的かつ安定的に稼働させる債務を負っており,これが履行不能になったと主張していた。この点について裁判所は,

しかし,本件システムにつき,障害の発生を予防し,安定的に運用できるようにすることは,本来,保守・運用の業務に当たると解され,これらは本件基本契約において,別途契約すべきことが定められている(第3条3項)。また,上記2(2)イのとおり,本件システムの安定性について特段の合意があった様子がなく,Yにおいて,本件システムの不安定性を理由として,債務不履行を主張し得る余地は小さいといわざるを得ず,仮にそのような主張の余地を認めるにしても,システムの安定性を要件とする場合としない場合がある中で,要件としない場合のシステム開発(しかもユーザーの目的の達成が保証されないことが明示的に定められている場合)において,どの程度の安定性があれば債務不履行となるのかは容易に確定し難く,上記2ア程度の状況をもって,債務不履行といえるのかも直ちに判断し難い。

などと,システム安定性についての合意もなく,認定された不具合・障害からは,債務不履行であるとの認定まではできないとした。


その結果,Xの請求はすべて認定し,Yの反訴請求は棄却された。

若干のコメント

これも数多い「システムの完成」が争点となった事例です。いくつかの裁判例では,システムの完成は,「最後の工程を終えているか否かで判断」すると述べているのですが,本件事例では特段の基準を示すことなく,最終工程である「データ移行」が完了して,システムカットオーバーをさせようとしていたという事情から完成を認定しました。また,契約書における「検収みなし合格」条項も援用しています。


現実に,不具合が生じて,カットオーバー後もしばらくは安定稼働しなかったという事案において,結局,何とかしながら使える状態が維持されていれば,サービスレベルについて特段の合意をしていない限り完成を否定することは困難だといえるでしょう。