IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

追加開発代金支払合意の成否 東京地判平23.6.3(平21ワ41312)

ベンダがユーザに対して,追加業務分の代金支払合意があったとして残額の支払いを求めたが,合意の成立は認められないとした事例。

事案の概要

自動車関連業者Yは,A社から815万円で受託したCRMシステムの開発業務を,開発ベンダXに対し,平成20年9月1日,710万円(税別)で再委託した。Xは,10月に追加業務が発生するとして代金の増額を求めた。12月にはXからYに納品され,Yは710万円を支払ったが,それ以外は支払わなかった。


Xは,約2200万円余りの作業が発生し,支払の合意も成立しているとして,残額の約1500万円の支払いを求めた。


Yは,追加支払合意を否認するとともに,システムは完成していないこと,あるいは瑕疵があったとして瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求権で相殺するとの主張もしていた。

ここで取り上げる争点

追加作業分の支払合意は成立していたか。

裁判所の判断

開発作業の経緯として次のような事実を認定した。

  • XとYとの間で,9月1日に710万円で開発する旨の合意が成立した。
  • Xは,Yに対し,9月12日に基本仕様書を提出した。
  • Xは,Yに対し,10月22日に追加費用負担として2500万円程度負担してほしい旨,申し入れたが,Yはこれに納得せず,説明資料の提出を求めた。
  • Yの担当者は,10月23日に,Xから提出された資料を検討した結果,Xが追加の作業だと主張する作業は,9月12日提出の基本仕様書に含まれるものであって,追加費用の負担は必要ないと判断し,Xに対し,増額に応じられないと回答した。
  • 10月27日に開催された定例会議では,増額の協議は行われず,議事録にもそのような記載はなかった。

また,Xの主張に対して裁判所は,

本件契約は,Yの要請によって,Xの見積額730万円よりも減額した710万円で成立していること,Yは,A社から,本件開発業務を請負代金815万7984円で請け負っていたこと,Xが支払を求めた増額代金額2662万4294円は,本件契約の請負代金710万円の3倍を超える額であったこと,Xは,増額請求の内容として,追加業務ではなく,本件見積書の範囲内の業務に対する費用についても1378万4801円への増額を求めていたことからすれば,Yが,Xから本件資料の送付を受けただけで,増額幅の圧縮等の交渉もすることなく,Xが要望する大幅な増額に応じたというのは,経緯として不自然すぎる。Yが追加費用の支払に応じるためには,A社と協議してA社とYとの間の請負代金の増額を認めて貰う必要があったと考えられるところ,Yが本件資料の提出を受けた10月23日から本件合意が成立したとされる同月27日までの間に,YがA社と交渉したことを窺わせる証拠はなく,また,そのような短期間の交渉でA社が大幅な増額を認めるとも考え難い。

さらに,Xの増額要請は,本件見積書では対象となっていない追加業務が発生していることを理由とするものであったが,本件資料において見積の範囲外とされている業務も,Xが9月12日に作成した基本仕様書に記載されているものもあり,追加業務である旨のXの説明をYが受け入れたとは考え難く,また,先に指摘したように,Xは追加業務による増額のみではなく,本件見積書の範囲内の業務についても増額を求めていたのであって,増額要求の根拠に合理性があったとも認められない

と,(もともと無理筋な主張に思えたが)追加費用負担の合意について完全に否定した。

若干のコメント

この種の追加費用の負担を求める紛争は珍しくありませんが,本件は「もともとの領域」と「増えた領域」の区別が明瞭でないことから,追加費用支払の合意が認められる余地がありませんでした。


仮に明確な合意が存在しなかったとしても,当初の見積あるいは契約内に,開発対象が明記されていて,それに含まれないことが明らかな作業(追加作業)が発生し,追加作業を行うこと及び当初契約にそれが含まれていないことを発注者が認識しながら双方が作業を進めたという事情があれば,商法512条(報酬請求権)を根拠にし,また黙示の合意成立を根拠にして追加費用の支払いを求める余地はあります。


そのような観点からすると,契約締結時点に開発対象を明確にしておくことは,ベンダにとって追加請求の可否を左右するという意味で極めて重要な意味を持ってくることになります。また,ユーザにとっても,そういった紛争を回避するために,RFP等で開発対象を明示的に提示するべきでしょう。