IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

作業量が著しく増大したことによる出来高請求 東京地判平23.4.27(平20ワ17155号)

ソフトウェア開発の作業量が著しく増大したことについて,増額合意はないものの,開発作業の中止は債務不履行には当たらず,下請に出来高代金の清算義務を認めた事例。

事案の概要

(X,Yはいずれもソフトウェア開発業)
Yは,平成17年10月頃から,A(ユーザ)に対し,医療材料の物品管理システムの再開発を提案しており,順次要件定義を実施した。平成19年6月,Yは,Aから開発業務を,約4300万円で受託した。さらに,Yは,下請業者としてXを起用することとし,同月,XYの間で,約3300万円で開発する契約が締結された。XY間の契約には,中途解約,解除に関し,次のような条項があった。

Yは,Yの都合で書面をもってXに通知することによりいつでも本契約を解約することができる。ただし,この場合,Yは,Xが既に実施した作業に現実に要した費用をXに支払うものとし,また,Xは,解約時点までに完成した又は仕掛中の納入物全部をYに引き渡すものとする。

X又はYが,本契約に基づく債務を履行せず,あるいは本契約に違反し,相手方が相当の期間を定めて催告したにもかかわらず,なお当該不履行あるいは違反が是正されない場合は,相手方は,何らの通知・催告を要せず,ただちに本契約の全部又は一部を解除することができる。

ところが,本件システムの開発中の平成19年9月に機能数の見直しを行ったところ,大幅に機能が増大することとなった。平成20年1月には,XからYに対し,追加代金を約1.6億円とする見積書を提示するなどしたが,合意に至らず,意見対立が生じ,同年3月には作業が中止され,同年4月に,Yから債務不履行による解除通知が発せられた。


そこで,Xは,主位的に,増額の合意および解約の際の出来高支払請求権として5億6700万円を請求し,Yは,開発作業の履行拒絶が債務不履行にあたるとして,約1億5100万円の損害賠償を請求した。

ここで取り上げる争点

(1)XYの間で機能追加分に対する増額合意は成立していたか


(2)開発を中止したことは,Yによる解約なのか,Xの債務不履行による解除か

Xが,解約時の出来高払い条項に基づいて請求したのに対し,Yは,Xの債務不履行解除だから,出来高払いの請求権は生じないとしていた。そこで,開発中止の原因が問題となっている。

裁判所の判断

争点(1)(増額合意の成否)について


まず,増加した機能数に応じた増額の合意があったかどうか,という点については,結局,やり取りはあったものの,互いに条件を拒絶していたことから,合意の成立は認めなかった。

XとYの間では,プロセス2に装備すべき機能についての打合せを通じて,平成20年1月31日提出の見積書の前提となった開発予定機能数を296機能とすることについての合意があったことは認められるものの,Yが,X主張のような代金の増額を了承したことを推認させるに足りる事情は認められず,XとYの間で,X主張のような代金の増額の合意があったと認めることはできない。

さらに補足すると,追加の額が膨大であり,到底合意があったとは推認できないとしている。

なるほど,開発すべき機能数の増加は,開発に要する工数の増加を伴うものであって,それが費用の増加を招くことは容易に予測することができる。しかしながら,本件下請契約に係る契約書には,開発対象の機能数の増加に伴い,代金が当然に増額される旨の定めはなく,また,A,Y及びXの間でプロセス2に装備すべき機能の増加が確認された平成19年10月5日の前後を通じて,Yが代金の増額に対し一貫して消極的な姿勢を示していたことは上記イのとおりである。さらに,Xの主張によれば,プロセス2に装備すべき機能の増加後の開発に対する代金額は5億6700万円を超える金額であって,これは,本件下請契約において合意された代金額3305万円の約17倍に相当する多額なものであって,それにもかかわらず,XとYとの間で金額についての交渉が行われた形跡がないことを考慮すれば,Yが機能数の増加について合意したことが,直ちに,Yがこのような大幅な代金の増額についてまで了承したことを推認させるものではない。したがって,Xの上記主張は採用できない。


争点(2)(開発中止の原因)について

裁判所は,当初の元請け契約では,新規機能としては46機能のみを開発することを想定していたのであって,平成20年1月31日には296機能まで増大したことを認定した。また,Xが投下した工数に関連して,次のように認定している。

 上記のような機能数の増加に伴い,平成20年5月に開発作業が中止されるまでに原告が実施した開発作業の工数(略)は,278.7人月に上っている。これに対し,本件下請契約の締結時点においては,(略)原告は,プロセス2の開発に係る予定作業工数を,(略)43.5人月,1人月当たりの単価を70万円と見込み,本件下請契約に基づく開発作業費用分の代金を3045万円程度と見積もっていたものと認められる。そうすると,原告が平成20年5月までに実施した開発作業の工数の実績値は,本件下請契約締結時の見積りの約6.4倍に相当する作業量であり,1人月当たりの単価を70万円とした場合,代金額にして1億9509万円に上るものである。

 以上のように,本件下請契約に基づくプロセス2の開発作業が進むにつれて,機能数が増加するなど開発内容が変動し,これにより開発に要する作業量が著しく増大したことによって,平成20年1月31日の時点で予定された開発作業は,本件下請契約が締結された時点で原告と被告が前提としていた開発作業とは,その内容において著しく異なることとなり,これに伴って,必要作業量も著しく増大したものであって,本件下請契約は,同日においては,その前提が契約締結当初とは根本的に異なるものとなってしまったということができる。これに照らせば,Xの主席技師がYの従業員に対し,○からプロジェクトを全面的にストップする指示を受けた旨の連絡をした平成20年4月1日の時点においては,Xが,本件下請契約に基づき,本件下請契約に定められた代金額のみの支払を受けることを前提として,同年1月31日時点で予定されていた内容のプロセス2の開発作業を継続し,完成する義務を負っていたと解することはできない。
 
したがって,原告が,プロセス2の開発作業を中止したことは,本件下請契約についての債務不履行を構成しないというべきである。

つまり,作業量が著しく増大したことによって,前提が根本的に異なったのであるから,当初代金のみを前提として完成させる義務を負っていなかったから,中止したとしても債務不履行ではない,とした。


したがって,Yからの解除通知は,債務不履行解除ではなく,下請契約の定めにある(出来高分の清算義務がある)解約の意思表示だとした。


その結果,Xがこれまで費やした工数約140人月×70万円(単価)と,Xの外注工費である約8200万円の合計約1億8000万円の清算義務を認めた(逸失利益については認めていない。)。

若干のコメント

当初の開発規模よりも増大したことに伴うトラブルは多いですが,なかなか簡単には増額の合意を認められることはありません。本件では,当初の機能数の5倍程度まで拡大したことから,「作業量が著しく増大」「前提が根本的に異なった」として,出来高清算義務を認めました。


ベンダとしては,見積を提示する際には,開発対象,機能数,工数などで,金額積算の前提を明示すべきであるといえます。他方,発注者(ユーザ)としては,請負契約であるため,工数ベースでの請求は認めるわけにはいかないですし,機能数は便宜的・技術的にどうにでも変更できることから,あくまで客観的に定まるスコープをベースとして金額の合意をしておくべきでしょう。