IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

システムの完成 東京地判平22.12.27(平19ワ26002)

システムの完成を認めず,ユーザからの原状回復請求を認めた事例

事案の概要

自動車運送業Xが,車載器の製造販売業Yに対し,平成17年1月,「Gセンサ付車両安全運転・運行管理システム」(本件システム)の開発を合計2400万円(税込。車載器の代金も含まれる。)で委託し,同年中に,Xは,3回に分けて代金全額を支払った。


しかし,Xは履行期である同年3月末日までに本件システムが完成しなかったとして,契約を解除し,既払い金返還を求めた(予備的に瑕疵担保責任に基づく解除の主張もあり。)。


なお,システム開発の対象として,給与管理システムが含まれるか否かが争われた。

ここで取り上げる争点

本件システムは完成したか

裁判所の判断

まず,完成の判断基準として,古くから建築請負で用いられている基準を持ち出している。

仕事が契約どおりにされていないという場合に,仕事は完成されたものの,瑕疵があるに過ぎないのか,仕事そのものが未完成なのかが問題となるが,仕事の「完成」(民法632条)は,請負工事が予定された最後の工程まで一応終了した場合をいうものと解するのが相当である(東京高裁昭和36年12月20日判決,東京地裁平成3年6月14日判決等参照)。


そして,「最後の工程」については,

これを本件についてみると,本件請負契約の請負代金の明細では「本部標準ソフトのカスタマイズ」の請負代金として800万円が含まれているから,本件システムで使用するソフトに関しては,カスタマイズされたソフトをインストールするということが予定された最後の工程となる。

と認定した。最後の工程実施については,

まず,Yがカスタマイズされたソフトをインストールしたことを直接に示す検収書,受領書等はなく,「カスタマイズされたソフト」の全体像を示すもの(例えば,Yにおける控えの類)も存在しない。

この点,Yは,Xが請負代金を支払ったのはXにおいて本件システムの試運転の結果を確認したからであり,これは本件システムが完成していたことの証左であると主張する。
しかしながら,請負代金を支払ったという事実が仕事の完成という事実を当然に推認させるわけではなく,前記のとおり,検収書,受領書等がないことのほかに,XがYの資金繰りによって作業が遅延することがないように慮って請負代金の一部を支払った旨を主張していることに照らし,Yの主張を直ちに採用することはできない。

(中略)

Yが平成17年10月4日になってXに交付したという工程表の(5)の記載(「随時」)は,カスタマイズ作業が同年4月13日の時点では終了していなかった事実を推認させる。

と,否定した。その結果,Xの支払済み代金額全額について,返還を認めた。

若干のコメント

本件も,多くの事件で用いられる基準「完成は,最後の工程を終えているかで判断する」を用いています。とはいえ,最後の工程が,「カスタマイズされたソフトをインストール」することだとされているので,結局,「カスタマイズの範囲・内容」が問題になり,上流工程におけるユーザ・ベンダ間の合意内容によって決着がつくことになります。


本件では,どこまでカスタマイズをするのかということが問題になりましたが,Yからの提案書の内容が第1版と第2版とで変更されており,それに伴って見積金額も上昇したことなどから,その差分である給与管理もカスタマイズ対象であることが認定されました。


このように,契約書等から,直接に開発対象が明らかでない場合でも,契約締結前のやり取りによって,開発対象が認定されることがあります。提案書記載事項が合意内容に含まれるか否かは,契約締結の際には十分留意したものです。