IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

データ移行の完了が問題となった事例 東京地判平24.3.14(平20ワ14121号)

旧システムからのデータ移行が完了していないとして請負契約の債務不履行が認められた事例。

事案の概要

建築確認検査機関であるYは,建築確認業務に使用するシステムの開発をベンダXに委託することとし,平成19年7月30日に,同年12月を納期,報酬額を1680万円とする契約(本件契約)を締結した。その後,作業追加などがあり,報酬額を3045万円に変更する合意がなされた。その後,Yからは順次合計1365万円が支払われた。


Xは平成20年2月8日にソフトウェアを交付した。その後Xがデータ移行作業を行った結果,Yの旧システムに不具合が生じ,Yは同年3月28日に本件契約を解除する旨の通知をした。


Xは,本件契約の作業は完了している,あるいは,Yによる解除は理由がないものであるとして,報酬残額の1680万円の支払いを求めたのに対し(本訴),YからはXの債務不履行があったとして,既払いの1365万円の返還を求めた(反訴)。


なお,データ移行作業に関し,少なくとも平成15年以前のデータは移行作業が完了していなかった。

ここで取り上げる争点

Xによる債務の履行は完了したか

裁判所の判断

Xは,平成15年以前のデータを完全に移行することは債務の内容に含まれていないと主張したが,この点に関し,

旧システムのデータベースに蓄積されたデータの一部が本件システムへ移行しない場合,データベースとしての有用性が限定的なものになることは明らかである。また,その場合,Yは,旧システムを並行して運用したり,書類として保存されているデータを参照したりするなどの対応を余儀なくされるところ,このことが,納期が遅れたとしても,本件システムを旧システムと同等に使用できるようにすることを求めるYの要望や,本件システム導入後も現行業務(旧システムを使用した業務)を変更することのないようにするという本件作業の目的(本件要件定義書)に反することも明らかである。

これらの事情に加え,
(1)Yは,指定確認検査機関であり,建築確認検査業務に関する書類(略)を15年間保存する義務を負うこと(建築基準法77条の29,建築基準法に基づく指定資格検定機関等に関する省令29条),
(2)Yの担当者は,平成19年12月21日開催の打合せにおいて,Xの担当者に対し,上記の説明をし,のみならず,平成15年のデータのみで1000件以上存在することから,手入力の方法によりデータ移行作業を実施することは現実的でない旨の説明もしていること,
(3)本件要件定義書には,移行作業の対象外のデータとして,法改正に伴い新設された項目,Yの業務において管理する必要のない項目,データ移行作業時,旧システムの仮保存機能を用いて保管された項目,本件システムで管理していない項目が記載されているものの,平成15年以前のデータについては何らの記載もないこと,
(4)本件請負契約の基となる本件見積書にも,本件変更合意の基となる本件追加見積書にも,平成15年以前のデータを移行作業の対象から除外する旨の記載はないこと(略),
(5)X代表者は,本件変更合意の際,Y代表者に対し,手入力の方法によりデータ移行作業を実施する旨の提案もしたが,Y代表者は,手入力の方法によることはできない,過去のデータが全て必要であり,その全部について移行作業をするべきであるなどと回答し,X代表者も,必要な情報の提供を受けたと誤解していたとはいえ,「確かに,はい」などと述べて,これを了解していること
に照らすと,Xの担当者が,ICBAから旧システムのデータベース構造に係る情報の開示がない場合,データ移行作業の実施は困難になる旨を繰り返し説明していることなどを考慮しても,本件作業の内容に平成15年以前のデータの移行作業は含まれていない,あるいは,これが後に除外されたとは認められず,Xの上記主張を採用することはできない。

そのほか,平成20年3月28日時点において,データ移行が完了していなかったことのほか,

[1]移行作業に伴い旧システムのデータが一部消失したり,増加したりする,
[2]データの検索(抽出)に旧システムを使用する場合の約60倍の時間を要する,
[3]本件システムによる完了検査報告書及び検査済証の出力事項に欠落が存在する,
[4]登録済みのデータの編集,更新ができない,
[5]台帳の出力をすることができない
などの本件システムの運用に直接影響する不具合が多数存在し,平成20年4月1日からその運用を開始し得る状況ではなかったことが認められる。

として,債務の履行は完了していないとして,Yによる債務不履行解除は有効だとした。


その結果,Xの本訴請求は全部棄却,Yによる反訴請求はすべて認められた。

若干のコメント

Xによるソフトウェアの完成については特に争われていません。システムはデータが整って初めて実際の使用に耐えうるものですが,旧システムからのデータ移行については,軽視されがちで,トラブルになることも多いです。


一般に,システム開発は,ベンダ・ユーザの共同作業だとされますが,どちらかというとベンダ主導の側面が強い(だからこそ,裁判所はベンダのプロジェクトマネジメント義務を重く見ています。)のですが,データ移行については,旧システムを開発したベンダが違う場合には,ユーザ側が積極的に調査,協力しなければならないという性質を有します。


また,データ移行部分は,請負契約で行われるのか,準委任契約で行われるのかというのもプロジェクトによって異なります。請負契約とした場合,仕事の目的物を明確にする必要があります。完全に旧システムのデータを移行することを目的とする場合(データのクレンジングなども含む。)や,移行プログラムの開発をすることに限る場合などもあります。これらを曖昧にしたままプロジェクトを進めると(そもそも作業項目から移行が漏れていることもしばしばあります。),ソフトウェア部分は完成しているのにトラブルになるということになりかねません。


本件は,残代金の回収を試みたXが完全に敗訴しただけでなく,反訴提起されて全面に認容されるなど,完全に返り討ちに遭ってしまいました。