IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

3DCGデータ制作委託契約の法的性質 東京地判平20.12.25(平18ワ24821)

パチスロ液晶画面表示用のアニメーションデータ加工開発委託代金に関する紛争。

事案の概要

アニメーション企画制作等を行うXは,パチスロ機器の開発・製造業Yから,「機動戦士ガンダム」の劇場版アニメーション映画の一部の映像コンテンツを3DCG化して,パチスロに搭載するという企画の3DCG加工部分についての委託を受けた。事実経過は,次のとおり。

  • H18.5.23 開発業務に関する基本契約締結
  • H18.5.23 個別契約(1)締結(シーンデータ250カット制作。対価5100万円)
  • H18.5.末 個別契約(2)締結(同100カット制作。対価2000万円)
  • H18.5.31 着手金として1530万円支払(その他は支払われていない)
  • H18.7.27までにXからYへ349カット提出
  • H18.8.29 Yが提供物に対してそれぞれ7段階で査定をし,評価額を算定
  • H18.9.28 YからXに対し債務不履行を理由とする解除


そこで,Xは,Yに対し,主位的には,未払いの5570万円と,商法512条に基づく対価の合計約7700万円の支払いを求めるとともに,予備的には(Xによる納入が,契約上の引渡しにあたらないとされた場合),著作権等に基づきXがYに納品したシーンデータの複製,翻案等の差止めと廃棄を求めた(予備的請求については,割愛する。)。

ここで取り上げる争点

争点(1)契約の性質

XY間の契約は,仕事完成義務を負担する民法上の請負契約といえるか。


争点(2)本件仕様の内容及び提供物の仕様の適合性

Xから納入した本件シーンデータ(提供物)は,XY間で定められた仕様に合致しているか。


争点(3)本件追加作業の内容

YはXに対して,追加作業を委託したか。(追加報酬が発生するか)


争点(4)Yの抗弁

Yは,一部解除,相殺の抗弁などを主張していた。

裁判所の判断

対象となった業務の内容が興味深い。判決文にこれだけガンダムの登場人物やモビルスーツの名前が出てくるものはないのではないか。

本件シーンデータの制作は,本件元映像のリアルタイム3DCG化(より正確には,簡略された3次元画像となるいわゆる「2.5D」の技術を用いたもの)であり,本件元画像をトレースして,人物(アムロ,カイ,ハヤト,セイラ,ブライト,フラウ,ミライ,リュウ,マチルダ,レビル,シャア,ガルマ,ランバ・ラル,ハモン,ミハル等),モビルスーツガンダムガンキャノン,ザク,グフ,ドム,ズゴック等)やメカなどの立体的なモデリングデータを適切な位置に配置し,動きを与え,光の向きに合った影を付け,また,背景を加えることによって行われる。

そして,元の情報が2次元映像であるだけに,これを3次元データで表現することは容易ではないことが前提とされている。


争点(1)について,裁判所はXY間の契約の基本的性質を抽象的に論ずることに意味はないとしつつも「請負的な性格を有する」とした。

本件基本契約は,その前文(略)にあるとおり,YがXに対して一定の業務を委託(準委任)するものであるものの,本件各契約の目的がいわゆるパチスロに使われる映像の制作(本件業務)であることからすると,基本的には,YがXに発注してXがこれを請けた「請負」の業務の範疇にあるものとして理解されるべきである。

もっとも,その具体的な内容については,本件個別契約(1)及び(3)による合意を含め,詳細に取り決められており,本件基本契約の条項を概観すると,9条(検査)において,Yの実施する検査に「合格」しない限り,Xにおいてさらなる納入の義務を負い,対象業務が完了しない規定が置かれている。この規定は,本件業務の委託者(発注者)であるY自身の行う検査がXの債務の履行の有無を決めるものであることから,本件業務のいわば到達点について,その検査に先行して,Yの明確な指示のもとに,XとYの間で共通の認識ができていることを前提としたものと解することができる。

(中略)

本件各契約の基本的な性質については,それ自体を抽象的に論ずることにあまり意味はないものの,請負的な性格を有する業務の委託契約であって,しかもその完成に至るまでに,Xの作業や修正作業などに対するYの的確な指示(ディレクション)が必要であり,このようなXとYのいわば共同の作業によって契約の履行が完遂されるものと理解できる。

争点(2)について,結局,仕様の内容が問題となったが,この点について次のように判断した。

Xの上記主張は,(略)「仕様」に従っている限り,Xとしての責を果たしたことになるとの理解によるものと思われる。しかしながら,本件基本契約9条の検査を前提としてみれば,本件シーンデータごとのYによる具体的な指示(ディレクション)がされることの反面として,Xにおいて,それに応じた水準の作業や修正作業がされることが求められるものというべきである。

他方,Yは,上記キ)に関して,さらに,本件元映像に「そっくりそのまま」似ていると言わしめるような相当高い水準が要求されて,これがXとYの間の了解事項である旨主張する。

しかしながら,本件元映像自体,2Dの手書きを基本とした画像であって,3DCGで制作される画像と対比して,正確さに欠ける画像を含むものであることは否めないところであるから,正確にトレースし,場合によってモデルを変形させることなどが求められるとしても,それが「そっくりそのまま」似ているといえるかどうかは,程度の問題というべきであり,このような基準が「本件仕様」として合意されていたとまで認めることはできない。

そうすると,本件業務における完成度を計るための「仕様」を表現するとすれば,Yの具体的な指示を前提として,Xにおいて,本件元映像にできる限り似せることである,としかいいようのないものである。

そして,「できる限り似せる」ことが実現できていたかどうか,という点については,各シーンについて個別に判断するしかないと述べたうえで,Yの行ったランク1から7の7段階の査定に依拠しつつ,出来高は,合計で4857万円とし,既払い金1530万円を差し引いた未払い金は3327万円だとした。


争点(3)について,裁判所は,次のように述べて追加作業の合意成立を否定した。

本件追加作業は,現に本件各契約が成立している当事者間において,本件業務を遂行するに際し,これに伴って行われた作業であり,このような作業が本件各契約とは別個の合意によって,その対価が根拠付けられるとすることは,当事者の基本的な意思解釈としても,通常,考え難いところである。


争点(4)については,解除通知が出されたことから,未履行部分については,解除されたことを認めた。しかし,第三者に対する発注費用や社内費用については,Xの帰責事由または因果関係を否定して,相殺の抗弁を退けている。


その結果,未払いの対価として3327万円(+遅延損害金)を認容した。

若干のコメント

システムの完成は,仕様を満たすかどうか,という観点から評価されますが,それでも完成の判断は難しいところです。本件のように,CGのデータを作成するという委託業務については,イラスト制作やウェブデザインなどと同様に,「発注者がOKといったら終わり」という側面があるため,完成したかどうかという判断が困難でした。


本件では,裁判所もそのあたりの事情を汲んで,「元映像にできる限り似せる」という基準で判断することとし,Yによる査定のランク付けをベースにして,割合的な報酬請求を認めました。


なお,債権法改正との関係では,中間試案において請負契約について明示的に「既にした仕事の成果が可分であり,かつ,その給付を受けることについて注文者が利益を有するとき」には,「請負人は,既にした仕事の報酬」を請求できるとされています(第40の1(1)。建築請負契約においては,そのような割合的報酬請求は裁判上も認められていたところですが,これを民法上に明記する流れとなっています。