IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

商512条に基づく相当対価を調停委員会の判断に基づいて算定した例 東京地判平19.11.8(平15ワ16971号)

代金額の合意が認められないが,商512条に基づく報酬請求権として,その相当対価を調停委員会の判断に基づいて行った例。

事案の概要

共同馬主クラブの運営を企画したYは,平成14年3月頃,ソフトウェア開発業のXに対して,海外の競走馬の共同馬主クラブを運営するために必要なシステムの開発を委託した。その後,YはXに対して,約1200万円を支払った。


Xは,これに基づいて一部の会員サイトを開発して運営したが,Yは,Xのサイトの運営等に不満を持ったことから,委託先を変更することとし,そのサイトは閉鎖された。そこで,Xは,Yに対し,
(1) ビジネスモデル特許の出願,
(2) 各種事前調査,
(3) パンフレットの作成,
(4) コンピュータシステムの制作,
(5) ドコモ社との間の鄯モード情報サービス提供者契約の締結交渉に関する業務
の委託を受け,これを履行した主張として,XとYの間で約定された代金(予備的に,商法512条に基づく報酬)から既払金を差し引いた残額1183万4336円の支払いを求めた。

ここで取り上げる争点

上記(1)から(5)の委託の有無及び報酬の額

裁判所の判断

月額157万5000円の支払合意があったことは認めつつ,XY間の合意の成立について次のように判示した。

XとYは,平成14年4月ころ,XがYのために○○○の管理を含めた種々の業務を行うものとし,Yがその対価として月157万5000円をXに支払うと合意したこと,その後,Xが同年5月分〜10月分の上記金銭の支払を請求し,Yがその支払をしたこと,Xが,同期間中,Yのために,上記ウェブサイトの管理のほか,鄯モード契約の締結交渉,特許出願,本件システムに関するパンフレットの作成等の業務を行い,また,オーストラリア出張等に同行したこと,Xは,パンフレットの作成やコンピュータシステムの制作についてはYに見積書や請求書を交付し,月157万5000円の支払とは別に支払を請求したことが明らかである。

そうすると,同年10月までにXが行った業務については,XがYに見積書や請求書を交付したものを除き,上記157万5000円とは別に対価を請求することが予定されていなかったと解するのが相当である。また,見積書や請求書が交付された業務に関しても,その金額はXが一方的に算定したものにとどまるから,Yが直ちに全額の支払義務を負うと認めることはできない。他方,同年11月以降にXが行った業務については,個別の業務ごとに支払義務の有無及び金額を検討すべきものと解するのが相当である。

見積書を送っただけでは金額の合意を示さないとしている。

そして,個別の業務について,(1)特許出願,(2)各種事前調査,(5)iモード契約締結交渉については,月額157万5000円に含まれているとし,(3)パンフレット作成,(4)コンピュータシステム制作については含まれていないとした。なお,(3)パンフレット作成は,別途126万円が支払われているので,追加請求はできず,(4)についてのみ,商512条に基づく別途の報酬が請求できるとした。


その報酬額については次のように述べている。

Yは,同年10月7日ころ,Xから金額を1100万円(同)とする見積書を示され,Xが本件システムに関するコンピュータシステムの開発作業を行うことを認識しながら,同年11月初旬まで,その作業を継続させたというのである。そうすると,Xは,商人(株式会社)として,その営業の範囲内でYのために行為をしたとみることができるから,Yに対し,商法512条に基づき,相当な報酬を請求し得ると解すべきである。そして,その金額については,本件の調停委員会が344万円と判断し,これと異なる認定をすべき証拠が見当たらないことに照らすと,同金額に消費税相当額を加えた361万2000円の限度で認めるべきものと解される。

その他の部分についてはほんの一部のみ認め,全体で371万円の限度でXの請求を認容した。

若干のコメント

月額固定の報酬とは別の追加報酬の合意の成立は認められなかったものの,商512条

商人がその営業の範囲内において他人のために行為をしたときは、相当な報酬を請求することができる

という規定に基づいて一定の報酬請求が認められた事案です。明確な注文書,契約書がない場合におけるベンダ救済のためによく用いられる規定です。


この種の紛争では,訴訟を提起した後に,調停部に回されますことがよくあります(付調停といいます。)。そこで調停委員(裁判官,弁護士,専門家の3名で構成されるのが基本です。)が争点整理とともに調停案まで作成し,結果的に調停不成立となっても,調停委員の意見が裁判体に戻っても尊重されることを示した一例と言えるでしょう。