IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

省エネ行動シートの発明性 知財高判平24.12.5(平24行ケ10134号)

「省エネ行動シート」とする発明の特許性が問題となった事案。

事案の概要

Xは,「省エネ行動シート」とする発明を平成22年3月31日に出願した(特願2010-82481。原出願である特願2009-295281の分割出願)。拒絶査定を受けて,不服審判を請求し(不服2010-24151号),補正を行ったが,請求は成り立たないとの審決を受けたため,審決取消訴訟を提起した。


補正後のクレームは次のとおりである。

建物内の複数の場所名と,軸方向の長さでその各場所にて節約可能な単位時間当たりの電力量とを表した第一場所軸と,
時刻を目盛に入れた時間を表す第一時間軸と,
取るべき省エネ行動を第一場所軸と第一時間軸によって特定される一定領域に示すための第一省エネ行動配置領域と,
からなり,
第一省エネ行動配置領域に省エネ行動により節約可能な単位時間当たりの電力量を第一場所軸方向の長さ,省エネ行動の継続時間を第一時間軸の軸方向の長さとする第一省エネ行動識別領域をさらに有し,
該当する第一省エネ行動識別領域に示される省エネ行動と,その省エネ行動によって節約できる概略電力量(省エネ行動により節約可能な単位時間当たりの電力量と省エネ行動の継続時間との積算値である面積によって把握可能な電力量)を示す省エネ行動シート


要するにこの発明は,各省エネ行動によってどれくらい電力量を節約できるか把握することが困難で,どの省エネ行動を優先すべきかを把握することが困難であったという技術的課題を解決するために,下記の図のようなシートを作り,節約できる概略電力量を把握することによって,一見して省エネ行動をとるべき時間と場所とを把握することが可能になるとしている。

本件審決では,特許法29条1項柱書の「産業上利用することができる発明」にあたらないとしている(仮に当たるとしての進歩性なしとされている。)。

ここで取り上げる争点

発明該当性(29条1項柱書)

裁判所の判断

この種の発明でしばしば問題となるのは「発明該当性」である。この点について,裁判所はまず次のように一般論を述べる。

(1) 自然法則の利用について
特許法2条1項は,発明について,「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」をいうと規定するところ,人は,自由に行動し,自己決定することができる存在である以上,人の特定の精神活動,意思決定,行動態様等に有益かつ有用な効果が認められる場合があったとしても,人の特定の精神活動,意思決定や行動態様等自体は,直ちには自然法則の利用とはいえない。

したがって,ある課題解決を目的とした技術的思想の創作が,いかに,具体的であり有益かつ有用なものであったとしても,その課題解決に当たって,専ら,人間の精神的活動を介在させた原理や法則,社会科学上の原理や法則,人為的な取り決めや,数学上の公式等を利用したものであり,自然法則を利用した部分が全く含まれない場合には,そのような技術的思想の創作は,同項所定の「発明」には該当しない。


そして次のように述べて自然法則を利用したものではないとした(長文引用する)。

(2)本願発明の構成について
「省エネ行動シート」という図表のレイアウトについて,軸(「第一場所軸」と「第一時間軸」)と,これらの軸によって特定される領域(「第一省エネ行動配置領域」と「第一省エネ行動識別領域」)のそれぞれに名称を付し,意味付けすることによって特定するものであるから,各「軸」及び各「領域」の名称及び意味,という提示される情報の内容に特徴を有するものである。

そして,図表の各「軸」,及び軸によって特定される「領域」に,それぞれ「第一場所軸」,「第一時間軸」,「第一省エネ行動配置領域」及び「第一省エネ行動識別領域」という名称及び意味を付して提示すること自体は,直接的には自然法則を利用するものではなく,本願発明の「省エネ行動シート」を提示された人間が,領域の大きさを認識・把握し,その大きさの意味を理解することを可能とするものである。

また,本願発明の「省エネ行動シート」は,人間に提示するものであり,何らかの装置に読み取らせることなどを予定しているものではない。そして,人間に提示するための手段として,紙などの媒体に記録したり,ディスプレイ画面に表示したりする態様などについて,何らかの技術的な特定をするものではないから,一般的な図表を記録・表示することを超えた技術的特徴が存するとはいえない。

(3)本願発明の作用効果について
本件明細書の前記記載によれば,本願発明は,従来技術においては,各省エネ行動によってどれくらいの電力量又は電力量料金を節約できるのかを一見して把握することが難しく,どの省エネ行動を優先的に行うべきかを把握することが難しかったという課題を解決し,省エネ行動を取るべき時間と場所を一見して把握することが可能になり,かつ,各省エネ行動を取ることにより節約できる概略電力量を把握することが可能になるという効果を奏するものである。

本願発明の上記作用効果は,一方の軸と,他方の軸の両方向への広がり(面積)を有する「領域」を見た人間が,その領域の面積の大小に応じた大きさを認識し,把握することができること,さらに「軸」や「領域」に名称や意味が付与されていれば,その「領域」の意味を理解することができる,という心理学的な法則(認知のメカニズム)を利用するものである。このような心理学的な法則により,領域の大きさを認識・把握し,その大きさの意味を理解することは,専ら人間の精神活動に基づくものであって,自然法則を利用したものとはいえない。


つまり,このシートは,縦軸に省エネ効果を示す場所を表し,横軸に時間を示すことで,その面積が大きいと省エネ効果が大きいと判断させるものであって,その人間の精神活動によって作用効果が得られるもので自然法則を利用したものではないとした。


よって,進歩性については判断されることなく,棄却された。

若干のコメント

ソフトウェア関連発明では,特許法29条1項柱書要件(発明該当性)が問題となることがあります。(本ブログで取り上げた例として知財高判平20.2.29 があります。ほか,旅行業向け会計処理システムが自然法則を利用していると認めたものとして知財高判平21.5.25があります。)。人が考え出した取り決め,ルールなどは自然法則を利用していないとして拒絶されることがあります。本件は,ソフトウェア関連発明というわけではありませんが,そのカテゴリに分類されるものの一つだといえます。


最近では,ソフトウェア関連発明も多く登録されています。それは,特許庁の審査基準を意識して,システムあるいはその処理方法の発明として登録されています。

「ソフトウェアによる情報処理が、ハードウェア資源を用いて具体的に実現されている」場合、当該ソフトウェアは「自然法則を利用した技術的思想の創作」である。