IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

測量業務用ソフトウェアの著作物性 知財高判平24.1.31(平23ネ10041号等)

プログラムの創作性,職務著作性,侵害の有無など,プログラムの著作物を巡る基本的な論点の多くが現れた事例。

事案の概要

「おまかせ君プロVer.2.5」という名称の測量業務用のXソフトを製造し,これを使用して測量業務等を行っているXが,Yソフトを製造し,これを使用して測量業務等を行っているY社ら及びXの元従業員で,Y社の従業員であるY2に対し,YプログラムはXプログラムを複製又は翻案したものであり,Xの著作権(複製権又は翻案権)を侵害すると主張して,差止及び6000万円の損害賠償を求めた事案である。


原審(東京地判平23.5.26)が認定した限りでは,Xプログラムは,

  • 39個のソースコードファイルから構成され(実際に使われているのは35個),
  • 設計管理,移動指示,データ管理,測量及び座標計算(座標取得,測量計算,座標計算から構成される),共通処理,不使用の6種類から構成され
  • 35個のプログラムは合計で数千行を超えるソースコードからなる


原審は,Yプログラムの製造差止等及び約3200万円の損害賠償を認めたため,Yらが控訴した。Xは付帯控訴した。

ここで取り上げる争点

(1)Xプログラムの創作性
(2)Xプログラムは職務著作か
(3)YプログラムはXプログラムを複製又は翻案したものか
(4)Xの損害

裁判所の判断

原審判決が概ね維持されており,原審の判断が引用されているため,適宜原審判決文からも引用する。

■争点(1)について

数千行のプログラムを作成するには,多様な選択肢があり得るなどとして,創作性を認めた。少々長いが引用する。

原告プログラムは,測量業務を行うためのソフトウェアに係るプログラムであり,上記(1)で認定したとおり,プログラムの作成者において,測量業務に必要かつ便宜であると判断した機能を抽出・分類し,これらを40個近くのファイル形式で区分して集約し,相互に組み合わせたもので,膨大な量のソースコードから成り,そこに含まれる関数も多数に上るものであって,これにより,測量のための多様な機能を実現している。

また,原告プログラムは,個別のファイルに含まれる機能の中から,共通化できる部分を抽出・分類し,これをサブルーチン化して,共通処理のためのソースコード(原告ファイル33)を作成しており,この共通処理のファイルの中だけでも,60個以上のブロックが設けられ,1000行を超えるプログラムのソースコードが含まれている(甲28の37,甲55の33)。このように,原告プログラムは,これを全体としてみれば,そこに含まれる指令の組合せには多様な選択の幅があり得るはずであるにもかかわらず,上記のようなファイル形式に区分し,これらを相互に関連付けることによって作成されたものであり,プログラム作成者の個性が表れているといえる。

また,測量用のプログラムという機能を達成するためには,単純に,機能ごとに処理式を表現すれば足りるにもかかわらず,原告プログラムは,上記のとおり,共通化できる部分を選択し,これらを抽出して1つのファイルにまとめている。これらのサブルーチンを各ファイル中のどの処理ステップ部分から切り出してサブルーチン化するのか,その際に,引数として,どのような型の変数をいくつ用いるか,あるいは,いずれかのシステム変数で値を引き渡すのか,などの選択には,多様な選択肢があり得るはずであるから,この点にも,プログラム作成者の個性が表れているといえる。さらに,各ファイル内のブロック群で受け渡しされるどのデータをデータベースに構造化して格納するか,システム変数を用いて受け渡すのかという点にも,プログラム作成者の個性が表れているといえる。

これらの事実に鑑みると,原告プログラムは,全体として創作性を有するものということができ,プログラム著作物であると認められる。


■争点(2)Xプログラムは職務著作か

開発者Y2は,勤務時間外にXプログラムを開発した,製品のソースコードに個人であるY2の表示があったことなどを以って,職務著作該当性を争ったが,裁判所はこれを認めなかった。


■争点(3)YプログラムはXプログラムを複製又は翻案したものか

本件では,XYプログラムのソースコードを対比している。

上記35個のXファイルとそれに対応する上記36個のYファイルとを比較すると,甲55号証,56号証,68号証及び69号証中の黄色のマーカーが塗られた部分は,ソースコードの記載が全く同一である。また,上記各号証中の緑色のマーカーが塗られた部分は,会社名の置換え,変数名,フォーム名等に違いはあるものの,ソースコードの記述において,変数名,フォーム名等にどのような名称を付するかは,プログラムとして機能する上で,それほど意味を持たないものであることからすると,実質的には同一のソースコードであるといえる。

これらの黄色マーカー部分及び緑色マーカー部分は,上記Xファイル及びYファイルの大半を占めており,その割合は,全体の90%を下らない。

と,実質的同一性ないし類似性を認め,Y2がXを退職してごく短期間に開発したことから,複製又は翻案したものであると認めた。


Yからの反論についても次のように退けている。

プログラムのソースコードの記述は,電子計算機が必要な機能を呼び出すためのものであり,本件におけるXプログラム及びYプログラムのソースコードについては,その記述の順序が異なることは電子計算機によるプログラムの呼出し処理に影響を与えるものではない。また,ソースコード内のコメントは,プログラムの動作に影響を与えるものではない。そうすると,Yらの主張するような事情をプログラムのソースコードの実質的同一性の判断に当たって考慮すること自体は否定されないとしても,これを重視するべきではなく,本件のように両プログラムの記述内容の大部分が同一ないし実質的に同一であるというべき事案においては,両プログラムの同一性ないし実質的同一性を認めるのが相当である。

(中略)

また,Yらは,Xが,XプログラムのソースコードとYプログラムのソースコードに実質的な同一性があるなどと主張する部分は,そのほとんどが作成ソフト等による制約上,他の記載方法がない部分であり,複製又は翻案には該当しないと主張する。しかし,Yらの主張は,以下のとおり失当である。すなわち,YプログラムのソースコードとXプログラムのソースコードとを対比して,YプログラムがXプログラムと同一ないし実質的に同一である,又は表現の本質的な特徴を直接感得できる部分は,Yプログラムのソースコードを細分化した上で,作成ソフト等による制約上,記載方法の選択の余地のない部分のみに存在するのではなく,Yプログラムのソースコード中の,作成者において,記載方法における選択の余地があり,その個性を表現することが可能な部分においても存在するから,Yらの主張は理由がない。


■争点(4)Xの損害

著作権法114条2項を適用し,「限界利益」であるとしたうえで,Yの売上のうち,Yソフトを使用したことによる売上の割合を計算し,さらに変動経費率を30%とするなどして,Yソフトを使用したことによる利益を算定した。


原審よりも多くの損害が認定され,約3943万円の損害を認めた。

若干のコメント

本件では,プログラムの創作性,権利の帰属(職務著作の成否),侵害の有無(本質的特徴の感得)など,プログラムの著作物を巡る基本的な論点がほぼすべて出そろった事件でした。


近時の裁判例においても,プログラムの創作性を否定する事例も少なくないところ(知財高判平24.1.25東京地判平24.12.28東京地判平24.11.30など),本件では数千行に及ぶ複雑な処理を行うプログラムであることから,選択の幅も広いとして創作性を認めています。


また,この種の事案においては比較的珍しく,原告・被告双方のソースコードが提出されて対比が行われ,共通部分あるいは異なっていたとしても意味のない修正が行われたにすぎない部分が90%を超えるということが認められ,複製あるいは翻案が優に認められました。


一部を転用していた場合,それに手を加えていた場合において,どのレベルで侵害が成立するかどうかは個別の事情によりますが,ここまでやれば侵害,ということを示す一つの事例と言えるでしょう。