IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

Analyticsアカウント削除による損害 東京地判平25.3.13(平23ワ40794,平24ワ1775)

SEO業務等の履行,ウェブ解析ツールのアカウント削除が問題となった事例。

事案の概要

インターネットマーケティングコンサルティング業のXは,レンタル業Yとの間で平成22年5月及び8月に,業務提携契約,SEOサービス契約を締結し,それぞれサービスを提供した。


Xは,上記契約に報酬を請求したが,Yは料金を支払わなかった。


Xは,平成23年6月にYのウェブ解析ツール*1のアカウントを削除した。Yはアカウントを,Xとの取引以前から有していた。


XはYに対し,上記契約の報酬等の合計約88万円の支払いを求め,YはXに対し,反訴として,上記のアカウント削除による債務不履行又は不法行為にあたるなどとして,修正作業費用200万円,データ損失損害250万円の合計450万円の損害賠償請求をした(Yは相殺の主張もしている。)。

ここで取り上げる争点

主に反訴請求について取り上げる。

(1)Xによる債務不履行又は不法行為の成否

(2)アカウント削除による損害の額

裁判所の判断

まず,裁判所は,Xの約88万円の請求のうち,約52万円について認めた(詳細は割愛する。)。


争点(1)について


ウェブ解析ツールのアカウント削除行為がXの故意行為によって削除されたことは争いがなく認定されている。


しかし,そのアカウントは,Xの代表者(アカウント取得当時は他の企業の従業員だった)のIDを用いて取得され,Xの代表者がアカウント管理者として登録されていた(Xは,Xの行為によって積み上げたデータだから削除することも権限の範囲内であると主張していた。)。


裁判所はウェブ解析ツールの有用性について次のように述べた。

X代表者は,平成22年1月,Xを設立し,XとYは,平成22年5月17日及び同年8月23日に本件SEO契約を締結した。

本件SEOサービスの内容は,検索サイトにおいて表示順位が向上することを目指すことを内容とし,「△△」若しくは「○○」にて月間10日以上10位以内に上位表示された場合に成果報酬が発生する約定となっており,本件サイトへのアクセス状況等を解析するウェブ解析は本件SEOサービスの内容に含まれていない。しかし,Xは,本件SEO契約締結以降,Yに対して,サービスの一環として無料で,本件アカウント等を利用して本件サイトへのアクセス状況を分析したサイト分析レポート(以下「分析レポート」という。)を送付していた。

分析レポートには,各月の本件サイトへの訪問者数などの情報が記載されている。

本件アカウントを利用すれば,本件サイトへのアクセス情報をクロス集計したり,データのフィルタリングを行ったりして様々な情報を取得することができる。

本件削除行為により,本件ウェブサイトへのアクセス数,アクセスの経路,検索した際のキーワード,ページごとの閲覧数,閲覧者の動向に関する本件アカウントに蓄積されていた過去のデータを利用できなくなった。


そして,アカウント自体はXの代表者が個人名義で取得したものであるが,次のように述べて,無断で削除したことは不法行為に当たるとした。

本件アカウントは,本件SEO契約とは無関係に,X代表者の個人名義のIDで取得されたものであるが,すべての営業活動をウェブサイトで行っているYにとっては,本件サイトへのアクセス状況を解析するための有用なウェブ解析ツールであると認められ,Xが,Yの承諾を得ることなく,本件削除行為を行ったことは,違法のそしりを免れず,本件SEO契約の債務不履行とも本件SEO契約の履行に際しての付随的な義務に反したものともいえないが,Yに対する不法行為を構成する。


争点(2)について

Yは,過去データの閲覧ができなくなり,仕入予測等ができなくなり,倉庫費用が増加した,などの損害を主張していた。裁判所は,次のように述べて損害として認めなかった。

Yは,注文数,商品仕入れの予測を立てられなくなり,多数の在庫を保有しておく必要が生じたと主張するが,Yは,○○Analyticsのアカウントに蓄積されていたデータ以外にも,過去の月別にどの商品がどの程度の注文数があったか程度のデータは当然有していると推認するに難くないし,○○Analyticsのアカウントを再稼働すれば,直近の本件サイトへのアクセス数,アクセスの経路,検索した際のキーワード,ページごとの閲覧数,閲覧者の動向は把握可能なのであって,本件アカウントに蓄積されていた過去2年間の上記のデータがなければ,予測が立てられないということは考え難い。したがって,Yが主張する,平成23年7月1日から2年間分の倉庫の賃料負担の増加分480万円が,本件削除行為と相当因果関係のある損害とは認められない。

証拠(乙10)によれば,平成23年6月の売上は,前年度の売上動向に比して特異な減少を示しているものの,同年7月から平成24年3月の売上は,ほぼ前年度と同様の動きをしていることが認められ,□□Analyticsに蓄積されていた2年分のデータが消失し,同等のデータが蓄積されるまでの間に,データの消失自体に起因する損害を被ったとは認められない。平成23年6月の売上の特異な減少も,同月9日以降,XとYとの間ですべて契約を打ち切ることが同意されたという上記(1)イで認定した事実を勘案すれば,ウェブサイトを通じて行う営業活動には有用な検索エンジン最適化対策がとられなかったことに起因する可能性が高い(後記のとおり,過去2年分のデータが蓄積されないと,効率的な検索エンジン最適化対策がとれないことを認めるに足りる的確な証拠はない。)と推認されるのであって,□□Analyticsに蓄積されていた2年分のデータが消失したこと自体に起因するものとは認められない。

一方で,アカウント再稼働のために必要な費用として,ウェブサイト解析用のコード埋め込み費用として6万7200円は損害に当たると認めた。


なお,Xは責任制限条項を援用したが,裁判所は,Xのアカウント削除行為は不法行為にあたるのであって,「本サービス業務の実施に際して他方当事者に損害を与えた場合」等にあたらず,責任限定条項が適用される場面にあたらないとした。

若干のコメント

X代表者が解析ツールのアカウントを消したという行為は,Yが契約の報酬も支払わず,また,当該アカウントはもともと自分名義で取得したことから,十分正当化できるという判断のもとに行われたと思われますが,相手方にとって有用なデータが失われたということで不法行為を構成すると認められました。


法の基本原理として,「自力救済の否定」がありますが(例えば,貸したものを返さない人の家に侵入して取り返してきても,窃盗罪が成立する。),本件も,そういった考慮がなされたものと思われます。


システムの保守等を委託していると,しばしば,保守担当の業者より,「追加費用の請求に応じないと,アカウント凍結する」などといった(脅迫とまではいいませんが)交渉カードを出されることがあります。しかし,本件に照らしても,そういった行為が場合により不法行為を構成するということに注意する必要があります。

*1:Google Analyticsと思われる。