IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

ソースコードと営業秘密 大阪地判平25.7.16(平23ワ8221号)

転職後に開発したソフトウェアについて,前職の営業秘密であるソースコードを不正利用したものであるかどうか等が争われた事案。

事案の概要

ソフトウェア開発業X社に在籍していたY1,Y2は,退職後にY3社に転職した。X社では,dbMagicベースの基幹系システムソフト(Xソフトウェア)を開発・販売していた。Y3社では,Y2の転職後にVBベースでの基幹系システムソフト(Yソフトウェア)を開発した。


X社は,Xソフトウェアのソースコードは,営業秘密に該当するとし,Yらに対して,不正競争防止法3条1項,2項に基づいてYソフトウェアの製造差止,廃棄を求めるとともに,民法709条に基づく損害賠償を求めた。

ここで取り上げる争点

(1)ソースコードの営業秘密該当性
(2)Yらによるソースコードの使用,Y1,Y2による不正利益目的開示の有無


顧客情報についての争いもあったが,この点は割愛する(不正競争行為は認められていない。)。

裁判所の判断

争点(1)について

不正競争防止法2条6項に定める「営業秘密」とは,秘密管理性,非公知性,有用性の3要件を具備する情報である。まずソースコードの秘密管理性について,一般論として次のように述べた。

一般に,商用ソフトウェアにおいては,コンパイルした実行形式のみを配布したり,ソースコードを顧客の稼働環境に納品しても,これを開示しない措置をとったりすることが多く,原告も,少なくとも原告ソフトウェアのバージョン9以降について,このような措置をとっていたものと認められる。そうして,このような販売形態を取っているソフトウェアの開発においては,通常,開発者にとって,ソースコードは営業秘密に該当すると認識されていると考えられる。

としたうえで,次のように秘密管理性を認めた。

本件ソースコードの管理は必ずしも厳密であったとはいえないが,このようなソフトウェア開発に携わる者の一般的理解として,本件ソースコードを正当な理由なく第三者に開示してはならないことは当然に認識していたものと考えられるから,本件ソースコードについて,その秘密管理性を一応肯定することができる

同様に,非公知性についても次のように述べて認めた。

一般に,このようなシステム(注:製造販売業の管理業務処理システム)においては,個々のデータ項目,そのレイアウト,処理手順等の設計事項は,その対象とする企業の業務フローや,公知の会計上の準則等に依拠して決定されるものであるから,機能や処理手順に,製品毎の顕著な差が生ずるものとは考えられない。そして,機能や仕様が共通する以上,実装についても,そのソフトウェアでしか実現していない特殊な機能ないし特徴的な処理であれば格別,そうでない一般的な実装の形態は当業者にとって周知であるものが多く,表現の幅にも限りがあると解されるから,おのずと似通うものとならざるを得ないと考えられる。原告自身も,原告ソフトウェアに他社製品にないような特有の機能ないし利点があることを格別主張立証していない。

そうすると,原告主張の本件ソースコードが秘密管理性を有するとしても,その非公知性が肯定され,営業秘密として保護される対象となるのは,現実のコードそのものに限られるというべきである。

そうすると,本件ソースコードは,上記趣旨及び限度において,営業秘密該当性を肯定すべきものである。

あくまで,処理方法や機能ではなく,ソースコードに限って営業秘密該当性を認めた。


争点(2)について

Xは,Yらは,Yソフトウェアの開発にあたって,ソースコードを参照したことをもって「使用」したこと,そのような行為を可能にするために,Y1,Y2がロジックを開示したと主張していた。

しかし,上記2に説示したとおり,本件において営業秘密として保護されるのは,本件ソースコードそれ自体であるから,例えば,これをそのまま複製した場合や,異なる環境に移植する場合に逐一翻訳したような場合などが「使用」に該当するものというべきである。原告が主張する使用とは,ソースコードの記述そのものとは異なる抽象化,一般化された情報の使用をいうものにすぎず,不正競争防止法2条1項7号にいう「使用」には該当しないと言わざるを得ない。

開発環境・言語が違っていたことから,Xはソースコード自体の複製は主張していなかったが,ソースコードを読み取って開発したということが使用にあたると主張していたが,裁判所は次のように述べて退けた。

企業の販売,生産等を管理する業務用ソフトウェアにおいて,機能や処理手順において共通する面は多いと考えられるし,原告ソフトウェアの前提となるエコー・システムや原告ソフトウェアの実行環境における操作画面は公にされている。また,被告P2は,長年原告ソフトウェアの開発に従事しており,その過程で得られた企業の販売等を管理するソフトウェアの内部構造に関する知識や経験自体を,被告ソフトウェアの開発に利用することが禁じられていると解すべき理由は,本件では認められない。


以上より,仕様書の内容に一致点,類似点が存していたとしても,Xのソースコードを参照して開発したとは推認できず「使用した」とはいえず,さらにはY1,Y2からY3社に不正利益目的で開示したとも認められないとされた。

若干のコメント

本件のY1,Y2は,もともとXで開発に従事していたため,ソースコードにアクセスする正当な権限を有していました。したがって,営業秘密に関する不正競争行為のうち,2条1項4号等は適用がありません。問題となるのは,「不正の利益を得る目的で,又はその保有者に損害を加える目的で」使用又は開示する行為(同項7号)です。


本件では,ソースコードの秘密管理性を比較的緩やかに認めた上で,Y2はソースコードを退職後も所持していたという事実を認めつつも,7号に定める行為を認めませんでした。


判決文でも述べるとおり,業務用システムの場合,機能,ロジックが類似することは不可避であるため,退職後に転職先の会社で類似のソフトウェアが開発されたとしても,著作権侵害を問うことはもちろんのこと,本件の判断に従えば,不正競争行為を認めることも容易ではありません。


しかし,判決文の「例えば,これをそのまま複製した場合や,異なる環境に移植する場合に逐一翻訳したような場合などが「使用」に該当する」というところはやや疑問で,そもそも,これが認められれば著作権(複製権または翻案権)侵害といえるわけで,これでは著作権侵害が認められる場合でなければ不正競争行為も成立しないことになります。


裁判所自身も認めるように,ソースコードは一般に営業秘密といえるほど秘密管理されていて公知でないのであるから,権利行使しようとする側は,ほとんど相手方のソースコードを入手することはできないため,不正競争行為が認められるケースは相当限定されてしまいます。


こうした行為を広く予防するために,退職する従業員に対して競業避止義務,秘密保持義務を含む誓約書を提出させて,合意による制約を課す行為が広く行われています。しかし,特に競業避止義務を課すことは,職業選択の自由との関係で,それほど広く認められておらず,現実に退職従業員の行為を広く制約することは容易ではありません。