IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

追加報酬と遅延に伴う損害賠償 東京地判平25.5.31(平22ワ4389,平22ワ16693)

工事現場のスケジュール管理システムの追加開発費用と,納期遅延に伴う損害賠償が問題となった事例。

事案の概要

Zは,工事現場のスケジュール管理システムを開発,販売していたが,これをバージョンアップした新システム(本件システム)を開発しようとし,その開発業務をFに委託した。Fは,Yに再委託し,YはさらにXにその開発業務の大半を再々委託した。Yは,ZやFに対する報告,進捗管理等を行っていた。


XY間の作業経緯は次のとおりである。

  • H20.4.30 Y・X 業務委託基本契約締結
  • H20.4.30 Y→X 個別契約として旧システムの改修業務委託(31万5000円)
  • H20.5.16 Y→X 本件システムの要件定義業務委託(約165万円)
  • H20.6.30 Y→X 本件システムの開発業務委託(約674万円―作業期間は9月末まで)
  • H20.8.11 Y→X 携帯写真閲覧機能等の追加機能開発委託(約69万円)
  • H20.9.9 Y→X 支社対応の追加機能開発委託(約29万円・注文書なし)
  • H20.9.24ころ Z ユーザテスト実施,単体レベルの大量バグによる中止
  • H20.9.25 Y・X 納期を10月10日とするよう変更
  • H21.1.16 X→Y すべての機能を開発,納入
  • H21.3.31 Y→F 遅延によるペナルティとして210万円支払


また,仕様変更からユーザテストの中止に至る経緯としては次のようなものが挙げられる。


H20.9.9,Yの責任者Eyは,Xの中心メンバーCxに対し,仕様変更が生じたことに関連して次のようなメールを送った。

今回の件につきましては,数度のレビューを経て確認済みと認識していたのですが,お客様が業務要件と,実際のシステムでの実装内容について正確に理解しきれていなかったために発生したものと考えております。ただ,要件定義から参画しており,大枠での業務要件としてお客様から一貫して要求されていた要求事項を正確にとらえて的確なシステム提案が出来ていなかった点については,開発サイドとしても反省すべき点と考えております。上記のような業務要件における未対応事項や不足点については極力確認させて頂いておりますので,今後大きなインパクトのあるものは発生しないとは思いますが,何かありましたら,スケジュール,対応方法含めてご相談・ご調整させて頂ければ幸いです。残り僅かな期間での対応で非常に恐縮ですが,今回のシステムリニューアルの根幹にかかわる箇所となりますので,何卒ご協力賜りたく,お願い致します。


ユーザテストが失敗したことについて,H20.9.25,YからXに対して顛末書を提出するよう求め,翌H20.9.26にCxの上司DxからEyの上司Fyに対してドラフトを提出したが,記載不十分として訂正を求めた。H20.9.27のXYの各代表者を含めた会議の議事録には次のような記載があった。

X様の問題点としては以下がある。
【問題発覚前】
 ・お客様業務(建築―施工の流れ)を理解せずに仕様書を作成し,開発を進めた
 ・進捗として報告していた内容は正しくなかった(ex.テスト未完了でもテスト終了と報告していた)
 ・提示すべき資料を提示しなかった
 詳細スケジュール,課題管理表,単体テスト仕様書,移行設計書,データコントロール
 ・全体管理者不在
 ・テストが不十分なまま結合テストを開始した
 ・テストが不十分なままユーザーテストを開始した
 ・課題管理が十分になされていなかった
 【問題発覚後】
 ・状況把握が遅い,現状認識が甘い
 障害発生・改修・再テスト,現在どういう状況なのか即座に答えられない
 ・課題管理が十分になされていなかった
 ・期限までに報告・資料を提示しなかった
 (中略)
 〈今後想定される事態への対応について〉
 ・納品後もバグとは言い切れない変更要求を受ける可能性があるので,そこは臨機応変に対応をお願いします。
 ・納品後も障害への即時対応をお願いします。
 ・本番稼働後も厚めのサポート体制が必要になるかもしれないので,対応お願いします。
 ・その他,様々な形でユーザー要望には臨機応変に応える必要があります。


H20.9.29にXからYに提出した顛末書には次のような記載があった。

・当初,2008年7月末までに論理設計フェーズが終わり,8月1日から開発フェーズに移行する予定でした。しかし,仕様の確定までに予想以上に時間がかかり,開発期間が圧縮されました。このとき,弊社はそれによる影響を適切に報告・相談いたしませんでした。
・弊社が見積もった開発フェーズの工数が,スケジュールを遵守し,品質を保障するのに十分ではありませんでした。
・論理設計フェーズにおいて,仕様に関する弊社の確認が不十分だったため,製造フェーズ移行後に確認のための打ち合わせや再見積もりが発生しました。結果として,弊社におけるSE業務が増大し,製造を兼務していたSEの製造に関わる時間が不足しました。
・仕様の見直し(支社対応)がプロジェクト終盤の2008年9月12日に決まりました。テストとデバッグのための絶対的な時間が少ない中で,人員が不十分であったにも関わらず,弊社は見込みを誤り,必要な対策を講じませんでした。
・弊社SEの上司の管理不行届きにより,スケジュールの遅れと品質の低さに直前まで気づくことができませんでした。また,弊社SEも上司や,貴社に対して,適切な報告を行いませんでした。


さらにH20.10.21には以下の内容を含む2通目の顛末書が提出された。

・上記の理由により,Z様の1回目のユーザーレビューは単体試験レベルの不具合が頻発し,ユーザーの最終確認というレベルには達しませんでした。このため,本来の基本機能公開日である2008年9月29日に公開することはできませんでした。
・スケジュールは2週間延長され,基本機能公開日は2008年10月14日になりました。弊社としては全社を挙げて取り組むことを貴社と約束し,体制を強化しました。
・しかし,上記の体制強化は不十分であり,その後もスケジュールは遅延しました。管理者は状況を完全に把握せず,遅延を回復させるのに必要な措置をとりませんでした。結果として基本機能公開日間近になっても完全な品質に到達できませんでした。
・特に,Ver.1からVer.2への移行スクリプト作成のための工数とスキルを少なく見積もり過ぎたため,度重なるスケジュールの遅延を招きました。再延期後の基本機能公開日は2008年10月19日になりました。
・移行作業においては,管理者自らが作業に関わった結果,進捗の管理に支障をきたし,遅延が長引く原因となりました。結果として,移行スクリプトのコーディングや管理のほとんどを貴社に委託する形になりました。


その後,契約解除の可能性も含めた協議が行われたが,結局,Yも作業に従事するなどして,開発が継続された。Xからは追加作業に対する費用の協議が持ちかけられたが,協議がもたれることはなかった。


XはYに対し,上記各契約の残代金約740万円及び追加開発分の報酬約1968万円等の合計約2745万円の支払いを請求し,Yが反訴として,バグ等による損害約1643万円が生じたとして,これを自働債権として業務委託料債権を相殺した残額の約870万円の支払いを請求した。

ここで取り上げる争点

(1)仕様変更による代金額等
(2)Xの損害賠償責任の有無及び損害賠償額

裁判所の判断

争点(1)について

Yは,Xが余分にかかった作業はすべてバグ対応に過ぎないと主張していたが,裁判所は次のように述べた。

Yは,本件システムの要件定義段階からXと協働して作業を行っており,本件開発に必要な工数や単価などについての認識は当初Xとも一致し,これを前提として代金額や納期を決め,本件業務委託契約を締結したところ,9月上旬頃には,ZやFが本件システムに要求していた事項を正確に把握していなかったことが分かり,これを自認するに至ったこと,それゆえ,Yは,ZやFから,本件業務委託契約では想定していなかった事項についても今後作業を要求される可能性があることを認識し,Xに対し,9月下旬頃,本件システムの各部分の納品後も,Z及びFからバグ対応とはいえない追加の要望が出されることを現実に想定し,Xにその場合の協力を求めていたことが認められる。
(略)
以上に加え,(略)にも照らすと,上記Xが支出した費用のほとんどがバグ対応であったということはできない。

Yは,仕様変更とされる事項は,もともと要件定義書に記載があったとしていたが,

確かに要件定義書に規定されていた作業については,追加,変更仕様に該当するということはできない。しかし,当該作業が要件定義書に規定された作業であるか否かが明確でない場合があり,この場合をどう解するかが問題となる。

弁論の全趣旨によれば,論理設計書は,一般に,要件定義の内容を過不足なく具体化したものと認められるから,論理設計書に記載がない事項については,要件定義書にも規定がされていないものと解するのが相当である。

Xの主張する追加発注に係る83項目について検討すると,Yが追加発注であると自認する33項目を除く50項目については,? 要件定義の内容を具体化した論理設計書に記載がない事項についての作業,? 仕様及び見積書に作業項目として記載されていない作業,? 当初の作業の規模からし工数が余りに多すぎる作業など,X及びYが本件業務委託契約を締結した際に予定していた事項,作業内容を超えるものと認められるから,上記50項目についての作業は,追加,変更仕様であるものと認められ,同認定を覆すに足りる的確な証拠はない。

として,Xの主張する83項目,約2752時間について,すべて追加発注にあたるとして,単価を4637円として追加発注費用を約1340万円とした。


そこで,もともとほぼ争いがない契約上の報酬約742万円と,上記追加発注費用の合計約2082万円について請求権があるとした。


争点(2)について

客観的には合意による納期10月10日から翌平成21年1月16日に納品が遅延したが,このことについて裁判所は次のように述べて,遅延の帰責性を認めた。

(納期が遅延したことにつき)Xの責めに帰すべからざる事由があることがXによって立証されれば,Xは債務不履行責任を負わないが,同事由があることをXが立証できなければ,Xは上記責任を負う。
(略)
9月下旬頃までに発生していた上記のバグは,受入れテストやユーザーテストさえできないほどのバグであり,その後12月までに発生したものも含めてその数は極めて多いばかりでなく,単体バグといわれる初歩的なミスによるものであり,システム開発に伴い不可避的に発生するものとはいえないこと(略)
Xは,スケジュール遅滞と品質不良がXの落ち度によるものであることを認めた本件各顛末書を9月29日及び10月21日付けで提出したことが認められる。
(略)
以上によれば,上記履行期の徒過等に至った主な原因は上記バグ対応であり,Xの責めに帰すべき事由によるものというべきであり,本件では,これがXの責めに帰すべからざる事由によることの立証はない。


なお,顛末書について,Xは「真意に反して作成させられた」と主張していたが,意に反するものではないとされている。

本件顛末書1について,Dxに対し,記載内容が不十分であるなどとしてその修正を求めたことは認められるものの,(略)前記のバグ(特に9月下旬頃までに発生したバグ)は,その数が極めて多いばかりでなく,単体バグといわれる初歩的なミスによるものであって,システム開発に伴い不可避的に発生するものとはいえないことに加え,証拠によれば,Xが当初に提出した顛末書の草稿においても,Xが非を認める内容のものであったことが認められることなどに照らすと,本件各顛末書が,Xの真意に反して作成させられたものであるということはできず,他に本件各顛末書が,Yによる詐欺や脅迫などの不当な圧力によりXの意思に反して作成されたことを認めるに足りる証拠もない。


続いて,Yの損害については,作業のリカバリのために要した自社の社員等のための費用だとした。

Xは,本件システムの開発について,9月下旬頃には,単体バグといわれる初歩的なミスを多数発生させ,合意された納期に納品できないことが明らかな事態に至っており,さらに,延期された納期についても,これを遵守できるかどうか懸念される状況にあり,追加発注に係る作業もバグ対応等のために遅延するおそれがあったものと認められるから,Yが,上記の納期遅延等による不利益を避けるために,Xによる作業を支援しなければならなかったものと認めるのが相当である。そして,証拠(Eらの供述等)及び弁論の全趣旨によれば,Yは,上記の支援のため,10月以降平成21年1月16日までの間,別紙SAC作業一覧表記載のとおり,自社の社員等を本件開発の作業に当たらせたことが認められ,これによって生じた費用は,Xの履行遅滞に基づく損害であるということができる。

そして,Yが費やした工数約2200時間に時間単価4600円を乗じた約1068万円を損害賠償額とし,YからFにペナルティとして支払われた210万円を加えた約1278万円を損害賠償と認めた。(Xからの請求と相殺され,結局,損害賠償債務はすべて消滅した)

若干のコメント

これまで,多くの事案において,仕様変更,追加開発が問題となっていますが,「もともとの開発範囲」と「追加開発の範囲」というものが截然と区別しがたいために,ベンダ側の請求があまり認められていません。


ところが本件では,もともとの開発契約が報酬673万円,開発期間3カ月(設計から導入)であったのに対し,最終納品が3カ月半遅れて,明確な合意なくして追加開発費用が約1300万円認められたという結論には違和感があります。それまでにも,追加開発の発注が2本あったので,そこにも含まれない開発が多数あったということになるのですが,それを「論理設計書」に記載されていないものが仕様変更の内容になる,ということにしています。


Y自体がもともと下請けなので,仕様変更もYが自発的に行ったものではないですが,判決において認定された事実関係においては,Yは,元請けのFから上記のような追加費用の支払いを受けた形跡はなく,かえって210万円のペナルティを負担しているわけで,Yは,元請けFあるいは発注者Zから追加費用を請求しなければならないことになります。


他方,Xにおいて単体レベルのバグが多数発生したことによって納期が遅延し,Yが作業を肩代わりしたとして約1070万円の損害賠償も認定されています。これももともとの発注金額に照らすと違和感があるところです。結果的に,仕様変更とほぼ相殺されるので,結論としては座りがよいのですが。


一般に,発注者側の工数に相当する金額は「もともと発生することになっていた人件費」だとして,損害賠償が認められにくいのですが,本件の場合は,下請と孫請の関係ということもあり,通常のユーザ・ベンダという関係とは少々異なります。


また,本件では2度に渡ってXからYに「顛末書」が出されており,このことがXに遅延の責任が生じることの重要な証拠となっています。Xは書き直しをしたことから「真意ではない」と主張しましたが認められていないように,この種の書面の提出を求められた場合には慎重な対応が必要です。