IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

黙示的な検査合格と業務完了 東京地判平25.8.26(平21ワ11268)

オフショア開発において,作業中・作業終了後に注文書の交付等が行われていること等から,黙示的に検査合格が認められるが瑕疵があるため減額されるとした事例。

事案の概要

X,Yともにソフトウェア開発業である。Xは中国に技術者ネットワークを有しており,いわゆるオフショア開発の受託を行っている。平成19年4月1日,YからXに対して,開発業務委託に関する基本契約(本件基本契約)を締結した。


Yは,エンドユーザとの間でシステム構築請負契約を締結し,当該業務について,Xに対し,本件基本契約に基づく業務として以下の8件を再委託した。このうち,本件業務[4]の代金として126万円がXに支払われている。


本件業務[1]
a共済向け会計管理(詳細設計業務) 0.75人月 45万円(税別)


本件業務[2]
a共済向け会計管理(プログラミング・単体テスト) 4.5人月 112.5万円(同)


本件業務[3]
a共済向け支援(詳細設計支援等) 8.95人月 302.5万円(同)


本件業務[4]
b社向け火災共済システム構築支援 3人月 170万円(同)


本件業務[5]
b社向け火災共済システム構築支援 2人月 115万円(同)


本件業務[6]
c組合向け支援 20人月 500万円(同)


本件業務[7]
c組合向け支援 10人月 250万円(同)


本件業務[8]
c組合向け支援 4人月 100万円(同)


その後,Yはa共済から契約解消の申し入れたこと等によりYは残りの代金を支払わなかったことから,XはYに対し,残額の支払いを求めた。


なお,Xの成果物にはバグが多数存在していたことから,Yは自社のエンジニアを動員して修復作業を行ったこと,Yはa共済から検収を受けられず,受領済みの契約金の一部を返還したこと等の事情があった。

ここで取り上げる争点

争点(1)契約締結の有無(特に[4][6][7][8]について)
争点(2)Xの業務の完成の有無
争点(3)瑕疵の有無


争点(1)に関して,Yは,本来無償で行うべき作業を,Xの事情を考慮して注文書を発行していたこと(心裡留保)やエンジニアを撤退させるとの発言による強迫に基づくものであることと主張し,争点(2)に関しては,本件基本契約において,YまたはYの指定する者の検査の合格を以って業務完成とする旨の定めがあったところ,検査合格の事実はないこと,争点(3)に関して大量の瑕疵があることを主張し,Yのエンジニアが修補したため,損害賠償請求による相殺も主張していた。

裁判所の判断

争点(1)について,裁判所は次のように述べていずれも契約は有効に成立しているとした。

Yが発行した本件注文書[6],[7],[8]は,表題が注文書とされてはいるものの,いわば既に発注と承諾がありかつ履行もなされた業務につき,これを受け入れて代金額の提示を行った書面と評価するべきものであって,かつ,同書面がそれぞれ別個の業務にかかるものであることはその内容からも明らかであるというべきである。したがって,本件業務[6],[7].[8]につき,XY間において本件基本契約を基礎とする個別の契約が成立したと認めることができるし,その意思表示につきこれを心裡留保ないし強迫によるものであるとして無効・取消の原因になるような事情があると認めることもできない。


争点(2)については,次のように述べて黙示的に合格が示されたとした。

本件業務[1][2][3]につき,Xの作業の途中あるいは作業終了後に,YはXに対し,作業期間や作業内容,代金額等が記載された注文書(本件注文書[1][2][3])を発行して,それまでのXの業務の履行を受け入れて代金額の提示を行っているといえるし,また[1][2][3][4][5]のいずれについてもXによる業務の履行後特にクレームを申し入れた事実もないのであって,こうした事情に鑑みれば,本件業務[1][2][3][4][5]につきいずれも黙示的にYからXに対し検査の合格が示されたと評価することができる。さらに,本件業務[6][7][8]についても,上記(1)に述べたとおり,Yは,本件注文書[6][7][8]により,Xの既に履行した業務につき,これを受け入れて代金額の提示を行っているといえるのであるから,これによりやはりYからXに対し検査の合格が示されたと認めることができる。


争点(3)については,本件業務[6][7][8]について一定の瑕疵の存在を認めている。ユーザから挙げられた要望については瑕疵ではないとしている。

c2共済会関係の業務に関するXの成果物にはバグが多数存在し,Yが,平成20年1月後半から自社のシステムエンジニアを動員して修復作業を行ったこと,平成20年2月以降に,Yとc2共済会との間でシステムの総合・受入テストが行われたが,その際,c2共済会に納入されたシステムには別紙一覧表記載のとおりの不具合が存在し,このうち「原因」欄に「単体バグ」と記載されているものはXの義務である単体プログラムのプログラミングに原因のあるものであったことが認められ,その数もかなりの多数にのぼるものであることからすれば,これについてはXY間の契約上行うべきXの義務の履行に瑕疵があったものということができる。

(略)

またYは,別紙一覧表記載の原因欄に「要望」と書かれているものについてもXが責任を負うべきであるとするが,これは,通常であれば断ることができるユーザーからの要望を,ユーザーとの関係上Yが受け入れたものであるというのであって,ユーザーとの契約上,修復がYの法的義務となっていた不具合ではないのであるから,これをもってXが責任を負うべき瑕疵ということはできない。


そして,当該瑕疵による損害の額については,Yのエンジニアが瑕疵修補に費やした工数7.525人月に人月単価が80万円を乗じた602万円だとした。


なお,YのXに対する瑕疵修補に代わる602万円の損害賠償請求権とのXのYに対する代金請求権の相殺の関係は少々複雑である。最判平9.7.15によれば,相殺の意思表示の日までは代金支払債務について遅滞にならないとされている。


また,相殺の意思表示の結果,602万円を,弁済期の早い順に充当すると,[1][2][3][4]が消滅し,[5]について70万9816円残り,かつ,弁済期から遅滞に陥り,[6][7][8]については,相殺の意思表示がなされた翌日の平成21年9月11日から遅滞に陥っているとされた。

若干のコメント

本件は,基本契約には検査合格を以って完了とすると書いてありながら,明示的な検査・合格というプロセスがなかったという状況でしたが,繰り返し発注が行われていること,特段のクレームがないこと等から検査の合格,業務の完了を認めたという点に特徴があります。


また,オフショア開発を行っている開発者から元請けに対する代金請求事件です。2000年を過ぎたころからアジアのエンジニアに委託して開発を行うというオフショア開発が盛んになってきました。最大のメリットはコストであり,本件におけるエンジニアの人月単価も25万円から60万円と,かなり低い水準でした。


システム開発においては,同じ日本人同士でも仕様の伝達に伴うトラブルが多い上に,クロスボーダー取引となれば,言語(コンピュータ言語ではなく,自然言語)の違いもあって,この種のトラブルが多く発生しており,リスクも大きいです。本件では,元請けであるYがバグの補修をし,その分だけ損害賠償請求という形で減額されました。


なお,瑕疵修補に代わる損害賠償請求が主張されたのは,本件業務[6][7][8]に関するものですが,これらの委託範囲は合計で34人月,850万円。他方,瑕疵によって減額されたのは,Yの単価80万円,7.525人月で602万円。単価の安いエンジニアに開発を委託し,バグがあれば,単価の高い国内のエンジニアの価格を基準に相殺されるとなると,オフショア業者にとっては辛い結論だと感じました。