IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

ウェブサイト保守契約の委託者からの更新拒絶 東京地判平25.7.10(平23ワ17397号)

保守事業者が,インターネットサイトの保守契約が一方的に更新拒絶されたとして損害賠償請求した事件。

事案の概要

Yは,Xに対し,平成21年7月16日付けで,運用保守業務等をカバーする基本契約を締結した。基本契約には,よくありがちな自動延長条項があった。


なお,当該基本契約締結前にも,Yは,Zとの間で平成19年6月以降,同様の業務委託契約を締結し,さらにZとXが合併して当該契約上の地位はXに承継されていたので,XYとの取引は,平成19年から開始されていた。


上記基本契約に基づいて,YはXに対し,人材紹介サイトの保守(保守業務委託期間:平成23年1月1日から同月31日まで),求人サイトの保守(同:同年1月1日から3月31日まで)を委託する個別契約を締結した。


保守業務の内容は,いずれもPHPで書かれた本件サイトの機能追加,瑕疵修正であった。


Yは,Xに対し,人材紹介サイトについては,1月25日,求人サイトについては2月28日に,期間満了後に更新しない旨を口頭で通知した。そこで,XはYに対し,個別契約の更新拒絶は,不法行為に当たるとして,少なくとも将来1年分の利益は得られたとして,約2660万円の損害賠償等を請求した。

ここで取り上げる争点

(1)各個別契約は,継続の期待が保護されるべき契約か
(2)更新拒絶の理由・手続・態様が信義則に違反するか

裁判所の判断

争点(1)各個別契約は,継続の期待が保護されるべき契約か


Xは,旧契約から含めると長期に渡って業務の提供が繰り返されていたと主張したが,裁判所は次のように述べて継続への期待を否定している。

XとYとの間の平成21年7月16日付けの本件基本契約は,1年間の期間満了後も自動更新条項により延長されていたものと推認されるうえ,各個別契約については,訴外会社当時の契約も含めると,本件更新拒絶がされるまでの間,本件人材サイトに係る各個別契約の合計継続期間は平成20年10月1日から平成23年1月末までの2年4か月間,本件求人サイトに係る各個別契約の合計継続期間は平成19年9月1日から平成23年3月末までの3年7か月間であることが認められる。

しかしながら,2年4か月又は3年7か月という期間は,継続的契約としてみた場合,必ずしも長期であるとはいうことはできない。また,少なくとも本件基本契約が締結された後のXY間の個別契約については,それぞれ運用業務委託期間を1か月又は3か月と定めて個別に契約書が作成され,各個別契約に係る契約書には業務委託期間を自動的に更新する旨の条項はなく,XとYとは,次期の個別契約の締結に先立って,改めて交渉のうえ,代金額を合意していたのであるから,XY間においては,期間の定めのある個別の業務委託契約が繰り返し締結されていたにすぎないというべきである。そうすると,Xにおいて本件各個別契約が期間満了後に当然に継続されることを事実上期待していたとしても,もともと本件各個別契約は期間の定めのある契約であるから,約定期間満了により終了するのが原則であり,当事者の言動やXYの関係等に照らし本件更新拒絶を不当とするような特別な事情が認められない限り,契約継続についてのXの期待は法的な保護に値するものではない

Xはこれに対して,さらにYから「大きい案件の依頼があるかもしれない状況です」などと言われたことを根拠に,継続への期待があったと主張したが,YからXに対して品質の問題が指摘されていたことなども踏まえて,更新拒絶の可能性もある程度予想できたとし,「Yが本件更新拒絶をしたことが信義則に違反し,不法行為を構成する原因となるようなY側の言動であると評価することはできない。」とした。


さらに,XがYとの取引に依存していたことなども主張したが,裁判所は,その割合は20%程度であり,主要取引先であったということはできるが,逆にいえば,その売上の8割近くをY以外の取引先から得ているものであるから,更新拒絶が不法行為を構成するほどの依存度とまではいえないとした。


争点(2)更新拒絶の理由・手続・態様が信義則に違反するか

Xは,品質の問題があるにしても,バグの発生は不可避であるから,更新拒絶の合理的理由にはならないと主張した。この点について,裁判所は次のように述べた。

確かに,一般論として,システム開発業務においてバグの発生は不可避的に生ずるものであると考えられるから,バグが発生したこと自体をもって直ちにXに債務不履行があるということはできないし,弁論の全趣旨によれば,XはYから「チケットの戻り」*1により指摘を受けた点の多くについては,直ちに補修し,これに対応していることが認められる。(略)

しかしながら,上記認定したところによれば,Yは,平成21年10月以降,定期的に品質の向上のための会議を開催し,Xの業務の品質の向上を要求していたこと,Xにおいても,これを前提とした発言をしていたこと(略)が認められるから,Xにおいて,その業務の品質について,Yの要求する水準との関係で何ら問題はなかったと認識していたとは到底考えられない。

そして,各「チケットの戻り」に係る瑕疵自体は即時に補修可能な程度のものが大半であり,システム開発にバグの発生が不可避的に伴うものであることを考慮すれば,Xの業務の品質が本件各個別契約の債務不履行を構成するような低水準のものではなかったということができるが,仮にそうだとしても,現に「チケットの戻り」が発生しており,Xの顧客であるYが,企業として,Xに対し,より高い品質の成果物をより低コスト・短期間で提供することを求めることは当然のことであって,不当・不法な行為ではない。Xにおいて,Yの要求するような水準のサービスをYの支払う代金で提供することができないときは,Xには本件各個別契約を継続するか否かを決定する自由があるのであり,そうである以上,この場合にYがXとの契約の更新を拒絶することもまた,企業間の取引として,何ら信義則に反するものではないというべきである。

また,更新拒絶までの猶予期間が短いことの手続的な問題についても,個別契約については自動更新条項もないから,契約期間満了の5日前または1カ月前に通知したことは信義則違反には当たらないとされた。


よってXの請求はすべて棄却された。

若干のコメント

運用・保守契約の中途終了については,ベンダからもユーザからも継続の期待に関する問題が生じます。本件では,個別契約そのものについては,わずか1カ月あるいは3カ月での終了で,自動更新もないので,更新への期待が法的保護に値するとも言えず,また,更新拒絶が信義則に反する事情もないとされました。


役務提供型継続的契約において,委託者側からの契約解消の当否が論点となった裁判例として,不動産管理委託契約(最判昭56.1.29),税理士顧問契約(最判昭58.9.20)などがあり,更新拒絶については,ビル管理契約(東京地判平19.7.25)があり,ワイン販売代理店契約について東京地判平22.7.30(http://d.hatena.ne.jp/redips+law/20110919/1327154494)があります。


当ブログで紹介したものでは,ほかに,ASPサービス契約の解除に関わる事例(東京地判平22.4.13  http://d.hatena.ne.jp/redips+law/20120122/1327161436)があります。


システムの運用保守契約において更新拒絶が違法性を持つかどうかというのは,契約締結期間の長短に加えて,終了した場合に生じる一方当事者の不利益の大小(ユーザ,ベンダのいずれにも生じ得ます),更新拒絶に至った事情の総合的な判断とならざるを得ません。

*1:本件において,Yによる瑕疵の指摘,修正依頼をこう呼んでいた。