IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

民法536条2項に基づく反対給付請求 東京地判平24.12.25(平22ワ47529)

注文者側の事情によりシステム開発が中止された場合における請負人からの反対給付請求の可否と,その額が問題となった事例。

事案の概要

Xは,平成21年8月18日に,Yに対し,新POSシステム(約2400万円)を発注した。内訳として,POSサーバ,POS端末(ハンディターミナル)のほか,ソフトウェア開発も含まれていた。


このころ,Y代表者の親族による薬物事件がマスコミで報道され,Yの経営が悪化したため,リストラが行われた。Yは,同年11月30日に,不況に伴う業務縮小を理由に,Xに対し,業務の停止を求める書面を送付した。しかし,Xは,第三者から機器を調達して代金を支払っているとともに,ソフトウェアの開発も第三者に委託していた。


その後,Yが倒産する危険があると考えたXは,Yの事務所からハンディターミナル一式(周辺機器,アプリケーションソフトを含む。以下これを「検証用機器」という。)を引き上げた。


Xは,Yが一方的に契約を解除したとして,Yに対し,民法536条2項に基づく請負代金請求または641条に基づく損害賠償として,約1460万円を請求した。

ここで取り上げる争点

(1)Yの責めに帰すべき事由による履行不能または注文者による解除の有無
(2)Xが請求できる額

裁判所の判断

Yは,Xとの契約成立も争ったが,この点については,注文書・注文請書が取り交わされていることなどから契約の成立を認めた。


まず,履行不能に関して次のように述べた。

Yは,平成21年11月30日,Xに対し,不況に伴う業務縮小のためシステムの導入を考え直したいとして,本件新システムの導入作業の停止を依頼する旨の書面を送付してXに本件新システムの導入作業を停止させた上,現在は東芝テックから納入された本件現行システムを利用しているのであるから,Xが本件新システムをYに納入することは,社会通念に照らして履行不能になったというほかない。

また,その経緯についても,Yの経営が思わしくないことによる作業中止であることなどから,536条2項による報酬請求を認めた。

Xが本件新システムの導入に係る仕事を完成させることが不可能になったことについて,Yの責めに帰すべき事由があることは明らかである。
したがって,Yは,Xに対し,民法536条2項の規定に基づき,約定代金額を支払う義務を負う。


次に,Xが請求できる額については次のように述べた。

XY間には代金額を2265万円及び消費税相当額(合計2378万2500円)とする本件契約が成立し,上記3のとおり,Yの責めに帰すべき事由によりXの履行が不能となったのであるから,XはYに対し,民法536条2項により反対給付である代金請求の権利がある。しかし,前記1(9)のとおり返品が可能となった物件もあり,また,前記1(10)のとおり,四国インフォテックの作業も全てが完了したものでもないことから,Xは,それらの事情も考慮の上,上記代金額について再計算し,前記1(13)のとおり,本件新システムの価格を減縮し,最終価格であるとして,1658万7000円を提示している。Xの請求は,同金額から未納入部分269万7000円を差し引いた1389万円及び消費税相当額(合計1423万9367円)(略)の支払を求めるものであるが,上記のとおりXにおいて減縮して請求している金額から,次の(2)のとおり利益償還請求により更に減額される金額を除き,ほかに減額されるべき事由の主張,立証はない。

上記の「利益償還請求」は,XがYのために仕入れたハードウェアについて,Yに納入する必要がなくなったものに関する利益のことを指している。ただし,Xは,当該ハードウェアのうち,開封済みの物は転売価値が0円,未開封のものであっても10%以下であると主張し,裁判所もこれを受け入れた。

若干のコメント

Y代表者の親族の薬物事件*1のとばっちりによって経営が傾いたという同情すべき事情があったとはいえ,注文者であるYの一方的な事由によってXのシステム導入債務が履行不能になったことから,本件の結論は妥当なものだといえます。ほかに536条2項に基づくベンダからの報酬請求が問題となった事例に東京地判平22.7.13があります。


このように,注文者側の事情によってシステム開発業務が中止された場合には,本件のように,民法536条2項による報酬請求が可能です。

第536条(債務者の危険負担等)
2  債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。この場合において、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。

あるいは,契約解除があったという場合には,民法641条の注文者事由による解除に伴う損害賠償請求も可能です。この規定は,請負契約の場合にのみ適用されますが,準委任契約の場合であっても,類似の規定はあります(民法648条3項。ただしこちらは損害賠償請求ではなく報酬請求。)。

(注文者による契約の解除)
第641条  請負人が仕事を完成しない間は、注文者は、いつでも損害を賠償して契約の解除をすることができる。

536条2項は反対給付請求で,641条は損害賠償請求で,法的性質は異なりますが,536条2項の場合でも,利益償還請求(同項後段)があるので,結論としては同じになると思われます(本件も同様に判断しています)。

*1:判決文中には明示されていないが,時期的にみて六本木ヒルズで騒ぎになったO事件関連と思われる。