開発したプログラムの著作権の帰属が問題となった事例。
事案の概要
Xは,個人プログラマであり,Yはプレイステーションの開発・販売会社である。
Xは,プレイステーション用のハードウェア制御に関するライブラリプログラムの著作権が自己に帰属するとして,Yに対し,プログラムの改変の禁止と,3000万円の損害賠償(ただし,約58億円の一部請求として)を求めていた。
原審(東京地判平16.4.23)では,いずれもXの請求を棄却した。
ここで取り上げる争点
プログラムの著作権譲渡の合意の有無
裁判所の判断
プログラムの開発委託契約に基づいて開発されたプログラムの著作権につき,受託者に発生した著作権を委託者に譲渡するのか,受託者に留保するのかは,契約当事者間の合意により自由に定めることのできる事項である。
まず,裁判所はこのように述べて,契約書が存在するプログラム3から7について,以下のように述べた。
この点,プログラム3〜5に関する契約書[1]の8条には,
「甲が,本件契約における業務の履行に際して・・・著作権等知的所有権の対象となるべき・・・著作を行った場合,その帰属はすべて乙にあるものとする。」
と規定され,プログラム6及び7に関する契約書[2]の9条には,
「甲が本件契約における業務の履行に際して,・・・著作権等の知的所有権の対象となるべき・・・著作を行った場合,それらの諸権利はすべて何等の制限なく原始的且つ独占的に乙に帰属するものとする。」
と規定されている。これらの規定を合理的に解釈すれば,開発されたプログラムにつき発生した著作権は,その発生と同時にYに譲渡されることを定めたものと解される。
Xは,開発されたプログラムの著作権がYに譲渡される旨の合意はなく,契約書[1]及び[2]の上記記載は実際の合意とは異なると主張するが,Yとの交渉経緯に関するXの陳述が採用できないものであることは,前記(1)のとおりであり,そのほかに契約書[1]及び[2]の上記記載と異なる合意の存在を認めるに足りる証拠はない。したがって,プログラム3〜7については,著作権譲渡契約の成立があったものというべきである。
続いて,著作権帰属に関する明示的な合意がなかったプログラム1,2については次のように述べた。
プログラム1及び2については,契約書は作成されていないものの,前記認定のとおり開発委託契約自体は成立しており,その時期は,プログラム1については平成8年6月ころ,プログラム2については遅くとも平成10年2月ころである。(略)この間の全過程を通じてみても,先のプログラム3〜7に関する開発委託契約と異なる取扱いは,報酬月額をプログラム1につき150万円,プログラム2につき180万円としたことを除けば,認められない。したがって,プログラム1及び2の開発委託契約における合意内容は,報酬月額を除き,従前と同様の契約内容とするものであったというほかなく,プログラム3〜7に関して開発委託契約と著作権譲渡契約とは一体の契約書をもって取り扱われてきたことに照らせば,プログラム1及び2についても,開発委託契約の成立時に著作権の帰属についても合意があったと認めるのが相当である。
Xからは,著作権移転の合意が下請法4条1項5号*1に反し無効だという主張もなされていた。この点については,
本件各プログラムの開発委託に関してXとYとの間で定められた対価は,プログラム3〜5について月額100万円,プログラム6及び7について月額110万円,プログラム1について月額150万円,プログラム2について月額180万円であり,これに基づき控訴人に支払われた報酬額は,プログラム3〜5について700万円,プログラム6及び7について880万円,プログラム1について309万円,プログラム2について2079万円であり,これらを総計すると3968万円となる。これらが本件各プログラムの開発委託の対価のみならず著作権譲渡の対価を合わせたものであるとしても,本件各プログラムの著作権の有する価値と比べて著しく低額であるとは証拠上認めることができず,本件各プログラムの著作権譲渡契約が下請法4条1項5号に違反するということはできない。
として,下請法に反するとはしなかった。
その他の主張についても退けられたため,Xの控訴は棄却された。
若干のコメント
本件は,プログラムの著作権の移転の合意の存否について争われた事案です。XY間で締結された契約書には,
・・権利はすべて何等の制限なく原始的且つ独占的に乙(発注者)に帰属する
と書かれていましたが,プログラムを書いたプログラマ以外に原始的に帰属するのは,職務著作が認められる場合(著作権法15条2項)に限られますから,業務委託契約に書くべき文言としては,
・・権利は,成果物の納入とともに甲から乙に移転する。
のほうが適切であるように思います(個人のプログラマの場合は職務著作が成立する余地もありますが)。その際,注意すべきは,[1]単に「著作権を譲渡する」と書いただけでは,著作権法61条2項*2により,翻案権等が移転しないこと,[2]著作者人格権の不行使を明記しておくこと,[3]著作権譲渡の対価は,委託報酬に含まれるか否かを明記することが考えられます。
下請法の主張は,控訴審から追加されたようですが,月額110万円から180万円の報酬が支払われていたことから,通常支払われる対価よりも著しく低いとはいえないとしています。