IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

プログラムの著作権侵害とプログラムの寄与度 東京地判平26.4.24(平23ワ36945)

プログラムの著作権侵害,営業秘密の不正開示等が問題となった事例。著作権侵害が認められた場合における損害賠償額の算定において,製品に対するプログラムの寄与度が考慮された。

事案の概要

当事者も争点も多く,複雑な事案であるため,ここで取り上げる限度で単純化する。


理化学機器製造販売業Xは,当時の従業員Yaらを担当者として接触角計*1に搭載するプログラム(Xプログラム)を開発した。Xプログラムは全体でソースコードのサイズが12.5MBで,ファイル数132個,約17万行からなる。そのうち,接触角測定部分(液滴法)のプログラムは,2525行(さらにその本体部分は約2000行)であった。Xは,Xプログラムを搭載した製品(X製品)を販売していた。


測定機器製造販売業Yは,Xの元従業員であるYbが設立した。Yは,Yaを担当者として,Xプログラムを参考に,接触角測定プログラム(Yプログラム)を開発した。Yは,Yプログラムを搭載した製品(Y製品)を販売していた。


Xの就業規則には,退職後も含めた秘密保持義務が定められており,これに違反した場合には,懲戒処分ができるとともに,退職金の全部または一部を不支給とすることができるという定めがあった。Ya,Ybは,Xの退職前に秘密保持に関する誓約書を提出し,それぞれ退職金の支払いを受けた。


Xは,Y,Yaに対し,YプログラムがXプログラムを複製又は翻案したものであって,Y製品の販売行為はXの著作権を侵害し,Xの営業秘密を不正に開示ないし取得したとして,損害賠償等を求め,さらにはYaとYbにはXの在職中に非違行為があったとして,退職金の返還等を求めた。

ここで取り上げる争点

(1)Xプログラムのうちの液滴法プログラムの著作物性
(2)Yらによる著作権侵害行為の有無
(3)Yらによる営業秘密不正開示・不正取得行為の有無
(4)損害の額

裁判所の判断

争点(1)について。


裁判所は次のように述べて,液滴法プログラムの著作物性を認めた。

Xプログラムで用いられているVBでプログラミングを行う際,変数,引数,関数及び定数などの名称は作成者が自由に決めることができ,名称の如何によりコンパイル後のオブジェクトコードに差異は生じないから,異なる名称を付した場合であっても,電子計算機に対して同様の指令を行うことができる。また,同様の処理をサブルーティン化するかどうかを選択することができるほか,変数を配列化したり,変数の参照をパラメータや関数としたりすることが可能であるし,繰り返し処理を行う場合のループ文の種類は「For 〜 Next」,「Do 〜 Loop」等複数あり,条件判断を行う場合にも「If」文や「Select Case」文により行うことができ,どのような関数を用いるかを選択することができるなど,同一内容の指令についてのソースコードの記載の仕方や順序には,一定の制約の下で,ある程度の多様性がある。

(略)

上記(1)認定の事実によれば,θ/2法や接線法により液滴の接触角を計測するというXプログラムの目的のためには,名称や関数等の定義や関数等の種類や内容,変数等への値の引渡しの方法,サブルーティン化の有無やステップ記載の順序等において多様な記載方法があるところ,X接触角計算(液滴法)プログラムのソースコードは,上記の目的を達成するために工夫を凝らして2000行を超える分量で作成されたものであると認められる。

そうすると,X接触角計算(液滴法)プログラムは,全体として創作性を有するものということができるから,プログラムの著作物であると認められる。

Yから,単なるアイデアや解法の問題に過ぎないという反論が出されたが,この点については次のように退けている。

閾値を求め,液滴を検出し,端点を検出等した後にθ/2法等による接触角計算を行うといった接触角計算のために必要な処理の流れに関する思想はアイデアないし解法であるというべきであるとしても,これを実現するためのプログラム(ソースコード)の具体的な記載において,別の記載方法を採用する,すなわち表現方法に選択の余地があるということは,まさに表現の幅の問題であって,これがアイデアや解法の問題であるということはできない。Yらの上記主張は,採用することができない。


争点(2)について

Yのプログラムは旧バージョンと新バージョンがあり,それぞれについて検討された。


まず,旧バージョンについて,少々長いが引用する。

Y旧接触角計算(液滴法)プログラムのソースコードを,θ/2法及び接線法による接触角計算のための主要な部分である本件対象部分についてX接触角計算(液滴法)プログラムのソースコードと対比すると,それぞれの番号(1)ないし(16)のプログラムが,ほぼ同様の機能を有するものとして1対1に対応し,各プログラム内のブロック(ソースコード対照表1における「F1」,「I1」など)が機能的にも順番的にも,ほぼ1対1に対応している。

(略)

Y旧接触角計算(液滴法)プログラムの本件対象部分に対応する部分のソースコードの約44%(ソースコード対照表1の黄色部分)がX接触角計算(液滴法)プログラムにおけるそれと完全に一致し,約42%(ソースコード対照表1のオレンジ色部分)が変数,関数又は定数の名称の相違,引数が付加されているなど引数の数の相違,変数が配列化されているか否か,配列の参照が関数化されているか否か,条件判断に用いられているのが「If」文か「Select Case」文かといった相違がある。また,各行の記載の順序は,同一か類似する部分が非常に多い。

例えば,ソースコード対照表1の【別添10−2】(「(3) 針先検出」プログラム)について見ると,引数や変数の名称18個のうち13個は全く同一であり,Y旧接触角計算(液滴法)プログラムにおいて加えられた引数1個(device_num As Long)以外は類似し,定義の順番も似通っているなど,引数や変数の名称や定義の順番において同一又は類似する点が多い上,Xのプログラムでは,変数定義ブロック「F2」において,ループカウンタ「i」のデータ型が「Long」型で指定されているが,ループを用いる針先座標検出ブロック「F4」ではループ回数の最大値が小さいため,メモリー効率を考慮すると「Integer」型を利用するのがむしろ通常であるのに,Yのプログラムでも同様となっている。また,針先座標検出ブロック(F4及びI4)において,「If」文,「Select Case」文,「For 〜 Next」文,「Do 〜 Loop」文などの内容や順序が同一又は酷似しているほか,「Do 〜 Loop」文内の「For 〜 Next」文や「If」文の内容や順序も同一又は酷似している。さらに,上記ブロックにおける●(省略)●Y旧接触角計算(液滴法)プログラムにおいてもこれと全く同様に割り振られている。

Y旧バージョンは,Xプログラムの主たる担当者であったYaが中心となって,YaのX退職後の平成21年9月頃から同年10月20日までの間に,Xプログラムを参考にして作成し(i2win ver1.0.0),同月26日以降には販売が開始され,その後,改良版(ver1.1.0及びver1.2.0)が作成された。

上記(1)認定の事実によれば,Y旧バージョン中,Y旧接触角計算(液滴法)プログラムの本件対象部分に対応する部分は,ソースコードの記載の大半において,記載内容や記載の順序が非常に類似して実質的に同一性を有するものであるところ,これは,X接触角計算(液滴法)プログラムの本件対象部分に依拠してYaが主に担当して作成したものであること,そして,上記実質的同一性を有する部分には個性が表出された創作性を有する箇所が含まれることが認められる。そうであるから,Y旧接触角計算(液滴法)プログラムの本件対象部分に対応する部分は,X接触角計算(液滴法)プログラムを複製又は翻案したものと認められる。

このように,具体的にソースコードを対比して,共通部分が多いことが認定された。特に不自然な共通部分があると依拠性や実質的同一性が認められやすい。


新バージョンについては,旧バージョンと異なり,著作権侵害を認めていない。

X接触角計算(液滴法)プログラムとY新接触角計算(液滴法)プログラムとでは,ソースコードの記載の方法,内容及び順序等がかなり異なり,ソースコードの記載が類似する部分は,いずれも十数行と比較的短く,単純な計算を行う3箇所に限定されるから,両者のソースコードの記載に実質的同一性があると認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。

Xは,両者のプログラムの構造ないし枠組みが類似するとか,表現の基本的な筋に変更がないとか,各ブロックが1対1に対応するなどと主張するが,これは概括的な処理の流れである解法の類似性を述べるものに過ぎず,直ちに両者の表現自体の同一性を根拠付けるものとはいえない。


争点(3)について

Xプログラムのソースコードの秘密管理性については,次のような事実が認定された。

  • Xプログラムの旧バージョンは共有フォルダに格納されていたこと
  • 社外の者が入れるショールーム内に設置したPCからguestアカウントでもアクセスすることができたこと
  • 途中で研究開発部の者のみがアクセスできるように制限がかけられたが接続ログは数十件程度しか保存していなかったこと


Xのアルゴリズムについては,

  • CONFIDENTIAL等の表示があるハンドブックに記載されていたが,当該ハンドブックの記載の中には,製品取扱説明書に記載された内容も含まれており,どの部分が秘密にあたるのかが特定されていなかったこと

などを理由として,営業秘密該当性はいずれも否定された。


争点(4)について

本件は,プログラム単体で販売されるものではなく,プログラムが搭載された機器が販売されるという事案であった。裁判所は,XプログラムのX製品における寄与度は30%と認定した。


さらに,問題となったのは,Xプログラム全体の約17万行のうち,液滴法部分の約2000行であるものの,その部分が中枢をなす重要なプログラムであるとして,Xプログラム中の対象部分の寄与度は70%とした。


Y製品の販売額,利益の額等は,制限がかけられているため明らかではないが,全体の認容額から弁護士費用相当額等を控除すると,著作権侵害に基づく損害賠償の額として約150万円程度が認容された。

若干のコメント

プログラムの著作権侵害事件を繰り返し紹介していますが,ソースコードの対比が行われないと侵害の有無が判断できません。本件では,X,Yそれぞれのプログラムを同一の開発者が開発したという事例であって,さらに,重複,共通部分が多岐にわたるということで旧バージョンについて侵害を認めました。しかし,逆にいえば,機能や解法が共通していても,記載方法を変更した新バージョンについては著作権の観点からは非侵害という判断になっています。


解法,アルゴリズムは,特許あるいは営業秘密で保護することになりますが,本件ではソースコードについて十分なアクセス制限がかけられていないとして秘密管理性が否定されました。


損害額の算定においては,侵害者が侵害行為によって作成された物を譲渡した場合,その数量に著作権者の単位数量当たりの利益額を乗じた額が損害と推定されますが(著作権法114条1項),本件では,測定機器の販売であるため,機器の利益額を直接損害額に用いることはできず,プログラムの寄与度(30%)を乗じ,さらには,機器に搭載されたプログラムのうち,本件対象部分(液滴法により角度を算定する部分)の寄与度を70%として算定しています。

*1:液体の面が固定面に接触する角度を測定するプログラム。接触角は液体の”弾きやすさ”の指標値となる。