IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

出来高割合による報酬請求の認定 東京地判平26.9.11(平23ワ1742)

開発が途中で停止したことの責任の所在と,その時点までの出来高の評価が問題となった事例。

事案の概要

Yは,Xに対し,平成22年1月15日にソフトウェア(本件プログラム)の開発を委託した。その条件は,契約金額304万5000円,納期(Yによる受入テスト開始日)を平成22年3月15日とするものであった(本件契約)。


本件プログラムは,Yの顧客であるZ向けのライフプラン支援ソフトウェアであり,「必要保障額算出」「生涯生活設計シミュレーション」「退職金シミュレーション」「年金シミュレーション」の4機能から構成されており,年齢,収入,家族構成等を入力すると,必要な結果をアウトプットするという仕様になっていた。


その後,YとXは,本件契約の納期を変更する旨の合意が締結された(本件覚書)。いったんは同年3月9日に仕様がほぼ確定したが,その後も,YからXに対して変更の指示が出るなどして,作業が遅延し,XからYに対して「当初予定の倍の工数がかかる」「請負代金額の追加」などを通知した。Yは,4月30日に,5月6日までに納品することを強く求めたが,Xはこれを拒絶し,リスケジュールが必要であることなどを主張した。結局, XY間で定められた時点までに本件プログラムは完成せず, 4月30日を以ってXは制作作業を中止した。Yはその後,Xが遺した成果物を補充,修正して,本件プログラムの制作作業を継続し,同年5月19日にZに納品した。


さらに,Yが納品した本件プログラムにはバグがあったことから,YはZに対し,その対応のための費用として665万5691円を支払った。


Xは,Yに対し,主位的請求として,Yの責めに帰すべき事由によりXの債務が履行不能になったとして,民法536条2項に基づいて692万1857円の請負代金を請求し,予備的請求として,信義則に基づいて出来高相当額又は損害賠償金401万4214円を請求し,Yは,反訴として,Xの債務不履行によって損害を被ったとして,665万5691円の賠償を求めた。

ここで取り上げる争点

(1)本訴主位的請求:民法536条2項に基づく報酬請求の当否
(2)本訴予備的請求:信義則に基づく報酬請求の当否とその額
(3)反訴:Yによる損害賠償請求の可否

裁判所の判断

争点(1)民法536条2項に基づく報酬請求の当否

Xの主張は,4月30日に制作作業を中止した時点で,履行不能になったというものであるが,裁判所は,同日までに本件プログラムを完成させてYに引き渡さなければ契約をした目的を達することができないとは認めがたいとし,その時点では履行不能になっていないとした。


制作作業が中止されたことについての帰責性については,裁判所は次のように述べた。

(2)ア Yは,本件成果物を補充,修正して本件プログラムを完成させてZに納品したが,本来Xが行うべき作業を被告が行うことになったのは,XY間で合意された納期である4月30日になっても本件プログラムが未完成で,完成させるには相当期間を要する状況にあったのに,Xが同日をもって本件プログラムの制作作業を中止して,その後しばらくの間連絡も絶ってしまい,Zとの間で合意された納期である5月8日に間に合わせるためには,Y自身が本件成果物を補充,修正して本件プログラムを完成させるほかない状態に陥ったことにある。このことに鑑みれば,本件契約に基づくXの債務の履行不能が,Yの責めに帰すべき事由によるものであるとは認められないというべきである。

イ  Xは,Yが,仕様変更を繰り返し,4月9日に最終仕様として計算仕様を出したが,その後も仕様変更を繰り返していながら,Zに対して抜本的なリスケジュールの申入れをすることもせず,また,納期直前に本件チェックシートの修正を行うなど,Xに協力しなかったと主張する。
 しかしながら,Yが3月9日にXから送信された詳細設計書に添削,修正を加えたもので本件プログラムの具体的な仕様はほぼ確定し,その後,変更等はされたものの,Xは,4月1日時点で全体の進捗具合が3ないし4日程度遅れていると認識していたに過ぎない。同月9日にはYからXに計算仕様が送付されて従前不明確であった仕様が明確化されたり,変更が加えられたりし,同月16日には画面処理におけるデータの保存方法等の変更がされたが,X代表者尋問の結果に照らすと,Xはこれらの変更等には何とか対応していたことが窺われる。(略)4月30日までに本件プログラムが完成しなかったことが,ひとえにYの仕様変更等によるとは断じ難い。また,YがZに対して抜本的なリスケジュールの申入れをしたとは認め難いが,それを行わないと4月30日の時点でその後の作業が行えなくなるというものでもない。さらに,本件チェックシートの修正があったとしても,Xは,本件チェックシートの中の計算式を実装しているわけではなく,これを見やすさの点で参考にしていたにとどまっていたというのである。

 そうすると,Yがこれらの仕様変更等を繰り返し,Zに対して抜本的なリスケジュールの申入れをすることもせず,また,本件チェックシートの修正を行ったからといって,Xが4月30日の時点で本件プログラムの制作作業を中止したことがやむを得なかったとは認め難く,これらの点が,本件債務の履行不能についてのYの帰責性を基礎付けるということはできない。Xの上記主張は,採用することができない。

以上のように,制作作業が中止された原因は,Yによる仕様変更によるとも言えないとして,主位的請求については退けられた。


争点(2)信義則に基づく報酬請求

上記のように主位的請求については退けられたが,裁判所は次のように述べて,信義則に基づく出来高報酬請求を認めた。

本件プログラムの制作作業工程は,(1) システム分析(実装方法検討),(2) 概要設計,(3) 詳細設計,(4) 製造・テスト,(5) 結合テストに分けられており,また,証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件プログラムは多数のプログラムの集合体であると認められるから,本件契約に基づきXが行うべき業務の内容は可分であるといえる。また,Yは,本件成果物を利用して本件プログラムを完成させて訴外会社に納品したのであるから,Yは,本件成果物により利益を有するということができる。そして,出来高分の報酬を請求することが相当でないとする特段の事情は窺えないから,信義則上,Xは,Yに対し,本件プログラムの出来高分の報酬を請求することができると解するのが相当である。


その報酬の額は,本件契約当時の代金である304万5000円に対する出来高の割合とするとして(追加工数による増額については認められていない。),作業工程ごとに完成度を認定し,その割合に基づいて159万2667円と認定された。


争点(3)バグによる損害賠償請求

本件は,Xが途中まで開発した本件プログラムをYが完成させてZに納入した後にバグが発覚したという経緯がある。この点について裁判所は,本件バグが残ったとしてもXに責任はないと述べた。

本件成果物は,全体として未完成であり,Xが制作した部分についてもバグの有無等について十分なテストを行う必要があって,Yもこのことを認識していたことは明らかである。そして,本件バグの発見が困難であったことを認めるに足りる証拠はないから,Yは,最終的なテストを行っていながら,本件バグを見逃したものといわざるを得ない。

そうすると,Yが完成させた本件プログラムに本件バグが残ったのは,専らYの行ったテストが不十分であったためであるから,本件バグにより訴外会社がこれを修正したCD−ROMを新たに焼き直す必要が生じ,これに関してYが出捐をしたとしても,Xがこのことについて本件契約上の責任を負うべきであるということはできない。

若干のコメント

システム開発請負契約において「信義則による報酬請求」という論理で一部の報酬請求が認められたのは珍しい事例だと思います。建築工事等の請負報酬請求の場合には,出来高割合に応じた報酬請求が認められるケースがありますが,システムの場合は,一般的に途中から別の事業者が作業の続きを行って完成させるということが難しく,仕掛品が無駄になることが多いため,出来高割合に応じた報酬が認められにくいという事情があります。


本件では,Xが下請け,Yが元請けという関係であり,Xが途中まで制作したプログラムを,Yが完成させたという事情があったことから,出来高割合に応じた報酬請求が認められました。したがって,一般に,途中で開発がストップした場合において出来高割合で報酬請求ができるわけではないことに留意しなければなりません。


また,本件の経過を見ると,仕様に関する指示が間断なく続き,そのため開発ボリュームが膨らんだり,手戻りが生じたりということが垣間見えますが,そのような事情があったとしても,Y(発注者)の責めに帰すべき事情により履行不能になったとまでは認められておらず,Xによる追加工数分の報酬が認められていません。受託会社からみると,追加請求に対する仕切りのむずかしさを感じる事例です。