IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

グーグルストリートビュー控訴審 福岡高判平24.7.13判時2234-44

自宅のベランダに干してあった洗濯物が撮影され,グーグルストリートビューで配信されたことについてプライバシー侵害の成立が争われた事例。

事案の概要

Xは,自宅のベランダ居室画像(干してあった下着を含む洗濯物が写り込んでいた)が撮影され,グーグルストリートビュー上で,公開・配信した行為は,プライバシー侵害にあたるなどとして,Y(グーグル日本法人)に対し,慰謝料,通院費用等の賠償を求めた。


原審(福岡地判平23.3.16(平22ワ4971号)は,権利侵害がないとしてXの請求を棄却したため,Yが控訴した。

ここで取り上げる争点

(1)撮影行為の違法性
(2)公表行為の違法性
(3)個人情報保護法違反の有無

裁判所の判断

争点(1)撮影行為の違法性について

裁判所は,配信・公表する行為だけでなく,撮影・保存する行為も場合によって不法行為になり得るということを述べた。

一般に、他人に知られたくない私的事項をみだりに公表されない権利・利益や私生活の平穏を享受する権利・利益については、プライバシー権として法的保護が与えられ、その違法な侵害に対しては損害賠償等を請求し得るところ、社会に生起するプライバシー侵害の態様は多様であって、出版物等の公表行為のみならず、私生活の平穏に対する侵入行為として、のぞき見、盗聴、写真撮影、私生活への干渉行為なども問題となり得る。

写真ないし画像の撮影行為については、被撮影者の承諾なく容ぼう・姿態が撮影される場合には肖像権侵害として類型的に捉えられるが、さらに、容ぼう・姿態以外の私的事項についても、その撮影行為により私生活上の平穏の利益が侵され、違法と評価されるものであれば、プライバシー侵害として不法行為を構成し、法的な救済の対象とされると解される。プライバシーを人格権の一つとして保護する趣旨は、人が私的な空間・時間において、社会から解放されて自由な生活を営むという利益を法的に保護することであるが、容ぼう・姿態以外であっても、人におよそ知られることが想定されていない私的な営みに関する私的事項が、他人からみだりに撮影されることになれば、私生活において安心して行動することができなくなり、実際に撮影された場合には、単に目視されるのとは異なり、その私的事項に関する情報が写真・画像として残ることにより、他人が客観的にそれを認識できる状況が半永続的に作出されてしまうのであり、そのために精神的苦痛を受けることもあり得る。そうであれば、容ぼう・姿態以外の私的事項に対する撮影も、プライバシーを侵害する行為として、法的な保護の対象となる。ただし、写真や画像の撮影行為に対する制約にも制限があり、当該撮影行為が違法となるか否かの判断においては、被撮影者の私生活上の平穏の利益の侵害が、社会生活上受忍の限度を超えるものといえるかどうかが判断基準とされるべきであると解される(肖像権の場合に関し、最高裁平成一七年一一月一〇日第一小法廷判決・民集五九巻九号二四二八頁参照)。

少々長く引用したが,容ぼう,姿態以外であっても,「人におよそ知られることが想定されていない」私的事項がみだりに撮影されることはプライバシー侵害になり得るとした。


ただし,裁判所は,次のように述べて本件では,撮影行為について不法行為は成立しないとした。

本件画像上には、本件居室のベランダが写っているが、画像全体の構成としては、手前に平屋建ての建物等があり、その奥にアパート建物があり、本件居室はアパート建物の一部として、撮影地点から相当離れたところに見えるにすぎず、ベランダの手すりに布様のものが掛けてあることは分かるが、それが具体的に何であるかは判別できない。ベランダの手すり以外のところに、物干しやハンガー等に吊られている洗濯物等もなく、ベランダ全体を見ても下着が干してあることまでは分からない。本件画像には人物、表札や看板など個人名やアパート名が分かるものは写っていない。

以上に照らせば、本件画像は、本件居室やベランダの様子を特段に撮影対象としたものではなく、公道から周囲全体を撮影した際に画像に写り込んだものであるところ、本件居室のベランダは公道から奥にあり、画像全体に占めるベランダの画像の割合は小さく、そこに掛けられている物については判然としないのであるから、一般人を基準とした場合には、この画像を撮影されたことにより私生活の平穏が侵害されたとは認められないといわざるを得ない。一般に公道において写真・画像を撮影する際には、周囲の様々な物が写ってしまうため、私的事項が写真・画像に写り込むことも十分あり得るところであるが、そのことも一定程度は社会的に容認されていると解される。本件の場合は、ベランダに掛けられている物が具体的に何であるのか判然としないのであるから、たとえこれが下着であったとしても、上記の事情に照らせば、本件に関しては被撮影者の受忍限度の範囲内であるといわなければならない。

すなわち,画像全体に写り込んでいる内容が判然としないから,「一般人を基準とした場合」には,私生活の平穏が侵害されたとは認められない,とした。


争点(2)公表行為の違法性について

公表行為の違法性は,いわゆる長良川リンチ殺人事件報道訴訟の最高裁判決(最判平15.3.14民集57-3-229)を挙げて「公表されない法的利益とこれを公表する理由とを比較考量して判断すべき」とした上で,

本件画像においてはベランダに掛けられた物が何であるのか判然としないのであり、本件画像に不当に注意を向けさせるような方法で公表されたものではなく、公表された本件画像からは、Xのプライバシーとしての権利又は法的に保護すべき利益の侵害があったとは認められない。したがって、その他の事情を検討するまでもなく、本件公表行為についても不法行為は成立しない。

そもそも比較すべき法的利益の侵害はないとした。


争点(3)個人情報保護法違反について

Xは,利用目的の通知・公表義務(同法18条1項),第三者提供におけるオプトアウト(同法23条2項)に違反すると主張していたが,個人情報保護法違反と不法行為の関係以前に,裁判所は,撮影された画像が個人情報には該当しないとした。

そもそも、個人情報保護法上の個人情報とは、特定の個人を識別することができるもの(同法二条一項)であり、本件画像には特定の個人を識別することができるものはなく、インターネット検索で住所検索とストリートビューの画像が関連付けられるとしても、それだけではX個人を識別することはできないので、個人情報に該当しないと解される。そうであれば、個人情報を含む情報のデータベースであるところの個人情報データベースや個人データにも該当しない。

以上より,Xの請求を棄却した原判決を相当として,控訴を棄却した。

若干のコメント

裁判所は,公表された画像からはベランダに掛けられたものが判然としないから,などと述べて撮影行為,公表行為の違法性を否定しました。しかし,本件では,顔,容ぼう以外の私的事項であっても,プライバシーとして保護されうることに加えて,公表する前段階の収集段階でもプライバシー侵害になり得るということを述べました。


また,これはプライバシー侵害の判断基準が,「一般人を基準として」いるものであることは,過去の裁判例の延長上にあるものです。特別にセンシティブな人がいたからといって,直ちにプライバシー侵害になるというものではありません。


平成26年には,NICTによる駅における通行人の撮影行為の適否が問題となりました*1。撮影の内容,態様によっては,プライバシー侵害となり得ることに留意する必要があるでしょう。