字幕制作・編集ソフトウェアに関するプログラムの著作権侵害が争われた事件において,複製等を一定程度推認させる事情を認めつつも侵害を否定した例。
事案の概要
Yが製造・販売する字幕制作・編集用ソフトウェア(Yソフトウェア)が,Xの著作物であるプログラム(字幕制作用ソフトウェアとしては業界標準となっているもの)を複製又は翻案したものであるとして,著作権法に基づいて差止等を求めた事案。
Xの元従業員が,Yソフトウェアの開発にも従事していた。
Xは,2度にわたってYソフトウェアのソースプログラム等を対象とする証拠申立をし,証拠保全決定を受けて,Yの事務所において証拠保全手続が実施された。
ここで取り上げる争点
Yソフトウェアのプログラムは,Xのプログラムを複製又は翻案したものであるか
裁判所の判断
Yソフトウェアの一部を構成する「Template.mdb」*1についてはXプログラムから複製されていたことについては争いがなかった。
プログラムに著作物性があるというためには,指令の表現自体,その指令の表現の組合せ,その表現順序からなるプログラム全体に選択の幅があり,かつ,それがありふれた表現ではなく,作成者の個性が表れたものである必要があるところ,Template.mdbは定義ファイルである(争いのない事実)から通常の情報処理用のプログラムに比較して著作
物性に疑問の余地があり得るといえ,かつその具体的な記述についての立証はないのであるから,同ファイル自体につきプログラムの著作物性を認めることもできない。したがって,Yが,XプログラムのTemplate.mdbのファイルデータを複製したこと自体が著作権侵害に当たるとは認められない。ただし,かかる事実は,YプログラムがXプログラムを翻案したものであることを一定程度推認させるといえる
定義ファイルそのものの著作物性に疑問があり,それを複製していたとしても著作権侵害ではないとしつつ,プログラムについては著作権侵害を推認させるものだとした。また,これに加えて,エクセルファイルの処理の際に生じるエラーメッセージが共通することについても,複製又は翻案を一定程度推認させる事情であるとした。
ところが,
Xは,XプログラムとYプログラムは,その機能やユーザーインターフェイスが類似しているにもかかわらず,Yプログラムの開発期間は長くみても33ヶ月しかなく,またYプログラムの価格はXプログラムの価格の約3分の1と低廉であるのは不自然であると主張するが,
[1]両者の機能やユーザーインターフェイスには一定程度の相違点があると認められる
こと
[2]Xの主張するXプログラムとYプログラムの開発期間や価格に関する比較はその前提事実に疑問があること
[3]Xプログラム及びYプログラムがいずれも日本語の字幕制作ソフトウェアであり,Xプログラムが業界標準でありYプログラムが後発であること
[4]両者の制作には同じ技術者が携わっていること
等を踏まえれば,両者の機能やユーザーインターフェイスが不自然に類似しているとか,Yプログラムの開発期間や販売価格が不自然なほど短く低廉であるとは認められない。
として,これらの事情はYによる著作権侵害を推認させるものだとは言えないとしている。
かえって,Yの主張するとおり,
字幕表示のタイミングの取り方が,Xプログラムでは映像の開始時間を基準とするのに対し,Yプログラムでは絶対時間を基準としており,XプログラムとYプログラムとでは,字幕を映像に入れる基準ないし管理方法が異なると認められること,
XプログラムはC++というプログラム言語だけで組まれているが,YプログラムはC++とC#という二つのプログラム言語で組まれていること,
YプログラムはXプログラムと比較して平均3.96倍の速度でインポートとエクスポートを処理することができると認められること
という相違点があり,これらの違いは,字幕制作プログラムの全体の設計が異なる可能性があることを意味するから,YプログラムがXプログラムの表現上の本質的特徴を直接感得することができる著作物ではない可能性を示し,Xが主張する間接事実による推認を阻害する重要な間接事実であるといえる。
として,著作権侵害の推認を阻害する事情もあるとした。
さらには,Xは,証拠保全の際に,Yがプログラムの履歴管理をしておらず,検証対象物が存在しないと説明したことが,虚偽であって検証物提示命令に反する証明妨害があったと主張した。この点について,
一般的に,商用で顧客に供するソフトウェアを開発する場合,開発の過程で生じたソースプログラムのバージョン管理を行うことはXの主張するとおりであると考えられるが,前記第2の1前提事実(2)及び(4)のとおり,第2回証拠保全手続(平成25年5月17日)は,Yプログラムの販売開始(平成25年2月1日)から3,4ヶ月程度の時期に行われたから,当時はまだごく少数の顧客の意見や要望を聞きながら様々な箇所を修正・変更していた時期であって作業効率の観点から修正する都度履歴を残していなかった旨のYの主張及びこれに沿う上記指示説明の内容も直ちに不自然とはいえない。
さらに,Xは,YがVisualSourceSafeを使用していたことから,履歴管理がなされていたはずだと主張するが,Cが単独でVisualSourceSafeの利用環境にないパソコンを用いてYプログラムを開発したことがあったので履歴管理がなされていなかった部分があるというYの主張内容もあながち不合理とはいえない。
などとして,Yの説明が虚偽であるとの主張は採用されなかった。
結論として,以下のように述べてXの請求は棄却された。
以上によれば,Xの主張する間接事実のうち証拠上認められるものの一部(Template.mdbの複製の点,及びエクセルファイルをxlsx形式で処理する際のエラーメッセージの点)が,YがXプログラムを複製又は翻案したことを一定程度推認させるものであるとしても,前者は,Yプログラムに旧SSTとの互換性を持たせるために行われたことであり,後者は,Xプログラム及びYプログラムの開発につき同じ技術者が関与していることなどから説明できるものであり,これらの事実が直ちに両プログラム全体の表現の同一性ないし類似性を根拠付けるものとはいえない。かえって,XプログラムとYプログラムには,字幕を映像に入れる基準ないし管理方法の違い,プログラム言語の違い,インポートとエクスポートの処理速度の違いといった重要な相違点があり,これらの事実からは,YプログラムがXプログラムの表現形式上の本質的な特徴を直接感得することができる著作物ではない可能性が十分にあるといえる。
したがって,Xがその他るる主張する点も十分に考慮しても,YプログラムがXプログラムを複製又は翻案したものであると認めるには足りないというべきである。
若干のコメント
プログラムの著作物について著作権侵害を主張・立証するためには,機能の類似性や開発の経緯はあくまで間接事実でしかなく,他の著作物と同様に,具体的なソースコードの表現の類似性を主張しなければなりません。そのためには,被疑侵害者のソースコードの開示を受けなければならず,権利者である本件原告にとっては,証拠保全を申し立てたというところは適切であったと考えられます。
しかし,判決の限りでは,2度にわたる証拠保全では,Template.mdbが流用されていたという事実が確認されたにとどまり,Yソフトウェアのソースコードを検証することはできなかったようです。裁判所は,本訴中になされたXによる文書提出命令について「必要性が認められない上,Yプログラムのバージョン2.0.0.11のソースプログラムが存在すると認めるに足りる証拠もない」として却下したため,具体的主張,立証する機会を得ることができなかったと考えられます。
退職後の従業員らによって類似のソフトウェアを開発,販売したという事件は少なくないですが,著作権侵害によるほか,不正競争防止法に基づく請求(営業秘密の不正利用)が併用されることも少なくありません(例えば,東京地判平26.4.24*2など)。本件では,不正競争の点は主張されていませんでしたが,この場合でも,著作物性や複製・翻案の主張は不要になるものの,営業秘密該当性(特に秘密管理性)のほか,「使用」の事実の主張・立証のハードルは高く,そう簡単ではありません。