IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

アプリの未完成 東京地判平26.10.28(平24ワ35991)

スマホアプリが完成といえるために必要な機能は,どこまでなのかが争点となった事例。

事案の概要

アプリ開発会社Xが,Yから委託されたiPhone用アプリ(本件アプリ)を開発したが,Yから代金が支払われないとして,業務請負契約(本件契約)に基づく請負代金168万円の支払いを求めた。


これに対し,Yは反訴として,Xによる訴訟提起が不当訴訟であること,Xの仕事が納期に遅延したこと等による損害賠償合計約190万円の支払いを求めた。


本件アプリは,次のようなものだった。

本件アプリは,基本的に,個人の年収や貯蓄金額を他者と比べて勝ち負けを競うゲームであり,それに加えて,ユーザー間における貯蓄や年収のランキング表示がされるものであった。


他のユーザーとの対戦は,「ゲームを通じて,互いの収入を気軽に話題にできることを狙いとして」対面で対戦できるようにするため,通信手段にBluetoothを使うことを検討していた。しかし,アプリの審査基準が通らなかったことにより,インターネット通信での対戦とし,Appストアからリリースされた。

ここで取り上げる争点

(1)アプリは完成しているか
(2)Yに生じた損害の額

裁判所の判断

争点(1)について。

Bluetooth対戦は実現していないことには争いがないから,Bluetooth通信による対戦を可能にすることが合意の内容に含まれているかが問題となった。少々長く引用する。

Xは,Yに対し,本件アプリでの対戦に関し,インターネット通信とBluetooth通信とが併記された本件見積書を提出しており,少なくとも,Yの上記意向を否定するような態度には出ておらず,また,本件契約においても,本件アプリの対戦に関し,通信方法等については,Xにおいていくつか検討するとする一方,Bluetooth通信のみが例示として挙げられ,Bluetooth通信を本件アプリ上から起動するよう目指すことが合意されたものと認められる。

さらに,上記(1)の認定事実クによれば,本件契約が締結された頃,C(注:Xの担当者)から,Y代表者に対し,本件アプリでの対戦にBluetooth通信を用いる場合の懸念点等について指摘がされたものの,Y代表者は,Cに対し,そのような懸念点等を克服して,Bluetooth通信によることを強く希望する旨伝え,Cにおいても,少なくとも,それに対して強く反対するような態度を示していなかったことが認められる。

加えて,上記(1)の認定事実ケないしシによれば,本件契約締結後,Xが本件アプリの開発を進めている過程で,Yから,Xに対し,本件変更管理一覧表の送付により,本件契約において,インターネット通信の圏外においても対戦ができることや,Bluetooth通信による対戦ができることが合意されていたことを前提とする指摘がされ,また,インターネット通信の圏外で対戦可能なことが本件アプリの重要なポイントであったことを前提とするメールが送付されていると認められるものの,本件全証拠によっても,Xがそれらの前提を否定するような態度を示したという事実を認めることはできない。

しかも,上記(1)の認定事実セ,ソによれば,C自ら,Dに対し,YのXに対する依頼において,本件契約において,Bluetooth通信の実装が決め手となっていたことを前提とするメールを送信し,また,本件契約の報酬の請求においても,Bluetooth通信が本件契約の内容に含まれたことを前提とする減額を行っているものと認められる(略))。

(略)

以上によれば,本件契約において,インターネット通信の圏外で対戦するためのBluetooth通信等を実装することは合意されておらず,インターネット通信のみの実装で足りるとの合意がされていたとの証人Cの上記証言及び陳述書の記載を採用することはできず,他にXの主張を認めるに足りる証拠はない。

仕様に関する明確な合意はなかったようだが,Bluetooth通信を使った対戦によって,圏外でも対戦できるようにするという前提で話が進められていたことや,Bluetoothが実現しなかったことによってXから減額の提案があったこと等により,Bluetooth通信を実装することは合意内容になっていたとして,本件契約に基づく仕事の完成を否定した。


また,当事者間で定められた平成23年7月という納期が,Appストアの審査があること等により,拘束力を有するものであるかも問題となったが,裁判所はXの主張を排斥し,Xは債務の履行に遅滞したとした。

争点(2)について

Yによる不当訴訟の主張は退けたものの,Xの仕事が未完成であったことによってYに生じた損害賠償の額が争点となった。


裁判所は,サーバレンタル費用は,開発中から必要な費用であったから,相当因果関係なしとし,Yの人件費については,Xが自認した12万円の限度で認めた。


その結果,Xの本訴請求はすべて棄却,Yからの反訴請求は12万円のみが認容された。

若干のコメント

Bluetoothによる対戦機能は実装されなかったものの,本件アプリはAppストアから配信され,その旨がプレスリリースされたという事案において,「仕事が完成していない」として,Xからの代金請求が認められなかったのは,少々Xに酷であったように思えます。


裁判所は,Bluetoothによる対戦が必須の機能であると判断したために,その部分が実装されていなければ仕事の完成が否定されると判断したようです。


スマホアプリに限らず,ソフトウェアの開発においては,開発途中で仕様が変わることが珍しくなく,一部の機能が欠けていたからといって,必ずしも完成を否定することにはならないと考えられています。とはいえ,本件に倣えば「これがなければ意味がない」といえるコアな部分が欠けると完成を否定されるため,コア部分の明確な合意が求められるところです。