IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

情報漏えいと取締役の責任 東京地判平26.5.8(平25ワ12106)

リスティング広告の配信リポートの情報漏えいによって,会社及び取締役の責任が問題となった事例。

事案の概要

平成24年2月15日,Xは,広告・マーケティング会社(Y会社)との間で,リスティング広告の管理業務委託契約(本件契約)を締結した。本件契約には,秘密保持条項が含まれていた(内容は一般的なものであり,契約終了後5年間の存続条項があった。)。


Xは,本件契約に基づいて,Y会社に対し,これまで運用していたリスティング広告のキーワード,クリック数,表示回数,クリック率,クリック単価等の情報を提示した。本件契約は,同年7月17日に終了した。


Y会社は,平成25年1月4日に,メールサーバメンテナンスの際に,本件情報(リスティング広告の配信リポート)を含むデータがインターネット上で閲覧できる状況に置いた(本件情報流出行為)。


Xは,Y会社に対し,本件情報流出行為に対し,債務不履行に基づく損害賠償として約300万円を,Y会社の代表取締役Y2に対し,不法行為または会社法429条1項に基づく損害賠償として約300万円の支払いを求めた。

ここで取り上げる争点

(1)本件情報の秘密情報該当性と,債務不履行の存否
(2)損害の有無及び額

裁判所の判断

争点(1)について。


裁判所は,Xが直接交付した情報ではない本件情報について,秘密情報該当性を認めた。

Y会社は,本件委託契約に基づきリスティング広告を最適な状態で管理運営するために,Xから提示を受けた基礎情報を参考にしたものと認められ,本件情報が本件委託契約締結直後のリスティング広告の配信リポートであることに鑑みれば,本件情報には,基礎情報に含まれていたXの機密情報が相当程度反映されていると推測される。加えて,Y会社ないしY2の作成に係る経過報告書には,本件情報流出行為の対象となった情報にはXの機密保持が含まれていることが明記されていること,本件情報流出行為が発覚した後,Xにおいて,新たな広告手法の構築を検討していること総合的に考慮すれば,本件情報は,Y会社が本件契約に基づいて守秘義務を負うべき秘密情報に当たり,本件情報流出行為は,同契約に違反するものといわざるを得ない。


さらに,Y2についても,実際の担当者であったこと等を考慮して,漏えいの態様について詳細に論じることもなく「重大な過失」ありとした。

Y2は,Y会社の代表取締役であり,実際の業務担当者として,直接的に本件情報流出行為を行ったものである。本件情報流出行為の態様に照らせば,Y2には,Y会社の代表取締役の職務について,重大な過失があったものと認められる。


争点(2)について

リスティング広告に係る情報が漏えいした場合の損害額は認定が困難であるが,裁判所は次のように述べて,Xの請求額どおりの額(ただし弁護士費用については認めず)を本件情報流出行為による損害と認定した。

Xの同業者が,現実に本件情報を閲覧したのか,閲覧したとして,当該業者の広告手法にどの程度有利な影響を与えたかは明らかではない。

しかしながら,インターネット広告においては,些細とも思われる情報が,それまでの手法の優位性に影響を与え得ることは否定できず,少なくとも,Xが,これまでの手法を維持することによって効率的な集客をすることはできないと判断したことについて,合理的な理由がないということもできない。このような事情を考慮すれば,Xが,新たな広告手法を開発し,そのサイト管理のために支出を余儀なくされた費用について,本件情報流出行為による損害と認めることができる。

損害の具体的内容は,SEO初期費用と,情報サイトの管理費用1年分の合計278万2500円である。

若干のコメント

漏えいした情報の具体的内容は公開されている判決文からは明らかではありませんが,リスティング広告の運用,配信レポートであったようです。配信レポートは,Xから開示されたものではなく,Y会社が作成されたものですから,秘密保持条項に定める秘密情報の定義,

秘密情報とは,本件委託契約に関連して,XがY会社に対して開示した情報のうち,秘密であることが明示されたものをいう。

には,直接該当しませんが,委託開始直後の配信レポートは,XからY会社に対して開示した各種情報(これらが秘密情報に該当することは認定されている。)から「参考にした」ものと認められ,開示された情報が「相当程度反映されている」との推測を踏まえて,配信レポートも秘密情報であるとしました。


通常のNDA(秘密保持契約)では,本件のように一方当事者から他方当事者に対して開示した情報のみを秘密情報として定義し,契約関係に基づいて制作された成果物(設計書,報告書等)を明示的に対象にしていないことが多いと思われますので,秘密保持条項のドラフティングの際に注意するとよいでしょう(共同研究開発契約などでは対象にしている例が多い。)。


本件のもう1つの特徴は,代表者たる取締役の会社法429条1項に基づく責任を認めたことです。会社法429条1項は,会社法の中でも重要条文の一つで,第三者から会社の役員個人に対して責任を追及する際に登場する規定です。

役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。

ただし,取締役らが,事業上の判断ミス等によって取引先に損害を与えた場合に直ちに個人責任を負わされることは相当ではなく,「悪意又は重大な過失」が要件になって,実際に訴訟において責任を追及するにはハードルが高い規定です。


本件では,代表取締役Y2自身が,Xの担当として作業をしていたという事情もありましたが,「重大な過失」をどのような事実に基づいて認定したのかは明らかではありません。