IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

リレーショナルデータベースの著作権侵害 知財高判平28.1.19(平26ネ10038)

旅行業者向けシステムに含まれるリレーショナルデータベースの著作権侵害が争われた事例。

事案の概要

かつてXの従業員として働いていたYらが,退職後にY会社を設立し,旅行業者用システム(Yシステム)を開発,販売した。Xは,Yシステムに含まれる行程作成業務用データベース(YDB)は,Xが著作権を有するデータベース(XDB)を複製したものであるとして,Y会社に対して,複製・頒布等の差止を求めるとともに,Yらに対し,9億円余りの損害賠償を求めた。


XDBは,いわゆるリレーショナルデータベースであり,42個のマスターテーブルから構成され,そのフィールド数(項目数)は405個ある。


一審(東京地判平26.3.14(平21ワ16019)は,Yシステムのバージョンのうち,「新版」を除く部分について,データベースの著作物に関する著作権侵害を認めた。

ここで取り上げる争点

(1)著作権侵害の有無
(2)損害の額

裁判所の判断

争点(1)について


まず,XDBが,いわゆるリレーショナルデータベースであるところの認定から始まる。

XDBは,入力される個々の情報(データ)の集合体が,縦の列と横の行から構成される表であるテーブルに格納され,テーブルの縦の列は個々のデータの属性を表す「フィールド」に細分され,テーブルの横の行は,ユーザーが,最小単位の格納データとして検索等の操作をすることができる1件分のデータである「レコード」を構成し,複数のテーブル間に共通のフィールド(プライマリー・キー(主キー)等)を設定し,テーブル間を関連付けることにより,相互のテーブル内の他のフィールドに格納されている属性の異なるデータを抽出し,抽出したデータを統合・集計して検索することができる機能を有するいわゆるリレーショナルデータベースである。

そして,著作物性の規範へと続く。

著作権法12条の2第1項は,データベースで,その情報の選択又は体系的な構成によって創作性を有するものは,著作物として保護する旨規定しているところ,情報の選択又は体系的構成について選択の幅が存在し,特定のデータベースにおける情報の選択又は体系的構成に制作者の何らかの個性が表れていれば,その制作過程において制作者の思想又は感情が移入され,その思想又は感情を創作的に表現したものとして,当該データベースは情報の選択又は体系的構成によって創作性を有するものと認めてよいものと解される。

そして,リレーショナルデータベースにおける体系的構成の創作性を判断するに当たっては,データベースの体系的構成は,情報の集合物から特定の情報を効率的に検索することができるようにした論理構造であって,リレーショナルデータベースにおいては,テーブルの内容(種類及び数),各テーブルに存在するフィールド項目の内容(種類及び数),どのテーブルとどのテーブルをどのようなフィールド項目を用いてリレーション関係を持たせるかなどの複数のテーブル間の関連付け(リレーション)の態様等によって体系的構成が構築されていることを考慮する必要があるものと解される。また,リレーショナルデータベースにおいては,一般に,各テーブル内に格納されるデータの無駄な重複を減らし,検索効率を高めるために,フィールド項目に従属関係を設定して,新たなテーブルを設けたり,テーブル内に格納されているデータの更新を行う際にデータ間に不整合が起こらないようにするために,関連性の高いデータ群だけを別のテーブルに分離させるなどの正規化が行われており,その正規化の程度にも段階があることから,正規化がもたらす意義や正規化の程度についても考慮する必要があるものと解される。

上記のように,リレーショナルデータベースの特徴に踏み込んだ考慮がなされている。これまで「データベース」といえば,いわゆる住所録のような単純な表形式のデータが想定されていたが,本件におけるXDBのように多数のテーブルから構成されたデータの塊については,プライマリキーや,テーブルの従属関係,正規化の方法や程度についても体系的構成の創作性判断に考慮が必要であるとした。


続いて,データベースの複製・翻案とはどのような行為を言うのかということについて次のように述べる。

リレーショナルデータベースにおいては,データベースの一部分を分割して利用することが可能であり,また,テーブル又は各テーブル内のフィールドを追加したり,テーブル又はフィールドを削除した場合であっても,既存のデータベースの検索機能は当然に失われるものではなく,その検索のための体系的構成の全部又は一部が維持されていると評価できる場合があり得るものと解される。

以上を前提とすると,YDBがXDBを複製ないし翻案したものといえるかどうかについては,まず,YDBにおいて,XDBのテーブル,各テーブル内のフィールド及び格納されている具体的な情報(データ)と共通する部分があるかどうかを認定し,次に,その共通部分についてXDBは情報の選択又は体系的構成によって創作性を有するかどうかを判断し,さらに,創作性を有すると認められる場合には,YDBにおいてXDBの共通部分の情報の選択又は体系的構成の本質的な特徴を認識可能であるかどうかを判断し,認識可能な場合には,その本質的な特徴を直接感得することができるものといえるから,YDBは,XDBの共通部分を複製ないし翻案したものと認めることができるというべきである。

複製・翻案の認定方法は,抽象的なレベルにおいては他の著作物と同様であるが,テーブル,フィールド,具体的な値それぞれについて共通部分を検討するということを述べている。


問題となったYDBには,Yシステムのバージョンに応じて「当初版」「2006年版」「現行版」「新版」があった。


当初版と,2006年版については,XDBのテーブルと一致するYDBのテーブルのフィールド286個のうち,YDBのテーブルと一致するものが252個あることや,その共通部分について体系的構成がみられることなどを理由に,YDBにおける共通部分は,XDBの複製物であるとした。


また,「現行版」についても,原審同様に,著作権侵害が認められた。


結論が変更されたのは「新版」についてである。原審では体系的構成も変更されており,情報の選択にも変更が加えられているとして著作権侵害を否定した。しかし,本判決では,次のように述べて著作権侵害を認めた。

体系的構成について
  • XDBに存在する42個のテーブルと,YDBに存在する29個のテーブルのうち,20個は一致ないし実質的に一致すること(現行版からは3つ減っている)
  • XDBの全フィールドは405個,YDBの全フィールドは326個で,そのうち,129個は一致し,共通する20個のテーブルのフィールドと同一であること
  • 一致する20個のテーブルのプライマリキーは1つのテーブルの2つフィールドを除いてすべて同一であること
  • 一致するテーブル間のリレーションは5か所を除いて一致していること
  • XDBは代表道路地点の情報から出発地,経由地,目的地に面した道路に関するデータの検索を可能にするという構成,経路探索や料金の算出に必要なデータの検索を可能にするという構成(体系的構成)を有するが,YDBにもそのような体系的構成を有すること
  • XDBは,ホテル,旅館,観光施設に関する情報を検索することを可能にする構成を有するが,YDBには一部対応するテーブルがないものの,同様の体系的構成を有すること

以上の事実認定を踏まえて,

(XDBが有し,かつ,YDBにおいても維持されている)体系的構成は,XDBの制作者において,それまでのデータベースにはなかった設計思想に基づき構成したXDBの創作活動の成果であり,依然としてその部分のみでデータベースとして機能し得る膨大な規模の情報分類体系であると認められ,データベース制作者の個性が表現されたものということができる。

したがって,上記のとおりYDB(新版)と共通するXDBの部分については,データベースの体系的構成としての創作性を有するものと認められる。

そして,YDBには,XDBにはない,新たな体系的構成が加えられていると認めつつも,それによって他の体系的構成同一性が失われたものとはいえないとした。


Yは,旅行業者向けデータベースとして当然に必要不可欠なテーブルおよびフィールドであることを主張していたが,次のように述べて退けている。

しかしながら,XDBとYDB(新版)との共通部分に係る体系的構成[1]ないし[3]及び[5]については,旅行業者向けデータベースにおいて必要な構成であるということはできるものの,これを具体的に構成するに当たってどのような組合せのテーブルを設け,それぞれのテーブルにどのようなフィールドを設けるのか,どのフィールドにプライマリー・キーを定め,どのフィールドを用いてテーブル間にリレーションをとるのかなどに関しては,選択の幅があり,制作者の個性が表れるものであるから,少なくとも制作者の如何を問わず,XDBと全くあるいはほとんど同一の体系的構成になるとまでいうことはできない。したがって,個々のテーブルがそれ自体としては必要なテーブルであり,各テーブル内の個々のフィールドがそれ自体としては旅行業者向けデータベースとして必要不可欠な情報の項目を含むからといって,共通部分に係るテーブル,フィールド及びリレーションが全体として創作性を欠くということはできない。

情報の選択

情報の選択についても,共通部分について本質的特徴を直接感得できるとした。

YDB(新版)の「35地点マスタ」には,2万3213件のレコードが存在するところ,そのうち1万1872件については,XDBの「09地点名テーブル」のレコードと道路地点において一致すると認められる。

そうすると,少なくとも,XDBとYDB(新版)との共通部分である代表道路地点等の選別・選択については,XDBの制作者の創作活動の成果が表れており,その個性が表れているというべきである。

したがって,YDB(新版)と共通する上記XDBの部分については,データベースの情報の選択としての創作性を有するものと認めるのが相当である。(略)そして,YDB(新版)の「35地点マスタ」に存在するレコードのうち半分を超えるレコードが,XDBの「09地点名テーブル」に存在するレコードと道路地点において一致するのであるから,これらYDB(新版)がXDBと共通性を有する部分は,XDBの共通部分の情報の選択における本質的な特徴を直接感得することができるものというべきである。

以上より,新版についても,著作権侵害を認めた。


争点(2)損害の額について


XもYも競合するシステムの販売を行っていたことから,著作権法114条1項に基づく損害額の計算が行われた。Yシステムの譲渡数量が合計で397本であり,XDBに係る単位数量当たりの利益の額は,Xシステムの販売価格153万円に利益率60%と,寄与率50%を乗じて45万9000円と認定された。なお,同項但書の「販売することができない事情」は認められていない。よって,損害の額は,459,000円×397本=182,223,000円とされた(その他の損害も含めると,認定された損害の合計額は約2.1億円となった。)。

若干のコメント

もともと,データベースの著作物に関する裁判例は多くありません。その上,業務システム等で一般的に使用されているリレーショナルデータベースに関する裁判例は知る限り公になっていませんでした。本裁判例は,そういう意味で貴重な事例でしょう。


データベースの著作物として,法律上保護を受けるのは,「情報の選択」又は「体系的な構成」によって創作性を有することを必要とします(著作権法12条の2)。業務にかかるデータベースの構成は,必要となる項目や,項目間の関係が機能に由来するものになりがちで,一般論としては「体系的構成」や「情報の選択」に創作性を見出しがたいということになるでしょう。


本判決では,リレーショナルデータベースの特性を踏まえた上で,テーブルの切り出し方やフィールドの選択だけにとどまらず,プライマリーキーの設定,正規化の有無や程度,テーブル間のリレーションを「体系的構成」の創作性を検討するに当たって考慮したという点が特徴的です。


原審と,控訴審の判断の違いも微妙なところです。共通部分と相違部分の評価の微妙な違いによって結論が変わり得るため,まだまだ事例の蓄積が待たれるところです。