IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

ピクトグラムの利用許諾 大阪地判平27.9.24(平25ワ1074)

観光案内用のピクトグラムのライセンスに関し,デザイナと自治体との間で生じた紛争。

事案の概要

(経緯が複雑なため,簡略化する。下図も参照。)
Y2(都市センター)は,Z(デザイン研究所。後にXに統合。)との間で,デザイナP1がデザインしたピクトグラムをY1(大阪市)の案内表示,観光案内図等に使用することを目的として,観光案内図使用許諾契約(本件使用許諾契約。2本の使用許諾契約から構成されている。それぞれの締結日は平成12年3月31日,同年8月31日。)を締結した。


Y2は,Y1に対し,本件使用許諾契約に基づいて,本件ピクトグラム等の使用を許諾(再使用許諾)した。


使用許諾の期間については,本件使用許諾契約1には次のように定められていた。

第7条(有効期間)
本契約の有効期間は,平成12年3月31日から1年間とする。但し,期間満了の1ヶ月前までに甲乙いずれからも何らの申出のないときは,更に1年間延長されるものとし以後も同様とする。本件ローカルピクトグラムの使用権の有効期間を10年とし,その間ローカルピクトグラムの効果的な普及に努める。その後の継続については公的なローカルピクトグラムの性格から評価して,施設管理者の承認のもとで使用権を開放することを検討する。

使用権は10年だとしつつも,その後は「使用権を開放することを検討する」という玉虫色の表現であった。


Y1は,平成22年3月31日以降も,本件ピクトグラムを使用し,同年8月31日以降も案内図を継続して使用してきた。


平成23年5月以降,YらとP1との間で,使用許諾期間満了後の取扱いについて協議が行われたが整わず,Y1は,ピクトグラムと案内図の使用を中止すると決定したが,Xは,次のような請求を行った(下記以外にも多数の請求をしているが,割愛する。)。

  • Y2に対し,使用許諾契約の期間満了による原状回復義務として,使用許諾期間内に作成した本件ピクトグラムの撤去・抹消請求
  • Y1については,Y2から許諾を受けた者として民法613条(転借人の義務)を類推して,使用許諾期間内に作成した本件ピクトグラムの撤去・抹消請求
  • Yらに対し,使用許諾期間満了後に行われた本件ピクトグラムの複製行為について,著作権法112条1項に基づく本件ピクトグラムの抹消・消除請求
  • 上記の請求に関し,原状回復義務違反及び著作権侵害不法行為に基づく損害賠償請求


ここで問題となった「ピクトグラム」は次のようなものである(一部のみ)。


ここで取り上げる争点

(1)Y2に対する撤去・抹消義務
(2)Y1に対する撤去・抹消義務
(3)ピクトグラムが掲載された冊子の頒布及びホームページへの掲載と著作権侵害


本件訴訟には多くの争点があり,かつ,ここで取り上げてはいないが,地図(大阪市の地形を簡略化してデザインし,地下鉄の路線図を配置したもの)の著作物性と複製・翻案行為の有無も興味深い争点ではあるが,このエントリでは割愛する。

裁判所の判断

争点(1)(2)について。

まず,Zから使用許諾を受けていたY2の使用許諾期間満了後の撤去義務について争われた。10年の期間満了後は,上記のとおり「開放することを検討する」といった記載にとどまっており,10年で使用権は消滅するとし,その後の使用を可能にする規定はないとした。さらに,使用権の満了とともに,新たな複製を中止するだけでなく,期間中に展示されたピクトグラム等についても現状に復するという合意が含まれていたとした。


したがって,使用権が満了すれば,本件ピクトグラム等の抹消・消除義務が生じるとした。


さらには,Y2から使用許諾を受けていたY1に対しては,転借人の義務に関する613条*1を類推適用し,次のように述べてY2と同様の義務が生じるとした。

Y1は,Zの承諾の下に,Y2の使用権を前提に,本件ピクトグラム等の一種の再使用許諾を受けているものといえ,これは,賃貸人の承諾を受けて転貸借がされている状況と同様の状況にあるといえる。そして,民法613条の趣旨は,転貸借が適法に行われている場合に,目的物を現実に用益する転借人に対する直接請求権を認めることにより,賃貸人の地位を保護する点にあるが,再使用許諾関係の場合にも,本件ピクトグラムを現実に使用するのが再被許諾者であるY1である以上,同様の趣旨が妥当するというべきである。

ここまで認めた以上,この点に関するXの請求は認容されるかと思いきや,著作権がZからXに譲渡されることから,本件ピクトグラム著作権移転について対抗要件を備えていないXが権利行使できるかが問題となった。

本件各使用許諾契約における許諾者の義務は,許諾者からの権利不行使を主とするものであり,本件ピクトグラム著作権者が誰であるかによって履行方法が特に変わるものではないことからすれば,本件ピクトグラム著作権の譲渡と共に,被許諾者たるY2の承諾なくして本件各使用許諾契約の許諾者たる地位が有効に移転されたと認めるのが相当である(賃貸人たる地位の移転に関するものではあるが最高裁判所昭和46年4月23日判決・民集25巻3号388頁参照)。
しかし,著作物の使用許諾契約の許諾者たる地位の譲受人が,使用料の請求等,契約に基づく権利を積極的に行使する場合には,これを対抗関係というかは別として,賃貸人たる地位の移転の場合に必要となる権利保護要件としての登記と同様,著作権の登録を備えることが必要であると解される(賃貸人たる地位の移転に関するものではあるが最高裁判所昭和49年3月19日判決・民集28巻2号325頁参照)。

賃貸借,転貸借に関する上記各最高裁判例は,司法試験受験生であれば必ず学習するのだが,著作権の譲渡についても同趣旨が妥当するとされた。


Xは著作権の移転登録を受けていないことから,「権利保護要件」を欠くとして,この点についての請求が認められなかった。

争点(3)について。

Yらは,まず本件ピクトグラムの著作物性から争った。


裁判所は,ピクトグラムは「応用美術」の範囲に属するものであるとして次のように述べた。

本件ピクトグラムは,実在する施設をグラフィックデザインの技法で描き,これを,四隅を丸めた四角で囲い,下部に施設名を記載したものである。本件ピクトグラムは,これが掲載された観光案内図等を見る者に視覚的に対象施設を認識させることを目的に制作され,実際にも相当数の観光案内図等に記載されて実用に供されているものであるから,いわゆる応用美術の範囲に属するものであるといえる。
応用美術の著作物性については,種々の見解があるが,実用性を兼ねた美的創作物においても,「美術工芸品」は著作物に含むと定められており(著作権法2条2項),印刷用書体についても一定の場合には著作物性が肯定されていること(最高裁判所平成12年9月7日判決・民集54巻7号2481頁参照)からすれば,それが実用的機能を離れて美的鑑賞の対象となり得るような美的特性を備えている場合には,美術の著作物として保護の対象となると解するのが相当である。

本件ピクトグラムについてこれをみると(略),ピクトグラムというものが,指し示す対象の形状を使用して,その概念を理解させる記号(サインシンボル)である(甲15)以上,その実用的目的から,客観的に存在する対象施設の外観に依拠した図柄となることは必然であり,その意味で,創作性の幅は限定されるものである。しかし,それぞれの施設の特徴を拾い上げどこを強調するのか,そのためにもどの角度からみた施設を描くのか,また,
どの程度,どのように簡略化して描くのか,どこにどのような色を配するか等の美的表現において,実用的機能を離れた創作性の幅は十分に認められる。このような図柄としての美的表現において制作者の思想,個性が表現された結果,それ自体が実用的機能を離れて美的鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている場合には,その著作物性を肯定し得るものといえる。

裁判所は,問題となった19個のピクトグラムすべてについて著作物性を認めたが,例えば,海遊館について,次のように述べた。

海遊館は,複雑な構造の建築物であるが,左右対称となる角度からの建物を,上部左右の格子については,実際は透明と赤色であるのを色の境に青色斜め線を入れ,それ以外の格子を全て青色の線で囲んだ大きめの白抜きにしてこれを強調し,他の壁面部分については,海の
生物等の装飾を排し,青色に塗りつぶした面に,真中にある縦長の壁部分が分かる程度の白い線を入れて安定的な下部を表現している。このように,当該本件ピクトグラムは,海遊館の特徴を選択して様々な表現をしており,実用的機能を離れても,それ自体が美的鑑賞の対象となる美的特性を備えているといえる。

そして,ホームページへの冊子PDFファイルの掲載がXの著作権公衆送信権)侵害であることを認めた。また,争点(1)(2)で問題となった登録の有無については,著作権侵害する不法行為者に対しては,対抗要件は不要であるとして,損害賠償請求が可能であるとした。


しかし,著作権侵害によって生じた損害が,すでに支払われた解決金70万円を上回るものではないとして,損害賠償請求は認められなかった。


ここで取り上げた争点とは異なるが,Xの請求のうち認められたのは,Y1の依頼に基づいてXが実施した3つのピクトグラムの修正にかかる報酬である。無償による合意があったかどうかが争われたが,商法512条に基づく相当報酬額(合計約22万円)の請求のみであった。

若干のコメント

かなりボリュームのある判決文で,争点も多数あることから,すべてを紹介することはできませんでしたが,かなり興味深い判断がなされています。


ひとつは,著作権ライセンス契約のライセンサとしての地位を承継した者は,当該契約上の地位を主張するために権利保護要件としての著作権登録を必要とするとした点。確かに,賃貸借契約における賃貸人の地位は,不動産の登記が必要だとすることとのアナロジーからすると,その結論になるのですが,不動産登記と異なり,著作物の登録はほとんど実施されていないことからすると,著作物の権利譲渡,事業譲渡に伴う契約上の地位移転等における実務上の影響は少なくありません。


また,ピクトグラムは本文中に掲載した図のように,シンプルなデザインではありますが,だからといって著作物性を否定するのは困難であると思います。裁判所の判断も妥当でしょう。しかし,ピクトグラムについて「応用美術」の枠組みで,著作物性のハードルを高める必要があったのかどうかは疑問が残るところです。実務では,アイコンの著作物性について相談を受けることが多いです。本件ピクトグラムは,一般的なソフトウェア,アプリで使用されるアイコンと比べると複雑なもので,著作物性が認められやすいものだといえそうですが,本裁判例の判断手法はアイコンの著作物性の判断にも参考になるでしょう。


最後に,本件は,地図の著作物性,著作権侵害について判断した数少ない裁判例であり,観光案内図等の権利関係について,今後の実務にも影響を及ぼすものといえるでしょう。いつか別の機会に取り上げてみたいと思います。


なお,本判決に関するネット上の解説,コメントとして,企業法務戦士ブログ(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20151027/1445962556)も参考になります。

*1:613条1項第一文「賃借人が適法に賃借物を転貸したときは、転借人は、賃貸人に対して直接に義務を負う。」