IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

プログラム及びデータベース著作権侵害―否定 知財高判平28.3.23(平27ネ10102)

字幕制作用ソフトウェアの著作権侵害に関する東京地判平27.6.25控訴審。原審で請求を棄却されたXは,控訴審になって,MS Accessのデータベースに関する請求を追加してきた。

事案の概要

原審記載のとおりであり,高いシェアを有する字幕制作用ソフトウェアの著作権者Xが,元従業員が開発に関わったYのソフトウェア(Yソフトウェア)がプログラムの複製又は翻案したものであるとして,差止等を求めた。


原審では,ソースコードの対比が行われず,機能の類似性や,複製したことを推認させる間接事実の主張立証にとどまり,YプログラムがXプログラムを複製又は翻案したものとはいえないとされた。


Xは,Yプログラムに含まれるPlugDtm.dllというファイルが,Xプログラムに含まれるTemplate.mdb(MS Accessのファイル)の複製であるという請求を追加した。

ここで取り上げる争点

(1)(控訴審で追加された)Template.mdbの創作性
(2)プログラムの著作権侵害の有無

裁判所の判断

争点(1)について

Xは,Template.mdbはプログラム著作物又はデータベース著作物として創作性を有すると主張していた*1。判決文の認定によると,Template.mdbは,合計9個のテーブルに147個のフィールドが設定されており,文字データや各種設定情報を格納するための書式であった*2

Template.mdbをプログラムとして見た場合,それは,変数やテキストデータが格納されているにすぎないから,コンピュータに対する指令の組合せに個性が顕れる余地はほとんどなく,プログラムの著作物としての創作性を想定し難い。

また,Template.mdbをデータベースとして見ようとしても,それは,情報の項目が定められているだけであり,選択されて入力すべき情報それ自体が格納されていないから,コンピュータが検索できる情報の集合物を有していない。しかも,これら項目も,各テーブルに並列的に区分けされているだけであり,このテーブル間に何らかの関係があるわけでもない。したがって,Template.mdbをデータベースの著作物として観念することはできない(X自身,Template.mdbがデータベースに該当しないことを,原審では自認していた。)。

ということで,データの集まりとしてみればプログラムとしての要件を満たさず,データベースとしてみようとしても,データ自体が格納されていないので,データベースにも該当しないということで否定された。

争点(2)について

裁判所は,「単にプログラムが実現する機能や処理内容が共通するだけでは,複製又は翻案とならない。」という一般論に続いて次のように述べた。

本件においては,Xプログラム及びYプログラムのいずれについても,極めてわずかな部分を除いては,適式にソースコードが開示されておらず,それぞれのプログラムの具体的表現は不明というほかなく,Xプログラムの創作性のある具体的表現内容やこれに対応するYプログラムの具体的表現内容も不明である。もっとも,Xプログラムのソースコードは,約19万行と認められるから(弁論の全趣旨),その全部に創作性がないことは考えにくく,仮に,Yプログラムが,Xプログラムにおいて創作性を有する蓋然性の高い部分のコードの全部又は大多数をコピーして作成されたものといえる事情があるならば,Yプログラムは,Xプログラムを複製又は翻案したものと推認することができる。

そこで,「創作性を有する蓋然性の高い部分のコード」がコピーされている事情があるかという間接的な方向から検討が加えられた。


本件で検討されたのは,まとめると次のとおりである。

  • Template.mdbが複製されたという事情はあるが,データを定義する部分を除いてその余のプログラムが複製されたと推認される関係はない
  • xlsx形式で出力されるファイルにもxls拡張子が付いてしまうという事象が共通するが,当該事象からソースコードの特異な一致ということもできない
  • 縦書きピリオドを入力する場合の表示位置,字幕番号の採番方法や,特定操作によってハングアップすること等が共通するという事象があるが,設計事項であって,プログラムの機能や処理内容の共通性を示すものに過ぎないのであって,「非類似のプログラムの指令の組合せにより同じ機能や処理内容を有するプログラムを作成できる以上,これらの共通する事象が発生しているとしても,直ちにソースコードが共通していることを推認させるものではない」
  • 価格が著しく低廉で,開発期間も不自然に短いとしても,同じ技術者が関わっていることなどから,不自然なほど短くかつ低廉であるとは認められない
  • 開発言語にC++が用いられているとしても,ファイル数が異なっており,モジュール間構成自体が異なっている可能性が高い


以上の点から,YプログラムはXプログラムを複製又は翻案したものであるとは認められないとした。


そして,控訴は棄却され,新たな請求も棄却された。

若干のコメント

原審の結論が維持されていますが,3つほど興味深い点があります。


Template.mdbというファイルが複製されたことが,データベースの著作物の著作権侵害にあたるという主張が追加されました。しかし,このファイルは複数のテーブル定義から構成されているものの,中身の「具」にあたるデータがないことから,データベースの著作物として観念することはできないとしました。これはごく当然のように思われるものの,最近の知財高裁判例(知財高判28.1.19)では,多数のマスターテーブルの構成が共通するという事情から,体系的構成としての創作性を認めています(ただし,同事件は「具」の部分の共通性も認めています。)。データベースにおける「具」としてのデータは,必須の構成要素だともいえますが,創作性の要素である「体系的構成」には必ずしも「具」を必要としないため,構成が同一で,データが相違する二つのデータベースについて著作権侵害が生じえないのかどうかはもう少し考えてみたいところです。


また,プログラムの著作物の複製又は翻案の判断は,通常はソースコードの対比によって行うべきところ,本件ではそれが行われていませんでした。門前払いするかと思いきや,大量のコードがあったことから,それらがコピーされたとみられる事情があるか,という間接的な観点から複製等の有無が検討されました。ソースコードの対比ができない場合(特に相手方のソースコードが入手できない場合)には,このような手法もやむを得ないところですが,現実にどのような事情があれば複製まで認められるかは未知数です。


本件は,訴訟提起前に2度にわたる証拠保全が行われたことも特徴です。さらに,その途中で,Yが営業秘密に該当することを理由に開示しないと翻意し,担当裁判官が撮影済みのデータ削除を命じたものの,Xがそのデータを証拠として提出していたという事情がありました。裁判所は,

この撮影データを証拠として用いることは,証拠調手続における裁判官の指揮を無視するものであって,適正手続の観点からみて,許容できるところではない。
したがって,上記各証拠(甲71,94)は,採用しない。

として,証拠の採用を認めませんでした。

*1:MS-Accessのファイル形式であるmdbは,複数のテーブル定義から構成される。

*2:その具体的構成は,裁判所ウェブサイトの判決文別紙にある。