IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

仮想通貨(Bitcoin)の所有権 東京地判平27.8.5(平26ワ33320)

ビットコインのユーザが,取引所(正しくはその破産管財人)に対し,ビットコインの所有権は自己に帰属すると主張し,その引渡し等を求めた事件。

事案の概要

ビットコインの取引所を運営していたMTGOX(Z)が破産手続開始決定を受け,Yが破産管財人となった。Xは,ビットコインのユーザであるが,ビットコインはXが所有しているから,Zの破産財団を構成しないと主張し,破産法62条に基づく取戻し権に基づいてその引渡しを求めた。
(その他,不法行為に基づく約766万円の損害賠償も求めているが割愛する)

ここで取り上げる争点

ビットコインは所有権の客体となるか

Xは,次のような論理でもって所有権の客体になると主張していた。

所有権の客体となるのは「有体物」であるが,権利の客体としての性質を重視すれば,法律上の排他的な支配可能性があるものは「有体物」に該当する。ビットコインは,多数の電子計算機上に現実に存在する電磁的記録の一種であり,単に観念的存在ではなく,排他的な支配が可能であるから,有体物として民法85条の定める「物」に該当し,所有権の客体となる。

裁判所の判断

まず,所有権の客体になる要件として次のように述べた(少々長いが引用する。)。

(2)  所有権の客体となる要件について
ア 所有権は,法令の制限内において,自由にその所有物の使用,収益及び処分をする権利であるところ(民法206条),その客体である所有「物」は,民法85条において「有体物」であると定義されている。有体物とは,液体,気体及び固体といった空間の一部を占めるものを意味し,債権や著作権などの権利や自然力(電気,熱,光)のような無体物に対する概念であるから,民法は原則として,所有権を含む物権の客体(対象)を有体物に限定しているものである(なお,権利を対象とする権利質〔民法362条〕等民法には物権の客体を有体物とする原則に対する明文の例外規定があり,著作権特許権等特別法により排他的効力を有する権利が認められているが,これらにより民法の上記原則が変容しているとは解されない。)。
また,所有権の対象となるには,有体物であることのほかに,所有権が客体である「物」に対する他人の利用を排除することができる権利であることから排他的に支配可能であること(排他的支配可能性)が,個人の尊厳が法の基本原理であることから非人格性が,要件となると解される。

イ 原告は,所有権の客体となるのは「有体物」であるとはしているものの,法律上の排他的な支配可能性があるものは「有体物」に該当する旨の主張をする。原告のこの主張は,所有権の対象になるか否かの判断において,有体性の要件を考慮せず,排他的支配可能性の有無のみによって決するべきであると主張するものと解される。
このような考えによった場合,知的財産権等の排他的効力を有する権利も所有権の対象となることになり,「権利の所有権」という観念を承認することにもなるが,「権利を所有する」とは当該権利がある者に帰属していることを意味するに過ぎないのであり,物権と債権を峻別している民法の原則や同法85条の明文に反してまで「有体物」の概念を拡張する必要は認められない。したがって,上記のような帰結を招く原告の主張は採用できない。
また,原告は,法的保護に値する財産性を有すれば民法85条の「物」すなわち「有体物」に該当するとの趣旨の主張もするが,法的保護に値するものには有体物も無体物もあるから,法的保護に値するか否かは,民法85条の「物」に該当するか否かを画する基準にはならないというべきである。したがって,この主張も採用できない。

ウ 以上で述べたところからすれば,所有権の対象となるか否かについては,有体性及び排他的支配可能性(本件では,非人格性の要件は問題とならないので,以下においては省略する。)が認められるか否かにより判断すべきである。

続いて,上記の要件に照らしてビットコインについて検討した。

(3)  ビットコインについての検討
ア ビットコインは,「デジタル通貨(デジタル技術により創られたオルタナティヴ通貨)」あるいは「暗号学的通貨」であるとされており(甲7),本件取引所の利用規約においても,「インターネット上のコモディティ」とされていること(甲1),その仕組みや技術は専らインターネット上のネットワークを利用したものであること(甲7,乙1)からすると,ビットコインには空間の一部を占めるものという有体性がないことは明らかである。

イ また,証拠(甲7,乙1)及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められる。
(注:ビットコインの仕組みに関する事実認定のため,一部略)
このように,口座Aから口座Bへのビットコインの送付は,口座Aから口座Bに「送付されるビットコインを表象する電磁的記録」の送付により行われるのではなく,その実現には,送付の当事者以外の関与が必要である。
 (エ) 特定の参加者が作成し,管理するビットコインアドレスにおけるビットコインの有高(残量)は,ブロックチェーン上に記録されている同アドレスと関係するビットコインの全取引を差引計算した結果算出される数量であり,当該ビットコインアドレスに,有高に相当するビットコイン自体を表象する電磁的記録は存在しない。
上記のようなビットコインの仕組み,それに基づく特定のビットコインアドレスを作成し,その秘密鍵を管理する者が当該アドレスにおいてビットコインの残量を有していることの意味に照らせば,ビットコインアドレスの秘密鍵の管理者が,当該アドレスにおいて当該残量のビットコインを排他的に支配しているとは認められない。

ウ 上記で検討したところによれば,ビットコインが所有権の客体となるために必要な有体性及び排他的支配可能性を有するとは認められない。したがって,ビットコインは物権である所有権の客体とはならないというべきである。

と述べて所有権の客体にならないとし,取戻し権を行使できないとした。

若干のコメント

争点を見た時点で,結論は見えているのですが,ITビジネスにおいて,しばしばポイント,アイテム,仮想通貨,その他デジタルデータ等について,「所有者だ」との主張がなされることがあるため,取り上げました。


この判決は,いくつかのメディアでも報道されており,その内容によっては,「ビットコインは一切の法的保護を受けられないもの」というような印象を与えかねないものであったことから,「不正があっても法的保護は受けない」などと曲解するコメントも出ていました。


ちなみに,有体物であることが明らかな「現金」について,最判昭29.11.5では「占有者=所有者」であると述べています。

金銭は通常物としての個性を有せず、単なる価値そのものと考えるべきであり、価値は金銭の所在に随伴するものであるから、金銭の所有権は特段の事情のないかぎり金銭の占有の移転と共に移転するものと解すべきであって、金銭の占有が移転した以上、たとえ、その占有移転の原由たる契約が法律上無効であっても、その金銭の所有権は占有と同時に相手方に移転するのであって、ここに不当利得返還債権関係を生ずるに過ぎないものと解する