IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

請負・準委任の区別と追加報酬請求の可否 東京地判平28.4.20(平25ワ11770)

開発委託契約の性質(請負・準委任の区別)と,追加報酬請求の可否や範囲が問題となった事例。

事案の概要

ソフトウェア開発会社Xは,Yから,無線LANアクセスポイント(本件製品)用のソフトウェア(本件ソフトウェア)の開発を受託した。Yは,同時に,他の会社にハードウェアの製作や,技術提供を委託していた。Yはa社から本件製品の開発を委託されていた。XY間の取引には下請法が適用される。


Yは,Xに対し,平成23年4月,開発計画書を提示した。Xは,同月から,本件開発計画書に基づいて基本設計を行い,同年6月,Yに対し,見積書を提示した。当該見積書には,すでに実施した6月までの実績工数として42.24人月,7月以降の工数見積もりとして80.8人月,合計で123.04人月・報酬約9500万円となることが記載されていた。XとYは,当該見積について協議し,既存ソフトであるSDKの流用であるから試験工数が減らせるなどとして,見積工数を減らすとともに,本件ソフトウェアの開発一式の見積合計金額を7900万円(税抜)とする見積書を再提出した。


Yは,Xに対し,同年9月30日,第1回検収分(平成23年7月末分)として,約5075万円(税込)を支払った。その後,同年12月27日になって,本件ソフトウェアの開発を目的とし,報酬を7900万円とする契約(本件契約)が締結された。


Xは,Yに対し,機能確認試験・総合試験不具合対応等の工数が増加したとして,追加の見積を数度に渡って提示していた。


Xは,Yに対し,本件契約は準委任契約であって,追加の作業については報酬請求権が生じるとして,本件ソフトウェアの変更・追加に関する報酬(約950万円),総合試験に関する追加作業についての報酬(約5300万円)の合計約6300万円の支払いを求めた。

ここで取り上げる争点

(1)本件契約の性質
(2)追加報酬請求の可否
(2−a)本件ソフトウェアの設計・開発に関する追加報酬
(2−b)総合試験に関する追加報酬

裁判所の判断

争点(1)について,裁判所は契約にかかわる条件等の事情を考慮し,以下のように述べて,契約の性質は請負契約であったとした。

Xは、本件契約は、作業量に応じた報酬を支払う準委任契約であると主張する。しかし、本件契約書やXが提出した見積書には、単価や工数が記載されておらず、上記見積書(甲9)には「無線LANルータ開発 一式」と記載され、本件契約に係る作業期間中も、XからYに対し、作業時間の報告等もされていないことからすると、単に作業量によって報酬を決める準委任契約であるとは認められない。本件契約においては、報酬の支払が、成果物の検査合格(検収)という成果物の完成後とされ、Xは成果物に関する瑕疵担保責任を負うこと、Xが本件ソフトウェア開発により作成した成果物の著作権を有し、Yによる業務委託料の完済により、同著作権がYに移転するものと定められ、まずXが本件ソフトウェア開発における成果物の所有権を取得するとされていること等からすると、本件契約は、Yから受託された本件ソフトウェア開発における業務の完成を目的とする請負契約であったものと認めるのが相当である。


もっとも,請負契約であるからといって,仕様変更等によって追加された費用について請求を認めないという態度はとっていない(改行位置などは適宜修正して編集してある)。

もっとも、
(a)Y自身が、平成23年10月以降、追加の報酬を求めていたXに対し、見積明細を提示するよう求めたことが認められ、これは、Y自身、本件契約の範囲外の作業か否かを検討した上で、追加報酬を支払うか否かを決める方針を示していたこと、
(b)総合試験の対応工数が増加していた際に、a社担当者がXから契約範疇外であると言われたらどうするかとY担当者に聞き、Y担当者は、Xと話をする旨述べていること
等からすると、本件契約は、本件見積りを行った平成23年7月7日時点で、本件開発計画書及び同年6月6日に納品された基本設計書(以下「本件基本設計書」という。)に記載された範囲の業務の完成を請け負ったものであって、同時点以降、a社又はYが、上記範囲を超えて仕様の追加・変更があった場合には、本件見積りの範囲外であり、本件見積りの範囲外の作業については、その作業量に対応する相当な報酬を追加で支払う旨の黙示の合意があったと認めるのが相当である。


すなわち,追加請求に関するやり取りと,基本設計書の納品行為があったことにより,基本設計書納品後の仕様変更・作業範囲の変更については追加請求できるとした。


争点(2−a)については,Xは,基本設計書納品後にSDKが流用できないことが判明し,それによって追加の作業が発生したと主張したのに対し,Yは,それはXの調査義務の懈怠によるものだと主張していた。この点について裁判所は「本件基本設計書作成時に,本件SDKの流用可否について調査する義務を負っていたか」という論点を設定して次のように述べている。

ソフトウェア開発の基本設計を請け負った開発者は、発注者から、その開発を容易にする開発キット(本件SDK等)を用いて開発を行うよう指定された場合であっても、一般的には、発注者の要件定義を充たす設計とするため、当該開発キットのどの部分を流用することができるかを調査し、発注者の要件定義を満たす基本設計を作成する義務を負う場合が多いと思われる。
しかし、本件においては、YがSDKを用いた開発を多数行っていたのに対し、Xは本件プロジェクト前に一度SDKを用いた開発に参加したことがあるのみであって、本件SDKについての技術的優位性は、Yにあり、それをYも認識していたこと(証人C)、XがYからa社の要求仕様書を受領して基本設計書の作成に取りかかってから、当初設定されていた基本設計書の納期までは10日間しかなく、その短期間で、SDKを用いた開発経験がほぼないXが独力で本件SDKの流用の可否を判断するのは困難であったところ、YがXに対し、本件SDKの流用の可否に関する調査について、当初の提出期限までの間に、資料を提供するなどの支援をすることもなく、Xが本件SDKの流用の可否について、本件開発計画書どおりに記載した本件基本設計書を承認したことからすると、Yは、基本設計書の作成において、Xに対し、本件SDKの流用の可否について調査することを期待しておらず、Xにおいては、基本設計書を作成するに当たって、本件SDKの流用の可否を調査する義務はなかったものと解される。
加えて、Yは、本件基本設計書を承認した段階で、Xとの間で、本件基本設計書に本件SDKを流用する旨記載された部分については、Xの開発範囲から除くことを合意したものと認められ、本件基本設計書の承認後に、上記部分について流用ができないことが判明し、新規開発又は変更が必要となった場合には、それに係る作業は追加であると認めるのが相当である。

あくまで本件のように「発注者のほうが技術的優位性」を有していたという状況の下においては,どのようなツールを用いるのかを調査する義務は負わないと述べた。詳細は割愛するが,個々の作業に関する工数のうち,当初の範囲内であるか,追加であるかを分類し,追加として認定された47人日分(人月単価75万円)の限りで認められた。


争点(2−b)については,もともと総合試験・受入試験対応工数として14人月・1152万円とする見積が出されていたところ,実績は35.36人月であった。このような増加の原因のうち,不具合修正については,Xの「本件契約の範囲内の作業」であるが,SDKが利用できなかったことや,開発規模増加に伴うものであったことなどから,

上記実績工数のうち,少なくとも6割については,本件SDKを流用出来なかったことによる追加開発やその他の仕様の追加による開発規模の拡大や総合試験の管理が不十分であったことによる現場の混乱に伴い発生した追加作業と認める

とした。(35.36人月の60%に人月単価80万円を乗じた額について追加報酬請求を認めた)

若干のコメント

本件では,開発委託契約の性質(請負・準委任の区別)が問題となりました。ベンダXは,完成すべき仕事の内容が確定されていなかったことを理由に請負ではなく,準委任であると主張しましたが,本件に現れた事情(検収瑕疵担保責任の規定があることや,実質的に基本設計が完了した後で金額が確定して遡及的に締結されたこと等)に照らすと,請負契約であったとみることが自然でしょう。


もっとも,請負,準委任の区別が結論に決定的に影響を与えるとは限りません。本件でも,結局,いったん基本設計書を納品していることから,その後の追加・変更分については,別途報酬を支払うことが黙示的に合意されていたとし,一定部分について追加報酬請求が認められています。


ただし,明確にタイムアンドマテリアル方式(工数に応じて支払う方式)で清算することが合意されていたわけではないため,報酬額の算定には苦労を伴いますし,結果的に見ても,ベンダが請求していた金額からはかなり少ない額にとどまっています。


本件で,もう一つ注目に値するのは,ベンダが「使えると思っていたツールが使えなかった」ことによって増えた工数は請求の対象になるかという点です。ユーザの観点から見た実装すべき機能としては,大差はないため,ユーザからは追加請求を認めがたいところです。この点については,本件特殊の事情として,発注者(元請)のほうが当該ツール(SDK)について熟知していたことから,それが使えなかったことの責任は受託者(孫請)にはないとしました。


あと一点,本件は,下請法が適用されたことにより,遅延損害金が商事法定利率である6%ではなく,14.6%となりました。IT業界では,多重請負構造が多く,下請法適用取引も少なくないため,下請の立場で報酬を請求する際には確認を忘れないようにしたいところです。