IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

取扱説明書の説明文とイラストの著作権侵害 東京地判平28.7.27(平27ワ13258号)

取扱説明書の説明文とイラストの著作権侵害が争われた事例。

事案の概要

乳幼児用浮き輪(本件商品)の総代理店Xが,Yが販売する本件商品における説明書の説明文と挿絵が,Xが著作権を有する本件商品の説明書(X説明書)の説明文と挿絵を複製したものであるとして,複製権及び譲渡権,並びに著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)を侵害したとして,Yに対し,差止め,損害賠償請求(127万円)等を求めた。

ここで取り上げる争点

(1)説明文の著作権侵害の成否
(2)挿絵の著作権侵害の成否
(3)侵害が認められた場合における損害の額

裁判所の判断

争点(1)について,まず,次のような一般論を示した。

原告説明文と被告説明文は,いずれも本件商品の取扱説明書における説明文であるところ,製品の取扱説明書としての性質上,当該製品の使用方法や使用上の注意事項等について消費者に告知すべき記載内容はある程度決まっており,その記載の仕方も含めて表現の選択の幅は限られている。これに対し,原告は,我が国においては,原告が初めて本件商品を販売した際,高い品質と安全性が求められる日本市場向けに幼児用首浮き輪の安全適切な使用方法等を分かりやすく理解させるための取扱説明書は存在していなかった旨指摘するけれども,そのような状況にあっても,本件商品の使用方法や使用上の注意事項等については,それ自体はアイデアであって表現ではなく,これを具体的に表現したものが一般の製品取扱説明書に普通に見られる表現方法・表現形式を採っている場合には創作性を認め難いといわざるを得ない。本件商品の取扱説明書において,幼児のどのような行動に着目した注意事項を記載しておくか,どのような文章で注意喚起を行うかといった点についても,選択肢の幅は限られているとみられる。

さらに,Xの説明文は,英語を原文とする翻訳文であったことから,次のように述べた。

原告説明文は,モントリー説明書の英語の説明文を日本語に翻訳した上でこれを修正して作成されたものであり,同説明文に依拠して作成されたものと認められる。二次的著作物の著作権は,二次的著作物において新たに付与された創作的部分のみについて生じ,原著作物と共通しその実質を同じくする部分には生じないこと(最高裁平成4年(オ)第1443号同9年7月17日第一小法廷判決・民集51巻6号2714頁〔ポパイ事件〕)に照らすと,上記?で創作性が認められる表現部分についても,? モントリー説明書の説明文と共通しその実質を同じくする部分には原告の著作権は生じ得ず,原告の著作権は原告説明文において新たに付与された創作的部分のみについて生じ得るものというべきである。そして,本件においては,上記?で原告説明文(日本語)と被告説明文(日本語)とで共通する表現部分について創作性が認められるとすれば,その理由は,もとより翻訳の仕方に関わるものではなく,英文か日本文かに関わらない表現内容等によるものと考えられるから,上記?では,モントリー説明書の英文を日本語に翻訳したその訳し方に創作性があったとしても,被告による原告の著作権侵害を基礎付ける理由にはなり得ず,表現内容等について原告説明文において新たに追加・変更された部分でなければ,上記「原告説明文において新たに付与された創作的部分」には当たらないというべきである。

以上のように述べて,11か所に渡る説明文の対比箇所それぞれについて,多数の共通部分を認めながらも(というよりは,違いは一部に限られる。),すべて著作権侵害を否定した(下記に「創作性が認められない」あるいは「新たに付与された創作的部分とは認められない」とされた例を示す。)。

「生後18ヶ月かつ体重11kg までの赤ちゃん専用です。」
「救命用具として使用しないでください。」

生後6ヶ月までの赤ちゃん 最初は二人の大人が付き添います。一人が赤ちゃんを支えている間に、もう一人が両手でスイマーバを広げ、上下のベルトが赤ちゃんの頭の後ろにくるように優しく装着します。」

「赤ちゃんを観察し、異常がないか?いつもと様子が違うか?楽しんでいるか?疲れているか?「もうバスタブから出たいよ。終わりたいよ。」というしぐさ、サイン、表情などを見逃さないでください。」という記載部分について,言葉を話すことができない赤ちゃんの気持ちを代弁するために,あえて鍵括弧付きで「もうバスタブから出たいよ。終わりたいよ。」


争点(2)について。まずは,Xの挿絵とYの挿絵の比較表を示す。


挿絵1から3は,著作物性を認めなかった。そのうち,1についての判断部分を引用する。

原告挿絵1は,[1]本件商品である浮き輪を描いた絵に,[2]「上側」,「空気栓」及び「ベルト」との文字による指示説明を加えたものである。
 上記[1]の絵は,本件商品の取扱説明書において,本件商品について説明するために,単に本件商品自体を描いたにとどまるものであり,その描き方には一定の選択肢があるとしても,当該目的・用途による制約が掛かるものである。上記絵は立体的な描き方をしているが,それ自体はありふれたものであるし,立体的に描く場合には,上記の目的・用途から,ある程度忠実に形状が分かりやすいように描く必要があると考えられるところ,上記絵の表現の仕方(技法等)はありふれており,個性の発揮は認められない。
 上記[2]のとおり指示説明を加えることも,製品の取扱説明書においてごくありふれたものである。
 そうすると,原告挿絵1は,創作性を欠き,著作物に当たるとは認められない。


他方で,挿絵4から6については著作物性を認めた。そのうち,4の部分について引用する。

原告挿絵4は,[1]本件商品を乳幼児に試着する場面における(a)本件商品,(b)乳幼児の上半身及び(c)乳幼児に本件商品を装着させる保護者等(以下,単に「保護者」という。)の腕を記載した絵に,[2]「試着してみる」との文字,3つの矢印及び円形の点線を加えたものである。
 上記?の絵について,(a)の部分はそれ自体としては前記(ア)のとおりありふれており,(c)の部分もそれ自体としてはごくありふれているが,(b)の部分は乳幼児の顔・頭・恰好等をどのように描くかについてはある程度選択の幅がある上,(a)ないし(c)をどのような範囲でどのような位置関係で組み合わせて描くかについても,選択の幅がある。本件商品の使用方法等を示す挿絵という性質上,表現の選択の幅はある程度限られる面があるものの,上記のような絵全体としての描き方には少なからぬ選択肢が存すると考えられるところ,上記[1]の絵を全体として見た場合に一定の個性が発揮されていることは否定できない。
 そうすると,上記[2]の点についてはありふれたものであるにしても,原告挿絵4について,その創作性を否定して,著作物としての保護を一切否定することは相当でなく,狭い範囲ながらも著作権法上の保護を受ける余地を認めることが相当というべきである。原告挿絵4は,本件商品の取扱説明書における挿絵ではあるが,思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものであり,美術の著作物に当たるというべきである。


さらに,被告の挿絵4が複製に該当するかどうかということについて,次のように述べて,複製にあたるとした(挿絵5,6も同様)。

原告挿絵4と被告挿絵4とは,[1]乳幼児の顔・頭・恰好等の描き方が,若干の表情の違いを除いて共通し,かつ,[2]本件商品,乳幼児の上半身及び保護者の腕の記載範囲・位置関係・組み合わせ方において共通していること,他方で,[3]「試着してみる」との文字,3つの矢印及び円形の点線の有無,[4]保護者の右手の明確な記載の有無,[5]本件商品における記載文字の明確性及び着色の濃淡など微細な点において相違していることが認められる。
 上記[1]及び[2]の共通点については,前記ア(エ)で説示したとおり,これらを併せると創作性が認められる表現であるのに対し,上記[3]ないし[5]等の相違点については,これらを併せても創作性は認められない。そうすると,被告挿絵4は,原告挿絵4の創作的な表現部分を再製し,これにより挿絵全体として原告挿絵4の表現上の本質的な特徴の同一性を維持するものである一方,新たな創作的表現を付加するものではないとみられる。
 そして,前記前提事実に証拠(甲6,13)及び弁論の全趣旨を総合すると,被告は,被告説明書に先行して本件商品の取扱説明書として流布していた原告説明書を見て,同じ対象商品である本件商品の取扱説明書である被告説明書を作成したものであるところ,被告説明書の記載内容は,全体を通じて,原告説明書の記載内容に酷似していることが認められる。これらの事実に照らせば,被告挿絵が原告挿絵に依拠して作成されたことは優に推認される。
 以上によれば,被告挿絵4は,原告挿絵4の複製に当たるというべきである。

そして,原告挿絵4ないし6に係る原告の複製権,譲渡権を侵害したことを認めた。


争点(3)について。


Xは,著作権法114条2項に基づいて,説明書作成費用50万円が損害だと推定されると主張していたが,裁判所はこれを否定しつつ,

もっとも,日本国内における本件商品の販売について原告と競合する被告が,上記のとおり本件商品の取扱説明書に関する原告の著作権を侵害している以上,これによる損害が全くないともいい難い。

そこで,前記1(2)で説示したところに照らしても,原告挿絵4ないし6及び被告挿絵4ないし6については,もともと商品の取扱説明書としての性質上,表現内容が限られているものであり,実際,原告挿絵4ないし6も,創作性の程度は低いといわざるを得ないことなどを考慮して,原告挿絵4ないし6に係る上記著作権侵害による損害は3万円と認めることが相当である。

1枚あたりにして1万円,合計3万円の損害を認定した(弁護士費用は10万円なので,賠償額合計は13万円)。

若干のコメント

本件では,特殊な著作物が問題になったわけでもなく,新しい判断手法が示されたわけでもありません。テキストやイラストに関する著作物性の判断や,複製該当性,そして損害の額に関する新たな事例を追加するものだといえるでしょう。