IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

検索結果の削除 最決平29.1.31

過去の逮捕歴が,検索エンジンの検索結果に表示されることについて,人格権侵害を理由に削除請求権を有するとして,仮の地位を定める仮処分決定を求めた事案。

事案の概要

Xは,平成23年7月に児童買春の罪で逮捕され,略式命令により罰金刑に処された。罰金刑を受けてから3年余り経過しても,グーグルで,氏名と(Xの住所地である)県名を入力すると,逮捕歴を示す記事の表題とスニペットに表示されていた。


なお,Xは,一般企業に勤める会社員で,逮捕後は罪を犯すことなく平穏な生活を送っている。


Xは,更生を妨げられない利益が侵害されたとして,検索エンジン運営事業者Yに対し,検索結果を仮に削除するよう仮の地位を定める仮処分を求めた。


一審(さいたま地決平27.6.25)では,検索結果からの削除を認める決定が出され,その保全異議審(さいたま地決平27.12.22判時2282-78)では「忘れられる権利」があるということが認められた点が注目された*1。ところが,抗告審(東京高決28.7.12判タ1429-112)では,「忘れられる権利」を,名誉権ないしプライバシー権とは別に独立して判断する必要はないとした上で,その判断を覆した。


なお,当時,札幌高決平28.10.21(平28ラ95),名古屋地決平28.7.20(平28ヨ33)で検索結果からの削除請求が却下される判断が出されるなど,注目の事件類型であったため,最高裁がこの問題についてどのような判断をするのかが注目された。

裁判所の判断

プライバシーをみだりに公表されない利益は法的保護の対象になるとした上で,被告となった,検索エンジン提供事業者(検索事業者)について次のように述べた。

検索事業者は,インターネット上のウェブサイトに掲載されている情報を網羅的に収集してその複製を保存し,同複製を基にした索引を作成するなどして情報を整理し,利用者から示された一定の条件に対応する情報を同索引に基づいて検索結果として提供するものであるが,この情報の収集,整理及び提供はプログラムにより自動的に行われるものの,同プログラムは検索結果の提供に関する検索事業者の方針に沿った結果を得ることができるように作成されたものであるから,検索結果の提供は検索事業者自身による表現行為という側面を有する。また,検索事業者による検索結果の提供は,公衆が,インターネット上に情報を発信したり,インターネット上の膨大な量の情報の中から必要なものを入手したりすることを支援するものであり,現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしている。そして,検索事業者による特定の検索結果の提供行為が違法とされ,その削除を余儀なくされるということは,上記方針に沿った一貫性を有する表現行為の制約であることはもとより,検索結果の提供を通じて果たされている上記役割に対する制約でもあるといえる。

自動的に表示されるものとはいえ,検索結果の提供は「表現行為という側面」を有するとした。ストレートに「表現行為」とは言わず「側面」がついているが。


そのうえで,

以上のような検索事業者による検索結果の提供行為の性質等を踏まえると,検索事業者が,ある者に関する条件による検索の求めに応じ,その者のプライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURL等情報を検索結果の一部として提供する行為が違法となるか否かは,当該事実の性質及び内容,当該URL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度,その者の社会的地位や影響力,上記記事等の目的や意義,上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化,上記記事等において当該事実を記載する必要性など,当該事実を公表されない法的利益と当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので,その結果,当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には,検索事業者に対し,当該URL等情報を検索結果から削除することを求めることができるものと解するのが相当である。

公表されない法的利益と,検索結果として提供する事情を比較衡量して判断するとした上で,「公表されない法的利益が優越することが明らかな場合」に削除を求めることができるとした。


本件では,児童買春して逮捕されたという事実は,他人にみだりに知られたくないものだとしつつ,

  • 児童買春が,社会的に強い非難の対象とされていること
  • 検索結果は,氏名+居住地の県名を条件とした場合の一部にとどまることから,伝達範囲は限定されていること

に照らして,公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえない,として広告を棄却し,申立てを却下した原決定が確定した。

若干のコメント

この事件は注目されていて,多くの専門家がコメントを出しており,そしてこれからも多くの評釈が出ると思われます。


検索エンジンが自動的に計算して表示する行為が「表現行為」の一種であるとし,検索結果からの削除がその「制約」にあたるとした点は注目されています。単純に考えると,そのような無機質な,意思が入っていない表現行為と,過去の犯罪歴を表示されることによって不利益を受ける人の法的利益を比較した場合,後者が重視されるべきではないかということになってしまいますが,検索エンジンは「インターネット上の情報流通の基盤として大きな役割」を担っているとして,その情報流通の価値を重くとらえたからこそ,「優越する場合」ではなく「優越することが明らか」という一段高いハードルを設定したと考えられます。


ところで,本件を含め,検索エンジンの結果表示からの削除を求める事案では「忘れられる権利」というキーワードで注目されていますが,裁判所で争われる事件のうち,忘れられる対象の多くは犯罪に関する事実ではないかと思います。それは,犯罪事実が究極のプライバシーであるから事件化するのも当然ではあるものの,そもそも,検索エンジンの検索結果で過去の犯罪歴が表示されることが更生を阻害しているとすれば,それは,「忘れられる権利」の問題というよりは,実名報道の是非が問われるべき問題ではないかと思われます。


社会的に非難を受けるような犯罪が,むやみに実名報道され,それが拡散されて,いつまでもインターネット上に残れば,更生を阻害することは間違いないわけで,それに対する対処が検索事業者に対する削除請求なのか,というと,根本的解決とは違うのではないかと思います(すでに実名報道によって苦しんでいる人がいる以上,検索エンジンの何らかの対処が必要であることから,この論点に関する議論が無駄だというわけではありません。)。

*1:ただし,裁判所は「犯罪の性質等にもよるが、ある程度の期間が経過した後は過去の犯罪を社会から「忘れられる権利」を有するというべきである」と述べており,あくまで過去の犯罪歴について言及しているに過ぎない。