IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

システムの完成と追加作業報酬請求 大阪高判平27.1.28(平26ネ593他)

確定した仕様どおりに開発されているか否かをもってシステムの完成は判断されるとし,ユーザテストの不具合が再現しないことや,ユーザの挙げる不具合はいずれも軽微なものであることから完成を認め,さらにはベンダ代表者が謝罪したことや調停で譲歩した事実などは完成判断を左右しないとした事例

事案の概要

Xは,Yに対し,本件請負契約を締結して経営情報システム(本件システム)の開発を委託し,代金の一部約6800万円を支払ったが,完成しなかったことから契約を解除し,債務不履行による損害賠償請求(または原状回復請求)として,代金相当額の返還を求めたのに対し(本訴),Yは,解除の効力を争い,代金の残額のほか,保守業務あるいは契約外の業務を実施したとして,合計約7000万円の支払いを求めた(反訴)。


一審(大阪地判平26.1.23)では,仕事は完成しており,請負契約の解除は認められないとしてXの請求が棄却され,他方,Yからの反訴請求のうち本件請負契約の代金残額と,一部の業務についての報酬相当額(2869万円)が認容された。

ここで取り上げる争点

(1)Yが行うべき仕事の内容と,その完成の有無
(2)Yが行ったRFP作成支援業務の対価の発生の有無とその額

裁判所の判断

争点(1)仕事の完成

本件では,そもそも何を作るか,という点において右往左往していたフシが見られる。裁判所は,詳細に事実認定したのち,次のように述べた。

本件請負契約は,主としてa社(注:Xが委託していたコンサルタント会社)作成に係る本件X提供資料を基本設計として,Yにおいて下流工程である詳細設計のみを担当する内容のものであって,その作業内容(基準となる必要機能数200機能)等をふまえて請負代金額が定められていたにもかかわらず,専らXの判断に基づく経緯によりa社が脱退してしまい,しかも,本件X提供資料が基本設計書としての性能を備えておらず,YがこのことをXに対して指摘した上で,改めてYにおいて基本設計作業から行うと提案するも,Xがこれを受け入れなかっただけでなく,その後も,基本設計書の作成責任者がXのままであって変更がなされない状態において,XとYとの話合いにより,詳細設計書の中に基本設計をビルトインしていくというイレギュラーな方法によることとなり,平成19年10月12日頃から平成20年1月29日頃までの間に,Yにおいて,Xからの詳細な修正指示に対応しつつ,合計99箇所の各プログラムごとに,Xの仕様確定の責任者と指定されたBの承認印を得ながら,相互承認文書としての本件仕様書(乙8の3分冊)を作成するに至ったことが認められるとともに,最終的な仕様確定期限は平成19年10月31日とされ,それ以降の仕様の追加・変更(要望)事項については,本件A区分契約の対象である19項目を除き,全てが第2次開発の対象とされること,すなわち別契約とされることが合意されたことが認められる。

この部分を読むと,ベンダYの苦労がしのばれる。ユーザXから,「基本設計はコンサルタント会社が作ったものがある」との言葉を信じ,それを前提に作業を請け負ったところ,実際には,提示された資料は基本設計レベルのものではなく,Yにおいて上流工程からやり直すことが求められたという認定である。


仕事の完成については次のように述べた。

本件仕事の内容は,本件仕様書に定められた仕様に従って詳細設計より下流工程にある作業を行うことであり,Yが本件仕事を完成したといえるか否かは,本件仕様書の内容に従って開発行為(プログラミング)を行ったといえるか否かで判断すべきである。

よく言われる「最終工程論」ではなく*1,確定した仕様どおりに開発されたかどうかという基準で判断するとした。


そして,完成しているか否かについて,本判決では,3つの根拠を挙げて,仕様どおりに開発されているとした。


まず,受入テストの際にエラーは生じたが,それはXのテスト手順やデータに問題があったのであり,提訴後の進行協議期日で実施した動作確認では同様のエラーは生じなかったことが挙げられた。


続いて,

本件仕事が完成しているとはいえないと評価するためには,「本件仕様書の記載に明らかに反し,軽微で容易に改修できるものではないような,システム全体の見直しを行わなければならないほどの欠陥であると認められるようなプログラムミス」が存在しなければならないと解される

ことを挙げ,そのような状態には至っていないとされ,


Yが掲げる瑕疵一覧表記載の指摘事項は,いずれも上記要件に照らして仕事の完成を妨げるような瑕疵(欠陥)にはあたらないとした。


Xは,未完成の理由として多数挙げていたが,裁判所はいずれもそれを退けた。これらの根拠には,同種の事件でもよくあげられるものであるから,いくつか紹介する。


(a)Y代表者が,開発の失敗の責任はYにあると明言したことについて

Y代表者の発言内容について検討すると,(略)本件仕事の完成の有無は,その客観的な作業内容により判断されるべきであって,Y代表者の発言内容によって左右されるものではない。
(略)Y代表者は,別契約で別料金となる第2次開発を請け負うことにより,撤退表明後は人的支援等により,Yの上記損失を少しでも回収することを主な目的として,Xの抗議内容に同調したり謝罪を伴う発言をしていたにすぎないとも考えられるから,Y代表者の発言内容のみをもって,直ちに,本件仕事が未完成であることの法的責任を認めたことになるものではない。


(b)調停手続において,Yが仕事の未完成を認めて一部金銭を支払う旨を提案していたこと

調停手続は,当事者双方の法的主張の当否を判断することなく,当事者双方が譲り合って円満な解決を目指す手続であるから,一定額の提示をしたことや,未払請負代金請求をしなかったことが,本件仕事の完成の有無と無関係であることは明らかである。

と切り捨てられた(当然だが・・)。


(c)テストの実施結果から致命的なエラーがあること及びそれを裏付ける複数の第三者の報告書(第三者報告書)があること

(第三者報告書A)作成にあたりXから提供された資料は,本件第1次成果物(乙20),その中から抽出したテスト成績書抜粋(略),結合テスト仕様書(略),機能情報関連図1枚(甲22),導入スケジュール一覧表1枚(甲68),進捗状況メモ1枚(甲69)だけであって,「本件仕事」の検討の基礎となるべき本件仕様書(乙8)や,瑕疵一覧表における瑕疵の存否の判断基準時である平成20年10月23日に提出された本件最終成果物(乙32)については,資料として提供されておらず,(第三者報告書B)に至っては,甲71のみが提供されているにすぎないから,これらの報告書は,「本件仕事」が本件最終成果物提出時において完成していたかどうかの判断にあたっては,参考にならない書証であるというべきである。

と厳しい。要するに,(おそらく自らの都合の良い)一部の資料だけを提供して第三者に評価してもらっても,それは裁判所の判断に何ら影響を与えるものではないとされている。



他にも,Yがプロジェクトマネジャーを途中で交代させたことや,Xが他のベンダに切り替えた後に,Yが協力したことなども未完成の根拠として挙げているが,これらも当然に退けられている。


また,Xは原審から多数の瑕疵を示して完成を争っていたが,原審同様,いずれについても完成の判断を左右するものではないとされている。


よって,Xは本件請負契約を解除できず,Yは債務を履行しているから,請負代金残額約1900万円の請求が認められるとした。

争点(2)追加業務報酬の発生

Yは,反訴請求において,Xの依頼に基づいて,外部設計書作成業務を1000万円で実施するとの合意があったと主張していた。そして,当該外部設計書は,Yの後継ベンダ選定のためのRFP*2として使われたと主張していた。


裁判所は,外部設計書に基づいてRFPが作成され,これをもとに後継ベンダが選定され,当該ベンダがシステムを開発して導入されていることを認定した。そして,その作成過程において,Yは,2000万円程度の対価が必要だと考えていたが,1000万円でもよいから負担してほしいと依頼し,Xもそのことを前提としていたことから,「1000万円支払う旨の黙示の合意が成立していた」と認めた。


もっとも,Yのその他の反訴請求については,保守契約締結を裏付ける根拠はない,あるいは契約締結上の過失もないとして退け,原審の結論が維持された。

若干のコメント

システム開発にかかる請負契約の仕事の内容の特定や,完成の判断は容易ではありません。本件もまさにそういった争点について長期に渡って争われました。


請負契約は仕事の完成を目的とする契約であるため,契約締結時点において仕事の内容が確定しているべきところ,本件では仕様確定に手間取り,かなりの時期が経過してから仕様が確定することとなりました。もっとも,こういった事態は珍しくなく,裁判所も契約成立に必要な程度の債務の特定と,仕事の完成や瑕疵の判定のための債務の特定は異なるという考え方(契約締結後に債務が徐々に具体化,詳細化されるという考え方)を採っているといえます*3


また,本件では,Xが具体的な不具合を指摘したほか,様々な「事情」を挙げて完成を否定する根拠事実としていましたが,裁判所はことごとく取り上げませんでした。ベンダ代表者が詫びていたという事実は,ユーザからはしばしば強く主張されますが,本件でも大きく考慮されていません。

*1:当ブログでも多く紹介しているが,東京地判平14.4.22など,多数の裁判例が成果物の品質ではなく「予定された最後の工程が終了したか」で判断している。

*2:Request for Proposal 提案依頼書

*3:手元に資料がないが,司法研修所編「民事訴訟における事実認定―契約分野別研究(製作及び開発に関する契約)」に同旨の記載あり