IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

契約書なきレベニューシェア 東京地判平30.2.27(平27ワ16237)

契約を締結しないままレベニューシェア型でシステム開発作業を行ったとして報酬等を請求した事案

事案の概要

XとYは,「dシステム」及び「aシステム」といったシステムを共同で開発することとし,Xは,Yに対し,Xの報酬について完全成功報酬型とし,上記システムによるサービスを開始してから得られる収益をXY間で合意された比率に従い分配することによりXが費やした開発費用を回収することを提案した。Xは,ストックオプションの付与も求め,Yはこれに応じる方針であった。

Xは,上記システム開発に着手したものの,そのシステム開発における各スプリント(小分けされた開発期間)における進捗目標を達することができず,開発が滞り,リリース予定も数次にわたり変更され,平成27年4月に至っても上記システムに基づくサービスを開始するまでに至らなかった。

Yは,「dシステム」及び「aシステム」に基づくサービスの提供を開始することなく,別途,異なるサービス内容を有する「e」及び「f」といったシステム開発をX以外の会社に注文し,これに基づくサービスを開始した。

結局,最後までXY間には契約書が作成されることなく,サービス開始にも至らなかった。そこで,Xは,Yに対し,システムの開発に要したエンジニアの工数に標準的な単価を乗じた額約2660万円を,商法512条に基づく報酬または,契約締結上の過失に基づく損害賠償として請求した。

ここで取り上げる争点

(1)商法512条に基づく報酬請求の可否
(2)Yの契約締結上の過失の有無

裁判所の判断

争点(1)について

裁判所は請求を認めなかった。

XとYとの間で収益分配の比率等の詳細が詰められるに至ってはいなかったものの,XがYに提案し,Yがこれに応じたとおり,Xは,開発するシステムに基づくサービスが開始されることにより得られる収益を分配することにより開発に要した費用を回収して利益を上げることを前提に,システム開発を行っていたのであるから,当事者のかかる合理的意思を前提とするならば,本件において商法512条に基づく報酬請求権が発生するには,Xが単に労力を投じたに止まらず,少なくとも,Xがシステムを開発し,Yがこれに基づきサービスを開始することができる状態に至ったことが必要というべきであるが,かかる状態には至らなかったことが認められる。

Xは,前記各システムについてのソースコードをYに送付したことを主張し,Fは,「dシステム」はバージョンごとに完成していたと証言するものの,他方で,開発過程においてユーザーテストの趣旨で反応を見ていた旨を証言するに止まり,実際にシステムに基づくサービス開始に至ったことまで証言するものでもないし,本件において,その他にこのことが認められる証拠はない。

よって,商法512条に基づく報酬請求権が発生するとのXの主張を採用することはできない。

争点(2)について

Yの契約締結上の過失も認めなかった。

XとYとの間で収益分配の比率等の詳細は詰められず,合意するに至ってはいなかったものの,Xは,自らYに提案したとおり,開発するシステムに基づくサービス開始により得られる収益が分配されることにより開発に要した費用を回収して利益を上げることを前提に,システム開発を行っていたが,Xによる開発の遅れからリリース予定も数次の変更を余儀なくされ,最終的にサービスの開始には至らなかったのであるから,YがXとの間で正式に契約書を交わすに至らなかったとしても,そのことからYに信義則上何らかの過失が認められるということはできない。

したがって,Xの主張を採用することはできず,YがXに対して不法行為に基づく損害賠償義務を負うということはできない。

若干のコメント

「ネットサービスをアジャイルで開発する。しかも報酬は,着手金ゼロのレベニューシェアで。」


スタートアップ界隈では,こういった緩い決め事で,スピード重視で契約書を締結しないままで作業を進めてしまうことが少なくありませんが,本件は,まさにそういった進め方によるリスクが顕在化した事案だといえます。


本件の原告が開発作業に相当の工数を投下した事実は争いがないようですから,契約締結上の過失にせよ,512条の請求にせよ,一切の請求が認められなかったというのは,原告に酷であるようにも思えます。


しかし,これは単純な受託開発ではなく,原告自身も,いいサービスを開発した上で,アップサイドを共有しようといういわば「下心」があったものであり,その収益がまったく上がらなかったことが確定した後に受託開発を前提とした請求を行ったとしても,裁判所も受け入れにくかったものと思われます。


これが最初から受託開発を前提としたものであれば,アジャイル型で開発することも合意されていたことからすると,必ずしも完成していなかった場合でも,一定程度の報酬(あるいは損害賠償)が認められていたかもしれません。


しかし,判決における,

商法512条に基づく報酬請求権が発生するには,Xが単に労力を投じたに止まらず,少なくとも,Xがシステムを開発し,Yがこれに基づきサービスを開始することができる状態に至ったことが必要というべき

という部分は,商法512条の「その営業の範囲内において他人のために行為をしたとき」の要件を過重しているようにも読めますので,これを一般化することはできないと思います。


スピード重視,アジャイルレベニューシェア,といった事情があるとしても,きちんと合意を形に残すことが重要です。