IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

著作権条項の解釈(控訴審)知財高判令元.6.6(平30ネ10052)

開発委託契約における著作権帰属条項の解釈が争われた事例の控訴審
原審は東京地判平30.6.21
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事案の概要

控訴審判決文中における原判決の要旨部分を挙げておく。

[1]本件ソースコードが本件基本契約の終了前に複製又は翻案されたこと及び本件基本契約の終了後に本件共通環境設定プログラムが複製又は翻案されたことを認めるに足りる証拠はなく,
[2]仮に,これらの複製又は翻案がされたとしても,本件共通環境設定プログラムは,本件基本契約で規定された「成果物」に該当し,本件基本契約の終了前及び終了後において,Yは,本件基本契約に基づき本件共通環境設定プログラムを使用するために必要な範囲で本件共通環境設定プログラムを複製又は翻案して利用することができたから,複製権又は翻案権の侵害は成立しないとし,さらに,
[3]Yが,本件共通環境設定プログラムの複製物の所有権を取得しているから,本件共通環境設定プログラムを使用することができ,その使用による著作権法113条2項のみなし侵害も成立せず,
[4]Yは,本件基本契約終了後も本件共通環境設定プログラムを使用することができるから,その使用が債務不履行に当たらず,
不当利得も成立しないとして,Xの請求をいずれも棄却する旨の判決を言い渡した。

ここで取り上げる争点

争点A サーバ移行に伴って本件ソースコードを複製・翻案することが本件基本契約によって許されるか否か

本件基本契約2条(2)は,「成果物」を

コンピュータプログラム,コンピュータプログラムに関する設計書,仕様書,マニュアル等の資料およびその他甲が作成を委託するコンピュータシステムに関わる有体物又は無形物全般をいう。

と定義し,21条3項(2)では,

(2) 甲または乙が従前から有していた成果物
甲または乙が従前から有していた成果物の著作権については,それぞれ甲または乙に帰属するものとする。この場合,乙は甲に対し,当該成果物について,甲が自ら対象ソフトウェアを使用するために必要な範囲で,著作権法に基づく利用を無償で許諾するものとする。(略)

となっていた。

争点B 本件基本契約の終了後に,Xの許諾なく本件共通環境設定プログラムを複製又は翻案することが,本件基本契約によって許されるか否か

Xは,基本契約は終了したのであるから,基本契約21条3項(2)に基づく使用許諾も終了すると主張していた。

裁判所の判断

争点A サーバ移行に伴って本件ソースコードを複製・翻案することが本件基本契約によって許されるか否か

裁判所は,まず,本件ソースコードが「成果物」に該当することを認定した。

Yは,Xに対し,コンピュータシステムたる本件新冷蔵庫等システムの開発を委託し,その一環として,本件共通環境設定プログラムの開発を300万円で委託し,Xはそれに応じて,Xが有していた既存のプログラムのソースコードを本件新冷蔵庫等システムに合わせて改変し,それによって作成された本件ソースコードコンパイル等して本件共通環境設定プログラムのDLLファイル及びEXEファイルを生成し,その対価として300万円の報酬を得たものと認められる。

そうすると,本件ソースコードは,上記のようにYの委託に基づいて作成されたものであるから,本件基本契約2条(2)の「成果物」に該当するというべきである。

契約上の定義からすると,ごく自然な解釈である。Xは,本件ソースコードが個別契約において納入対象になっていなかったことなどを主張したが,

上記定義規定の内容からすると,「成果物」については多種多様なものが該当し得るのであって,一概に全てのものについて納入・検収が必須であるとはいい難い。さらにいえば,本件ソースコードのように汎用性があってXの重要なプログラム資産となり得るようなものについては,それが「成果物」であっても社外への流失等を防ぐために納入がされないということもあり得るのであり,この点からしても「成果物」であるためには納入・検収が必須であったとまではいえないところである。

などとしてXの主張を否定した。


そして,基本契約21条3項(2)を適用することにより,Yは自ら使用するために必要な範囲で無償で著作権法に基づく利用が可能とされていたことから,旧サーバから新サーバへの移行に伴って本件ソースコードを複製又は翻案したとしても,著作権侵害にはならないとした。

争点B 本件基本契約の終了後に,Xの許諾なく本件共通環境設定プログラムを複製又は翻案することが,本件基本契約によって許されるか否か

裁判所は,本件基本契約26条が定めるいわゆるサバイバル条項について,次のように述べた。

本件基本契約26条は,「(契約終了後の権利義務)」との見出しの下,「本契約が合意の解約により終了した場合および解除により終了した場合でも,本契約に定める・・・著作権知的財産権および諸権利の帰属」についての定めが有効であると定めている。本件基本契約26条の「著作権知的財産権および諸権利の帰属」との文言は,本件基本契約21条の見出しと同一である。(略)本件基本契約26条がいう契約終了後も有効とされる「著作権知的財産権および諸権利の帰属」の定めとは,本件基本契約21条の定め全体を指し,同条が規定する利用に関する定めも含んでいるものと解釈するのが相当である。

また,本件基本契約26条の見出しが,「(契約終了後の権利義務)」とされており,同条が,「本契約が合意の解約により終了した場合および解除により終了した場合でも」となっていることからすると,(略)本件基本契約26条は,本件基本契約が合意解約又は解除により終了した場合でも,同条に定められた各内容が有効であることを明示的に規定するとともに,それ以外の原因によって本件基本契約が終了した場合にも,上記各内容が有効であることを規定したものであると解するのが相当である。

したがって,成果物の利用許諾を定めた21条3項(2)は,26条によって,本件基本契約の終了後も有効で,無償で利用することができるとした。


その他のXの主張についてもすべて退けて,Xの控訴は棄却された。

若干のコメント

基本的な判断内容は,原審に沿うものであり,XY間の契約書の文言を丁寧かつ自然に解釈して結論を導いています。ソフトウェア開発委託契約において著作権の帰属・ライセンスに関する条項は交渉ポイントになることが多いですが,このような事例をみるにつけ,きちんと確認しておきたいところです。


一般に,著作権帰属の条項は,①納入・支払等とともに,発注者に譲渡するもの,②受託者に留保されるが,発注者に一定の限度でライセンスするもの,③発注者・受託者の共有となるものなどに分かれ,これらの組み合わせになっていることが多いです(例えば,既存の著作物は②で,新規に開発されたものは①など。)。しかし問題は,これらの条項の定め方だけでなく,①や②が混在する場合に,個々の成果物なりオブジェクトが,どちらに属するものであるかということが現場で曖昧になっていることにあります。


発注者としては,一体として納入されたソフトウェアのうち,受託者がもともと有していたものがどの部分かということは知りようがなく,後に権利帰属・利用の範囲について争いになることがありますので,設計時・納入時の分類・特定に注意しておきたいものです。