IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

開発契約の性質・遅延の責任の所在 東京地判平3.2.22判タ770-218

古くて新しい論点である契約の性質(請負か?)と遅延の責任の所在が問題となった事例。

事案の概要

Yは,Aから文字入力システムの開発を受託し,それをXに対して昭和60年11月18日付けの下記内容の契約において再委託した。途中で完成が遅延し,最終的に完成に至らなかった。


Xは,Yに対し,契約内容を変更する合意があったことを前提に,派遣契約の形態で人員を提供していたと主張し,約700万円の報酬を請求したのに対し(本訴),Yは,Xがプログラムを完成させないまま開発業務を放棄したとして,履行不能を理由に契約を解除したと主張し,原状回復請求として前渡金約400万円の支払いを請求した(反訴)。

ここで取り上げる争点

(1)XY間で合意されていた契約の内容・性質

Xは,契約が労働者派遣形式の内容に変更されたと主張していたのに対し,Yは,請負契約であると主張していた。

(2)完成しなかったことの責任の所在

Xは,完成に至らなかったのは,仕様書を適時にXに提示しなかったYの責任であると主張していた。

裁判所の判断

争点(1)契約の性質

この争点について,適宜省略しつつ引用する。

そこで、まず、本件システムのプログラム開発に関する契約において、Xが、その完成義務を負っていなかったのかどうかについて、検討する。
(略)
そこで、証拠をみると、Xが、右契約において、本件プログラムの完成義務を負っていないことを認めることのできる証拠を見出すことはできないのである。Yは、昭和六一年三月五日にキャプテンシステム開発費第一期分と称するXの請求に応じ、その要求額である四二五万円を支払っている(略)。しかし、この支払の性格は、約定によるものと見ることもできるが、Y主張のように前渡金と見ることも充分可能であって、この支払のあったことのみで右のX主張事実を認めることはできない。(略)書証を見ても、成立に争いのない甲第八号証や甲第九号証の工程表は、Xが、右プログラムを完成する義務を負っていることを前提として、その完成までのスケジュールを記載した趣旨のものであることが認められるのであるから、これによれば、逆に、Xが契約上プログラムの完成義務を負っていたと認めることができるのである。(略)
その他に、Xが、右プログラムの完成義務を負っていたとの認定に反する証拠はないのである。

以上のように,完成義務がある契約(請負契約)であると認定し,次のように述べた。

そうであるとすれば、Yが主張するように、完成義務を負ったプログラムの作成をしなかった者は、債務不履行の責任を負うことはあっても、請負代金の支払を要求することのできないのは当然であり、特段の事情がない限り、そのような立場の者に注文者が、その契約上の義務を無条件で免除し、更に、それまでに要した費用を支払ってやるなどという合意をする筈はない。X代表者は、その尋問の結果において、プログラムが完成していなくとも、発注者の指示に従って作業をしていれば、期限内に一応指示された範囲内の作業は約束を守って行ったのであるから、作業をした分についてコンピュータソフトウェア代金を請求できると考える旨供述するが、請負契約に関する一般の常識に反する発言であり、ソフトウェアの開発を行うXやYの業界においては、一般の常識と異なり、請負契約であり、仕事の完成がなくとも、報酬を支払う慣行があるような事実は(略)に照らしてもおよそ認めることができないから、右Y代表者の尋問の結果はその独自の見解という他はなく、採用することができないのである。

よって,Xの請求は棄却した。

争点(2)未完成の責任の所在

反訴請求において,Xは,完成しなかったのはYの責任であるとの抗弁を主張していた。この点についても適宜編集しつつ引用する。

(二) しかし、Xの右主張は、前記のように、本件プログラムの作成が遅延したことの理由付けにはなりえても、およそ本件プログラムを作成することができなかった結果となったことの理由付けになるものではない。(略)本件においては、Yは、Xが右プログラムの作成から手を引いた後、相当の日時は要したものの独自にこれを完成してAに納入したことが認められるのであり、当初の契約期限が経過したからといって、Xにおいてその作成をすることが不可能となったというような事情はなかったものといわなければならず、仮にY側に仕様書の提出の遅延があったとしても、その事由をもって、Xの債務の履行不能についての帰責事由とすることはできないといわなければならない。

と,述べて,仕様書の提出遅延は履行不能の帰責事由にならないとした。

(三) のみならず、Xが主張する事由自体についても、以下のとおり、その存在を認めることはできない。
すなわち、Xは、その請け負った債務には、具体的なプログラムを作成することのみが含まれ、システム設計及びプログラム設計は含まれておらず、これらはY側が提供する約束であったところ、その提供が遅延したというのであるが、Xの債務のうちにプログラム設計が含まれていたことは、X代表者がその尋問の結果において自認するところである。また、システム設計についても、〈証拠〉によれば、Xは、本件システムの開発工程として、仕様検討、基本設計からプログラム設計、コーディング、デバック、ドキュメント作成までを考えていたことが認められ、このうち仕様検討とは、まさにシステム設計のことなのである(略)から、これも、Xの請け負った債務に含まれていたと優に認めることができるのである。
そうすると、Xとしては、システム設計及びプログラム設計は、その自ら行うべき作業なのであるから、Y側からその提供されるのを待つ等ということは有り得ないものといわなければならない。

さらには,Yが担当したと主張するシステム設計及びプログラム設計は本来,Xが担当すべきものであったと認定した。

(四) もっとも、Xは、システム設計をするための要求仕様自体を被告側が提供しなかったとも主張している。しかし、Aは、昭和六〇年一一月一八日ないしこれに近接した日時に「キャプテンITE仕様書」(乙第二号証)、「ITE仕様説明書」(乙第三号証)及び「キャプテン情報入力装置操作法説明書」(乙第四号証)を交付したものであることはXが争わないところである。Xは、これらが指図として不十分なものであったと主張するのであるが、(略)右各資料の交付に際し、詳細な説明がX側に対し行われたことが認められることに照らせば、右各資料は、これをもって優に本件システムについて開発作業に入るための要求仕様書に当たるものと認められるのである(もっとも、右記載内容は、なお相当に概括的なものではあることを免れないが、およそシステム開発を一括して請け負った者であれば、ある程度概括的なものであっても、それがどのようなことを実現したいのかが把握できる程度のものである限り、注文主に発問し、提案する等してプログラム開発が可能となる程度まで右要求を具体化していくことはその職務内容に属するものというべきである。本件において、X側が、右の各資料を受け取って後Aに対しそうした働き掛けを一切しなかったことは一部X代表者の自認するところであ(略)る。)。

Xは要件自体も不十分だったと主張するが,それを適時に質さなかったことはXの問題であると評価した。

(五) また、Xは、Aが仕様変更を頻繁に行い、その為にXの作業量が著しく増大したことをも履行不能の一因としてあげる。しかし〈証拠〉によれば、仕様変更があったとの主張のされている多くの項目は、本件三月版システムの開発項目に入っていないものであるし、入っているものについても、各資料間の説明の相違は、これによって機能そのものの仕様の変更を来すものは殆どなく、機能の実現方法における相違が大部分であると認められる。そして、機能をどのように実現するかはシステム設計の内容であり、これは、前認定のようにXの行うべきことなのであるから、Xは、A側からの資料に疑問があれば、これを指摘し、疑問点を解消してシステムの完成を図るべきであったのであり、提供された資料の間に相違があったからといって、Y側が何らかの責めを負わなければならないとはいえない。

仕様変更があったとの主張についても,前記同様にXから問題を解消すべきであったと主張して退けた。


以上より,反訴請求は理由があるとして,すべて認容した。

若干のコメント

本件は約30年前の古い裁判例ですが,改めて読み返してみても現在起きているシステム開発紛争と同様の論点から構成されていると感じます。


特に,ユーザからの仕様の提示遅れ,内容不十分・曖昧といった問題があったとしても,ベンダはそれに対して積極的に問いかけたりして問題点を解消するように動かない限り,遅延の責任を免れないといった認定部分は,近時の裁判例におけるベンダの責任範囲の認定と共通しています。