IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

医療機関データベースのクローラーによる取得と利用 東京地判平27.2.13(平24ワ24738)

クローラーによって医療機関データを収集・利用したことが不法行為を構成するか否かが争われた事例

事案の概要

本件は,Xが,YはXの作成したデータベース(以下「Xデータベース」という。)上の医療機関に関する情報を無断で収集,複製してYのデータベースに組み込むことにより,Xの営業活動上の利益を侵害したとして,Yに対し,不法行為に基づき,損害賠償を請求した事案である。

Xデータベースについて

Xは,医療機関情報に関するデータベースを作成し,顧客に対して有償で提供してきた。Xデータベースには,全国の病院,診療所及び歯科診療所等の医療機関について,各医療機関の正式名称及び略式名称,経営主体(医療法人社団名等),所在地,電話番号等の連絡先,診療時間,休診日,診療科目,病床数並びにアクセスに便利な交通機関名及び最寄り駅等(以下「医療機関情報」)を収集及び編集したものであり,随時更新もされていた。関東版では,約58000件の医療機関情報が登録されていた。


更新には,専従の従業員をあてて,毎月,地方公共団体や医療関係者,提携企業等から新たな医療機関情報を収集して,照合を行い,200件/月程度の更新を行っていた。その維持・更新にかかる費用は,年間2000万円を超えていた。


また,XからXデータベースの提供を受けた顧客は,ウェブサイトで公開することが許諾されているが,Xから顧客へのXデータベース提供契約においては,複製又は翻案が禁じられているほか,医療機関情報を商業目的に利用したり,サービスの提供目的とは異なる目的での利用が禁止されていた。


Xは,Xデータベースの無断複製を検出する目的で,医療機関情報とは異なるダミー情報を付していた。

Yの行為について

Yは,医療機関情報を収集して平成22年9月から病院及び診療所検索サイト(Yサイト)を運営していた。Yサイトにはダミー情報も含まれていた。


Yが,クローラーを使用してウェブ上からアクセス可能な複数のサイトから医療機関情報を収集した上で,不要な情報を削除する処理をしたり,名寄せをしたりして,自らのデータベース(Yデータベース)を作成・維持していた。その中にはXデータベースのデータが含まれていたことについては否定していない。ただし,Yデータベースは,他のサービスのデータを基礎として作成されていたことが認められている。


Yは,自らのサイトでYデータベースを公開していたが,特に公開・提供による売上はなかった。その後,Xから,Xデータベースを複製しているとの指摘を受けて,平成24年3月にはYのサイトを閉鎖した。

ここで取り上げる争点

Yによる複製行為の不法行為該当性

裁判所の判断

裁判所は,上記の事実をもとに,次のように述べて不法行為の成立を否定した。少々長いが適宜省略しながら引用する。

(1)  Xは,Yが営利目的で,Xデータベース上の医療機関情報を収集してYデータベースに組み込んだものであり,著しく不公正な手段を用いて他人の法的保護に値する営業活動上の利益を侵害したから,不法行為責任を負うと主張する。ただし,Xは,Xデータベースが著作物として保護され(著作権法2条1項10号の3,10条の2第1項),Yの行為が著作権侵害行為に該当する旨主張しておらず,(略),Xデータベースは,情報の選択又は体系的な構成によって創作性を有しないから,著作物として保護されない

一般に,データベースがその作成,維持のために費用や労力をかけたものとして独立の経済的価値を有する場合であっても,当該データベースが著作物として保護されない場合には,そのデータベース上の情報を収集し,別個のデータベースに組み込む行為は,情報及びデータベースの内容及び性質,行為の態様及び目的,権利侵害の程度等に照らして,著しく不公正な方法で他人の権利を侵害したと評価できる場合に限り,不法行為を構成するというべきである。

(2)ア  (略)Xデータベース上の医療機関情報の主要部分は,病院名,住所,電話番号等の情報で,一般に公開される必要が高く,実際に公開されている情報であるが,Xデータベースは,Xにより相当の費用及び労力をかけて情報を収集,整理して作成,更新されたものであるから,独立の経済的価値を有し,法的保護に値するものである。

イ(ア)  (略)Yは,ウェブ上の問診システムの開発を目的として,Xデータベースとは独立にYデータベースを作成したものであり,XデータベースとYデータベースは,医療機関情報のデータベースであるという点で共通するものの,Xデータベースの項目とYデータベースの項目は相当程度異なる。また,(略),Yデータベース上の個々の病院等の情報はXデータベースと実質的に同一の部分が多いが,異なる部分も存在するし,Yデータベース上には,Xデータベースに存在しない病院等の医療機関情報も存在する。
イ) (略),Yは,まず,無料で公開されているbサービスから医療機関情報を収集し,Yデータベース上の病院項目のうちの9割程度に情報を組み込んだ後,同じく無料で公開されている都道府県ウェブサイト,地方公共団体のホームページ及び民間ウェブサイトからクローラを用いて医療機関情報を収集してYデータベースに組み込み,これらに手作業で救急対応の有無等の情報を付け加えるなどしてYデータベースを作成したものであり,その一環として,Xデータベース上のデータも収集した。
その結果,(略),Yデータベースには,Xデータベース上のデータと同一のデータが含まれており,YがXデータベース上の医療機関情報の一部をYデータベースに組み込んだことは認められるが,YがXデータベースからどの程度の情報をYデータベースに組み込んだかは不明である。また,(略),YがYデータベースに組み込み又は組み込んだ可能性のある情報の多くは,他のデータベース上の情報と実質的に一致するものと認められる。

ウ  (略),Yは,ウェブ上の問診システム構築のために助成金を得てYデータベースを作成し,これを無料で公開したものであるのに対し,Xデータベース提供契約を締結したXの顧客の事業は,利用者に対して医療機関情報を提供するものであることが窺われるが,その事業の目的や内容は必ずしも明らかではない。したがって,YがYデータベースを用いて行った事業とXの顧客の事業の内容及び利用者は,相当程度重なるものと考えられるが,同一とまではいえないし,YがYデータベースを用いて事業を行うことが,X又はXの顧客が行う事業に与える影響がどの程度のものかも明らかではない。また,(略),Yは,Yデータベースの作成及び公開による利益を得なかった。

エ  (略),Y従業員は,クローラで情報を収集中に,Xデータベースを公開しているウェブサイトを指定したことが認められるが,その時点で,Xが本件訴訟で権利主張をしているXデータベースの存在を認識しておらず,Y代表者は,Xから指摘を受けて,初めてX及びXデータベースの存在を認識するに至ったものと認められる。

オ  以上のとおり,Xデータベースは,独立した経済的価値を有するものではあるが,医療機関情報の主要部分は一般に公開されることが要請され,実際にも公開されている情報であること,XデータベースとYデータベースは,医療機関情報のデータベースであるという点で共通するものの,項目も,医療機関情報も相当程度異なること,YがXデータベース上の医療機関情報の一部をYデータベースに組み込んだことは認められるが,どの程度の情報を組み込んだかは不明であり,組み込み又は組み込んだ可能性のある情報の多くは他のデータベース上のデータと実質的に一致すること,YがYデータベースを用いて行った事業が,X又はXの顧客のXデータベースを用いた事業にどの程度の影響を及ぼすかは不明であること,Yは,Xデータベースから医療機関情報を組み込むに当たり,X及びXデータベースの存在を認識していなかったこと等を考慮すれば,Yの行為を著しく不公正な方法で他人の権利を侵害したと評価することはできない。よって,Yの行為がXの営業活動上の利益を侵害する不法行為を構成するとはいえない。

若干のコメント

著作物性を満たさないデータベースの複製行為についての不法行為の成否は,いわゆる翼システム事件(東京地中間判平13.5.25 https://itlaw.hatenablog.com/entry/20100109/1327130406 )が有名ですが,本件判決でも

情報及びデータベースの内容及び性質,行為の態様及び目的,権利侵害の程度等に照らして,著しく不公正な方法で他人の権利を侵害したと評価できる場合に限り,不法行為を構成する

と述べられているように,行為態様や権利侵害の程度によって決せられることが確認されました。


最初,事案の概要と主文だけを見て,クローラでごっそりデータをコピーしてそれを提供していながらも,不法行為が成立しないのか?と思ったのですが,裁判所が認定した事実のもとでは,Yは必ずしもXのデータベースをそのまま利用したのではなく,公開されている情報をもとに補完的に利用したに過ぎないようなので,結論としては納得できるものだといえます。


仮に,いくら著作物に該当しないとしても,独立の経済的価値を有するものだと認められていますから,まるっとコピーしてそのまま提供していたとすれば不法行為に該当する可能性は高いと思われます。


この事案は,限定提供データに関する平成30年不正競争防止法改正以前の事案で,Xデータベースは,限定提供データに該当する可能性はありますが,いずれにせよYの行為は不正競争に該当しないものと思われます。


昨今,データ取引に関する契約法務の重要性が増してきましたが,データ提供者は,このような事例を念頭に置いて,契約・規約でどこまで手当すべきか,技術的な保護をどう組み合わせていくのかを検討する必要がありそうです。