IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

カーナビのルート案内に従ったことによるクルマの傷 福島地判平30.12.4判時2411-78

カーナビが表示したルートに従って運転したところ,狭い道で草木がせり出していたことによりクルマに傷がついたとして,カーナビ製造者等に損害賠償を請求した事案。

事案の概要

Y1は,地図データベースの作成販売事業者で,Y2は,自動車用品の製造販売事業者である。Xが所有する車両(本件車両)には,Y2が製造したカーナビ(本件カーナビ)が搭載されており,本件カーナビには,Y1の提供する地図データ(平成27年版。本件地図データ)が収録されていた。


Xは,平成29年5月に,本件カーナビのルート案内機能を使用し,その案内するルートに従って走行したところ,幅員約2mの未舗装で,両側に草木が生い茂っている道路(本件道路)を通らなければならなくなった。


Xは,本件道路を走行したことによって,本件車両に擦過痕が生じたと主張し,Y2に対しては,製造物責任法(PL法)3条に基づいて修理費等の合計約43万円を,Y1に対しては,民法709条に基づいて修理費等の合計約40万円の支払いを求めた。

ここで取り上げる争点

本来的な争点としては,本件カーナビにおけるPL法上の製造物の欠陥の有無や,Yらの過失の有無ではあるが,裁判所は,本件カーナビのルート案内と本件車両に生じた擦過痕との相当因果関係の有無から判断した。

裁判所の判断

裁判所は,カーナビを使用する上での心構えのような話を述べた。

カーナビとは、一定の地図情報等に基づいてルート案内等のサービスを提供する機器であるところ、道路はその性質上、新設・変更・廃止があるのはもちろん、舗装状態や周囲の状況など車両の通行に影響する要素も刻々と変化することが想定される。そのため、カーナビの製造者等において、定期的にデータを更新するとしても、全国各地の道路の正確な状況をリアルタイムで情報提供するのは不可能か著しく困難であり、ましてや、個々の道路の安全性については、現に直面する運転者が最も把握し得るところであり、カーナビにおいて表示する道路の安全性まで保障できるものではない。この点、本件カーナビの画面表示や取扱説明書において、地図データ等が実際の道路状況や交通規制と異なる可能性がある旨指摘し、カーナビの表示に盲目的に従うことのないよう警告していることからも明らかである。このようにカーナビは、一定の地図情報等に基づき車両の走行が可能と考えられる道路を表示することで、運転者の判断を補助するものにすぎず、ルート案内された道路を走行するか否かは、車両の運転者が実際の道路状況や車両の車種・形態等の事情を踏まえて自ら判断すべきものであり、カーナビの表示したルート案内は運転者の判断資料の一つにすぎないと考えるのが相当である。

さらには,裁判所は,X自身が,道路が狭いことを認識し,疑問を感じたのであれば,

係る状況下において、Xが本件カーナビのルート案内に依存するのは適切ではなく、自らが本件道路の具体的状況と本件車両の車種・形態を考慮して進路を選択するのが相当である。
(中略)
以上のとおり、本件カーナビが本件道路を含むルートを表示すること自体が必ずしも不合理でない上、Xは本件カーナビのルート案内に依存せず、自らの判断に基づき本件道路を走行しなければならないところ、あえて本件道路の走行を選択したものであり、仮にその際に本件車両に擦過痕が生じたとしても、それは本件カーナビのルート案内によって生じたものと認めることはできない。したがって、本件カーナビによるルート案内と本件車両に生じた擦過痕との間に相当因果関係は認められない。

と述べ,相当因果関係を否定したことにより,その他の争点について判断することもなく請求を退けた。

若干のコメント

この裁判例は,判決当時に一般紙などでも報道されたことから少し話題になっていました。どちらかというと,Xが請求すること自体に否定的な意見が多く,裁判所の判断も当然の者として受け止められていたような印象を受けました。


しかし,この裁判例は,AIをはじめとするソフトウェアの判断結果を信じて行動した結果による責任の所在全般について考えさせられます。カーナビの場合,「実際の交通規制に従って走行してください」という表示と音声が流れ,取扱説明書等にも,地図データと実際の道路状況に差異があることや,安全運転の注意喚起などが多数表示されており,人間の判断が中心で,カーナビはあくまでサジェスチョンを与えるに過ぎないものという社会通念に沿って判断がなされました。


人間の判断が介在するのであれば,注意書きさえしておけば,常にソフトウェアの提供者は責任を免れられるといえるかというとそうではないように思います。有体物については,PL法による厳しい責任が生じる一方で,ソフトウェアや情報の提供者については,重い責任を負わせることについて否定的な意見も多いですが,例えば,キノコを撮影して,毒キノコか食べられるキノコかを判別するアプリがあって,誤った判断をしたらどうでしょうか。投資判断におけるAIの利用によって多額の損失が出た場合についてはどうでしょうか*1


ソフトウェアへの依存度が今後もますます高まっていく中で,明示的な不具合・バグではなくとも,そのアウトプットを信じたことによる責任をすべてユーザが負うべきかどうかというのは,今後も議論が行われるでしょうし,本裁判例はその重要な参考事例になるように思います。

*1:この論点については,日本銀行が2018年9月に研究会の報告書を出しています。https://www.boj.or.jp/announcements/release_2018/rel180911a.htm/